44.魔女エラの物語(ラウダ視点)
魔女エラの物語。
著:神無城一樹
俺は、取るに足らないヤクザだった。平たく言えば、反社会的組織の一員だ。犯罪もいとわず、厳密には違法だが罪には問われないグレーなことも数多くやってきた。
平澤組若頭補佐。そいつが、元の世界における俺の役割だった。俺は幼い頃から両親がいなかったし、育ての親も俺が中学生の頃に死んだ。
喧嘩ばっかして荒れていた俺なんて、ヤクザになるくらいしか道がなかった。だが、そこからは必死で勉強した。既にヤクザは腕っぷしの世界ではなく、金儲けの世界だったからだ。
どうも俺には金儲けの才能があったらしく、出世して若頭補佐になった。
だが、そんな取るに足らない日々は突然終わりを告げた。
何者かが上の勢力の人間を手に掛けちまったらしく、俺はその犯人に仕立て上げられたのだ。殺しなんかしていませんと何度も訴えかけたが、聞き入れちゃもらえなかった。
結局務所に入ることになったその日、俺の体を唐突に黒い渦のようなものが包みこんだ。
気がつくと、俺は知らない森の中にいた。出頭する前にせめてコンビニ飯と酒で一人で宴でもして、アニメを見たりゲームをしたり好きなことをするかと思っていたところだった。
手にはコンビニ袋だけ。飯と酒が入っているだけ。ここはどこかもわからねえ森の中。一体何が起きたのか、まるでわからなかった。
夜の森は恐ろしく、体が冷え込んでいくのがわかった。耳をそばだてれば何者かが動いたのか、ガサガサという音が聞こえる。
動物でもいやがるらしい。イノシシか何かだろうか。まさかクマなんてことはないだろう。
だが、どうでもよかった。どのみち、組に裏切られた身だ。絶縁もされて居場所なんてもうとっくにないし、これでいい。ここで死ぬのもいい。
俺はヤケクソんなって、森の中に大の字で寝転がった。明かりがないから、星と月明かりがよく見えて、こんな幻想的な光景が最後に見るものなんて、俺にしちゃあ贅沢だなと思ったんだ。
(中略)
そこに現れたのは、一人の女だった。大の字で寝転がる俺のことを心配そうな目で見つめて、屈んでいる。白髪の短髪が、月明かりに照らされて眩しい。胸も大きく、顔も美しく、俺はガラにもなく、天からのお迎えってやつかと呑気に思った。
だが、彼女は天使でもなんでもなかった。
彼女に体を起こされ、案内されるがままについて行く道中、彼女は話をしてくれた。
ここは異世界で、俺みたいな奴は漂流者と呼ばれているらしいということ。彼女の名前はエラというらしいこと。
俺が神無城一樹だと名乗ると、この世界ではフルネームは教えてはいけないということも教えてくれた。悪魔に体を乗っ取られることがあるんだと。
馬鹿げた話ではあるが、急に知らねえ場所に飛ばされるのも十分馬鹿げている。それに、そんな設定のアニメやゲームをいくつか知っていたから、飲み込めた。
彼女は、悪魔と契約した魔法使いだそうだ。この世界では、悪魔憑きと呼ばれて忌み嫌われるらしいが、馬鹿な話だ。魔法なんてロマンの塊じゃねえか。俺も使えるもんなら使いてえよ。
そして、彼女の家についたとき、エラは俺にこの世界での名前をくれた。
「ラウダ、あなたは今日からラウダね!」
「なんでラウダなんや?」
「なんとなく! あなたはラウダって顔してるもの」
意味がわからねえが、そういうことらしい。
とにかく、俺はラウダになった。
(中略)
エラの家に厄介になりはじめて一ヶ月。俺は、段々とこの世界に馴染んできたように思う。森にも迷わなくなったし、近くにある街に買い出しに行くときには顔も覚えられていたしな。
同時に、帰る手段がないこともハッキリと理解できた。救世主グリムという人物なら帰せる手段を持っているかもしれないらしいが、かもしれない程度だそうだ。
それに、俺には別に元の世界への未練なんて……無いこともないか。ゲームしたいし、アニメも見たいし、ラノベも読みてえんだよな。
この世界には度々異世界から物品や人が流れ着くことがあるらしいが、活用方法がわからず持て余しているらしい。幾つか使い方がわかるものがあったが、動力がなかった。
電力がないんじゃあ、しょうがねえ。ファミコンを何度か見かけたが、テレビもねえし使えねえ。がっかりだ。
そんな話をエラにすると、彼女は愉快そうに笑った。
「無いなら作ればいいんだよ! それか漂流物をこっちでも使えるように改造するとかね」
「できるんか?」
「私にはわっかんないなあ、でも君次第だよ」
無責任なことを言う奴だなあと呆れたが、不思議とやる気になっていた。
まず、俺はこの世界のエネルギーをエラから教わることにした。瑪那というらしい。幾つかの属性があり、人間の感情から生み出され、世界に還元されている。
