番外編2.カイの趣味と悩み
グリム歴2000年11月7日。
ノエルはルミに留守を任せ、カイを連れ出していた。昨日からカイの様子がおかしいのだ。母親のことなどを気に病んでいるんだろうと思い、ノエルは気分転換のため、街に連れ出していた。
カイが以前、漂流物が好きだと語っていたのを思い出し、露天商を見る。珍しい商品が入荷していないかと思ったが、特にそういったものはなく、カイの気分が高揚するようなものはないらしい。
それなら、とラウダ商会本部に行く。ここは店もあるが、基本的には商会の事務室などのある建物であり、店も高級店ばかり。
ノエルはギルド立ち上げのときと侵入のときに来たが、カイは来たことがないらしい。かく言うノエルも、店のほうには来たことがなかった。
この世界で使えるように改造された漂流物は、小さいものを魔道具、大きいものを家電などと呼ぶことがある。家電と呼ぶのは家庭で使う機械類、さらに大きなものだけだ。
そのほか全ては魔道具と呼ばれるが、魔道具には漂流物ではないものも含まれるため、ややこしい。
ひとまず高級魔道具店に足を踏み入れた。
「お~……!」
カイの目がキラキラと輝きを帯びている。確かにここは凄い。ノエルでもテンションが上がる店だった。
内装が豪華なのは言うまでもなく、さらに品揃えが豊富である。露店や個人の魔道具店では見ないようなものが、大量にあった。
たとえば今カイが持ち上げているのは、小型転送機だ。親機と子機があり、親機と子機の双方向の転送が可能というものである。転送できるものは人ひとり分の質量を持つもの。
荷物を持った人間を転送したい場合、荷物を先に送ってから人間を転送しなければならない。服も脱いで先に送らなければならないため、不便である。
だが、個人で持てる転送機は少ない。服を脱がなければならないのは下位グレードで、上位グレードになると服を着たまま転送できるそうだ。
「これも漂流物なんだよ~? 上位グレードの元になったのが最初にこの世界に来て、ラウダ商会が再現しようとしたんだけど最初はうまくいかなくて、下位グレードが生まれたのね? その後クオリティをあげて完全な再現ができるようになったのが、上位グレードなんだよ~!」
驚くほどの早口だった。
ノエルはアイコを思い出して懐かしい気持ちになり、ひとつくらい買ってもいいかと転送機の値札を見てみたところ、懐かしい気持ちが吹き飛んでしまった。下位グレードで金貨20枚、上位グレードは金貨40枚。買えはするが、高い。
昨日の夜ユーリアから魔薬事件解決の報酬を受け取ったうえにファイトマネーもあり、しばらく余裕はある。現在の貯金は金貨105枚ほどだ。
小金持ちである。
買うなら上位グレードがいいが、生活費も決して安くはない。
とはいえ、ノエルにはカイの悩みに少し心当たりがあった。上位の小型転送機があれば、それを解決できるかもしれない。そう考えると、決して高い買い物ではない。
ノエルはカイが他の商品に釘付けになっている間に、小型転送機の上位グレードを購入した。なんとなくサプライズにしておきたくて、後で取りに来るからラッピングしておいてほしいと店員に頼み、カイの隣に戻る。
「何見てるの?」
「これだよ~! レーザーブラスター!」
「これあれ? ビーム撃つやつ」
「ビームじゃなくてレーザー! 輻射誘導放出!」
ノエルにはよくわからなかったが、どうやら違いがあるらしい。細いのがレーザーで太いのがビームだと思っていたが、違うらしかった。
カイは漂流物は武器でも武器でなくとも好きらしい。なぜかと聞いてみると、昔漂流物の武器の扱い方と武術を教えてくれた師匠がいたそうだ。
最初はその人の影響だったが、知れば知るほどいろいろ面白く、異世界のことがなんとなく理解できるのが楽しいのだという。
