50.ある日のアイコ4(アイコ視点)
戦争の終結を遠くから観察していたアイコは、ため息を漏らした。予言書に記されていた戦争の様子とは、違っていたのだ。今回はアイコは何も手を出していない。
予言書の記述も、知らない間に書き換わっている。未来を知る人間が行動をして未来が変わるのは当然のことだが、どうして未来を知らないノエルが未来から外れた行動をしているのか、わからない。
それに、今回はユーリアのアイデアだ。ノエルとの出会いによって影響を受けていることは確かだろうが、わからないことだらけだ。
「血が流れなかったのは良かったけど、どういうこと……?」
こんなことは初めてだった。と言っても、厳密にはあったのかもしれない。アイコは予言書が本物だと理解してから、自発的に動いて未来を変えてきた。
自分が未来を変えたと思っていたが、もしかしたら自分の行動以外の影響で変わった部分もあるかもしれない。そんな疑念が頭を渦巻く。
「もしかして、ノエルはこの世界の理から外れて……いやでもなんで?」
考えてもわからないことばかりだ。
そもそも、予言書という存在自体が世界の理から外れているのだ。未来の出来事がわかる書物など、あってはならないものだ。
だが、捨てても捨てても戻って来るし、もう手放すのは諦めてしまった。持っているからには読まないと気持ちが悪いし、読んで知ってしまったからには望まぬ未来を変えたいと思う。
たとえ、何を犠牲にしてでも。
「ひとまず博多はこれでよし、として……問題はこれからの流れね」
アランから聞いた正史というものを思い出していた。正史世界と呼ばれる世界が、この世界のすぐ近くにあるらしいのだ。アランはその正史世界から来た自身の魂と合一したという。
正史世界では、この戦争は1ヶ月ほど続いたらしい。戦争でノエルは博多に攻め込み、そこで四神教の企みを見つけ、打ち砕く。四神教の戦力を頼っていた博多との戦いも終結した。
戦争がすぐに終わったから、この流れからは大きく外れたことになる。もっとも、正史世界は悲劇的な最後を向かえている。
正史の流れをそのままトレースすることは、望ましくない。だからこれはこれでいい。
とはいえ、四神教の企みに気づいてもらわなくてはならない。
影から手助けをするか、それともノエルの自主性に任せるべきか。先程生まれた疑問への答えを得るのであれば、自主性に任せて未来が変わるかどうかを見届けるべきだろう。
だが、猶予はそれほどはない。
「もうそろそろアレが完成しちゃうのよね……」
精霊探しをはじめそうな気配もない。
「あー、もう! わっかんないわ!」
アイコは髪をぐしゃぐしゃにかき乱し、盛大にため息をついた。
「あたしはもう知らん! しばらく好きにやってやる!」
手始めに、アイコは神戸に向かった。