悪魔が世界の瑪那のバランスを保っているらしい。縁の下の力持ちという奴だ。エラの契約悪魔であるディアブロは、不良悪魔らしく「そんな面倒な仕事はやなこった」と言っていたが。
そう、ディアブロだ。
俺は奴と相性があまりよくねえ。頻繁に喧嘩になった。
だが、不思議と嫌ではなかった。悪い奴じゃねえということはわかったし、そういう意味なら俺のほうがよっぽど悪い奴だからな。
俺はひとまず、機械の基盤や回路を瑪那で再現できないかどうかを試すことにした。瑪那をよく通すという瑪那鉱石を手に入れ、溶かし、とりあえず適当に買ってきた剣に彫った溝に流し込む。
どういった構造にすれば瑪那が剣に流れるのか、どういった機能が使えるようになるのか、試行錯誤を重ねた。
(中略)
瑪那回路の開発をはじめてから、2年が経った。
ようやく、ひとつの瑪那回路が完成した。剣が自動的に体内から瑪那を吸い取ることで、瑪那によるエネルギーを刃として形成することのできる剣だ。
俺はこれをさらにクオリティアップして、エラにプレゼントした。引き金を引けば、剣に纏わせたエネルギーの刃を飛ばせる機能も追加した。
なぜそんな機能を付けたのかと聞かれれば、ロマンとしか言いようがねえ。飛ぶ斬撃、かっこいいじゃねえか。昔遊んだゲームに、そんな技がいくつかあった。
定番だな、定番。
エラは剣を試すと、大喜びしていた。
「すごいよラウダくん! 送り込む瑪那の量も調整できるし、使いやすい!」
「そ、そうか? あんがとよ」
「へっ、やるじゃねえか」
珍しく、ディアブロも褒めてくれた。いい奴だな、アイツ。
俺はこの剣に銘をつけた。
魔神剣だ。俺の好きなゲームの斬撃を飛ばす技から付けた。パクリじゃねえ、リスペクトってやつだ。
彼女は銘を聞くと、かっこいいじゃんと目を輝かせて笑っていた。その笑顔に、俺は弱い。エラの笑顔を見ると、何でもできる気がするし、何でもしてやりたくなる。
俺はこの2年で、エラに惚れていた。彼女は優しかったし、一緒にいて楽しかったし、安らいだ。俺みたいな汚い大人をまっとうな道に進ませてくれたのも、この世界に来て何をすればいいかわからなかった俺に、やりたいことを与えてくれたのもエラだ。
これで惚れないほうがおかしいというものだろう。
(中略)
魔神剣完成から1年後、エラと一緒に酒を飲んでいたときの話だ。
エラが、これまであまり聞こうとしなかった俺の前の世界の話を聞きたがった。俺がどういう奴だったかは、簡単に話してはいたものの、どういう世界なのかということや俺が具体的に何をして生きてきたかということはあまり聞いてこなかった。
興味が無いのかと思って聞いてみたら、最近興味が出てきたらしい。俺は楽しい話ばかりではないことを前置きして、話した。
最初は、俺の話だ。俺がどういった組織にいて、どういった役割を負って、何をしたか。犯罪に関する話のときは、叱ってくれた。
裏切られたという話をしたら、彼女は思い切りため息をついた。それから俺の頭を撫でて、こう言った。
「大変だったね」
短い言葉だったが、あまりにも優しい声だったから、思わず泣いちまったのを覚えている。ガラにもねえことだとは思うがな。
「今は別になんとも思ってねえよ、多分」
「嘘、簡単に割り切れることじゃないよ、信じた人に裏切られるなんてことはね」
「エラもそうなんか?」
まるで経験者のように語るから、気になって聞いたみた。子供の頃、仲良くしてくれた人族の子がいたのだという。
その子のことを信じて魔法のことを打ち明けてみたら、態度が一変した。その子はとても怖がり、大人にエラのことを話したのだ。そうしてエラは、街を追われたらしい。
そして流れ着いたのが、この森だったのだという。精霊としての役割もあるし、ここは人から隠れて暮らすにはもってこいだったらしい。
そうして人しれず、博多行政区の瑪那のバランスを管理してきた。
なんとも胸糞悪い話だが、無理もないことだと俺は思った。
だってそうだろう。子供にしてみれば、騙されていたようなもんだ。最初から自分の素性を知られていたら、もしかしたらこういったことは起きなかったかもしれない。
素性を隠して近づいて、仲良くなったら打ち明けるなんてのは、隠し事がある側のエゴに過ぎないのだ。
ただ、そうは思ってもやっぱり悲しかった。自分の惚れた女がそういう扱いを受けるのは、悲しいし腹に据えかねる。
「って、ダメダメ! 暗い話になっちゃった! ねね、元の世界の話聞かせてよ」
笑顔を向ける彼女に、俺も笑って元の世界の話をした。
ゲームやアニメという娯楽があって、俺はそれが子供の頃からずっと好きだったと。ヤクザになった後も、楽しみはゲームとアニメを楽しんでいた。日曜日の朝には子供向けの特撮番組や魔法少女アニメを見たり、土曜日の夕方にはカードゲームを題材にしたアニメも見た。
玩具もたくさん買って、とにかく面白い娯楽が好きだった。