「たとえば転送機がある世界は移動技術が進んでいるんだろうなあってわかるし、車が主流な世界だとそうじゃないんだろうなあってわかるんよね~」
「なるほどなあ、そんなふうに考えたことなかったかも」
「異世界も色々あって、どの技術がどれくらい進んでるのか、違うんだよね~」
目からウロコだった。
ノエルはこれまで、異世界は異世界としか思っていなかった。漂流物を見ると、核世界よりも科学技術というものが進んでいるのがわかる。建築技術に関してもそうだ。異世界から漂流してくる建築物は、どれも核世界のものよりも進んでいるように見える。
なんとなく、核世界だけが遅れているような気がしていたが、そうではないらしい。カイが言うには、核世界は瑪那を利用した技術が進んでいる。
異世界には電力という違うエネルギー源があり、それを利用した科学技術というものが進んでいるらしい。少なくとも、カイはそう考えているという。
カイちゃんはすごいな、とノエルは思った。
店を出て二人で食事をし、カイはご満悦といったふうに家に帰った。ノエルは一度商会本部の魔道具店に戻り、小型転送機を受け取り、家に戻る。
自室に戻ったらしいカイの部屋の扉を叩き、中に入る。
カイの隣に座り、目の前に可愛くラッピングしてもらった転送機の箱を置いた。
「これ、買ってきちゃった」
「え~? なになに?」
「小型転送機の上位グレードだよ」
「え!?」
カイが震える手でラッピングを解いた。
そしてさらに震えが増した手つきで箱から転送機を取り出していく。親機と子機が入っており、説明書も封入されていた。親機を半径15cm以内に何もない平坦な場所に置き、瑪那を送り込むと作動する。一度瑪那を送れば、1ヶ月は使えるそうだ。
カイは目を丸くして、ノエルを見ている。ノエルはただ微笑むだけだ。
「どうして?」
「欲しそうにしてたし、それにあったほうがいいでしょ?」
「……バレてた?」
「うん、バレバレ」
カイは「そっか~」と言って、ニヘラと笑った。
それから、ぽつりぽつりと雫が溢れるようなペースでゆっくり語った。カイは一人だけ、純粋な人族であることを気にしていたらしい。
ノエルがラインハートを呼びに名古屋に行ったときも、侵入作戦のときも、ラウダと戦ったときも自分だけは駆けつけることができなかった。影扉に入れないから仕方がないが、今後はもっと自分だけ街に残る機会は増えるだろう。
魔女の家には居続けたい。
だが、いる意味はあるのだろうか、と。自分も少しは戦えるのに、と。
大方、ノエルの想像通りだった。だから転送機を買ったのだ。これがあれば、親機を家に設置しておくことで、ノエルが先に影扉で目的地へ跳び、子機を設置することができる。
そうすれば、カイも置いてけぼりにならずに済むのだ。
「高かったでしょ~?」
「ん? ルミの酒代に比べたら安いよ、私達もカイちゃんが一緒に来られれば助かるし」
「わたしなんかでも役に立てる?」
「もちろん、私はカイちゃんをかなり頼りにしてるつもりだし、今後はもっと頼りにするつもりだよ」
カイは、確かに純粋な人族である。悪魔や魔族と比べると、戦いでは不利になることが多い。
ただ、カイはしっかりしているし、知識も豊富だ。漂流物や魔道具の知識が必要になることは、この先必ずある。というより、これまでもあったのだ。
戦い以外の部分で、頼りたいことはいくらでもあった。
「ありがと、ノエちゃん」
「ううん! これからもよろしくね!」
「うん! 最強の事務員目指して頑張るね~!」
微笑むカイに、ノエルは笑みを返した。最強の事務員という肩書が、妙にツボにハマってしまって、笑みは爆笑に変わる。
カイも釣られるように大声で笑いはじめ、何かあったのかと酒瓶を持ったルミが部屋に入ってきて、自然と酒盛りが始まった。