あとは、映画という娯楽もあって、ヤクザは昔からなぜか映画を作りたがるという話をしたら笑っていた。犯罪集団がこぞって映画を撮ろうというのだから、言われてみれば結構シュールな話だ。
実際、俺の親父も映画を撮りたがっていた。時代からして難しいと諦めていたが。ヤクザを題材にしたゲームを遊ばせてみたら、ドハマリして悔しがっていた。
「あはは、案外かわいいとこある人なんだ」
「まあな、悪い奴も所詮人の子ってことやな」
「あ、そうだ、ずっと気になってたんだけど、その喋り方! なんなの?」
「これか? これは関西弁っちゅうやつでな……」
それから、元の世界では国というものがあり、各国ごとに言葉が違うという話をした。俺の住んでいたところは日本という国で、国内でも地域が違えば微妙に言葉が変わるのだという話も。
たくさんの話をして、楽しい時間を過ごした。
「いつか一緒にその世界行ってみたいなあ」
「お、ええな」
「あと死後生まれ変われるならその世界がいい、それでラウダ君と再会して幸せに暮らすの」
そして、俺達は生きていても死んだとしても、いつか一緒に俺の元いた世界に行こうという約束をした。叶うかもわからない約束だが、ちょうど俺も元の世界の話をして懐かしい気持ちになっていたから、この約束が嬉しかった。
(中略)
ある日のことだ。普段通り瑪那回路の開発をしていると、竹下の街のある方角から火の手が上がるのが見えた。
エラは大慌てで、何があったのか見に行くと言った。俺も賛成した。俺はエラに抱えられ、風魔法で器用に空を飛ぶようにして街へ向かった。
街は酷い有様だった。ロボットみたいなんが大挙して、街を焼いて回っている。民家も店も、燃えていた。逃げ惑う人々のなか、俺はエラと一緒にロボットと戦った。
俺も瑪那回路を刻んだ剣、魔導剣を自分用に作っていたからなんとか戦えたのだ。元の世界でも、武闘派だったし。
エラは魔法を使うことも躊躇せず、バッタバッタとロボットを倒した。百を超えるロボットの残骸が、気がつけばそこかしこに転がっていた。
全員倒したらしい。達成感と疲労感に包まれながら息を切らしていると、民衆に取り囲まれているのに気がついた。
皆、目を尖らせている。何をそんな怒ることがある? 何をそんな怖がることがある? 今しがた、街を守ったんだぞ。
「ま、魔女だ!」
民衆の誰かが言うと、口々にエラを批難する声が挙がった。エラは抵抗せず、あっという間に取り押さえられた。俺はなぜか、捕らえられなかった。魔女に拐かされた被害者、ということになったらしい。
馬鹿げた話だ。俺は好きでその魔女と一緒にいたのに。そう訴えかけても、彼女がどれだけ良い奴かを力説しても、奴等が俺を見る目は変わらなかった。
哀れな被害者を見るような目だ。洗脳された新興宗教の信者を目にするように、彼らは俺を憐れんでいた。哀れみの言葉に、同情の視線に、俺は激怒した。
なぜだ、と。
なぜ彼女を捕らえる必要があるんだ、と。
答えは簡単だった。
魔女だから。ただそれだけの理由だ。
目の前で、エラが吊るされた。磔にされ、民衆が剣を胸に足に腹に顔に突き立てた。大好きな彼女の優しい顔が、柔らかく温かな胸が、グチャグチャに刻まれていく。
やめろ、やめてくれ、と叫ぶ俺の声など、涙など誰にも届いていない。ついには体に火をつけられ、首を刎ねられた。
俺は、コイツらを許せなかった。
だから、俺は火の中に飛び込んで叫んだ。崩れ行く彼女の体を抱きかかえ、燃える自分の体を見ながら。
「俺は神無城一樹だ! ディアブロ! 俺と一体化しろおおお!」
ディアブロは、何も言わず俺の体を乗っ取った。そのうえで、俺に自我をくれた。俺は悪魔の力を手にした。すぐに、彼女に傷をつけた民衆を、焼いた連中を、首を刎ねた男を焼き殺した。
俺はエラの使っていた魔神剣を、彼女の住んでいた森に安置した。ディアブロの力を使い、エラ本人かそれに近い魂を持つ者にしか抜けないよう、結界を施して。
しばらく姿を消し、事件がお伽噺に変わった百年後、俺は商会を設立した。最初は小さな商店からだったが、瑪那回路のおかげでみるみるうちに大きくなり、俺は大商会の会長という肩書を手に入れた。
俺には目標があった。
元の世界に帰ることだ。
エラの魂が生まれ変わっているとしたら、待っているかもしれない。そう思った。俺は何百年、何千年かかろうと帰ろうと決意した。そのための情報収集に、商会という力は必要だ。
そして今、この本を書いている。拙い文章だが、魔女エラの事件の真実が広まればいいなと思う。願わくば、博多行政区でも広まってくれれば嬉しいが、難しいか。
だよな。
これで、俺と彼女の話は終わりだ。
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