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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第3章:神戸の魔女と精霊と魔薬騒動【ギルド設立編】
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41.這い寄る魔の手

 グリム歴2000年11月3日。


 数日ぶりに早朝のゴミ拾いをした後、ルミとの戦闘訓練をしていると、ユーリアが尋ねてきた。昨日の今日でどうしたのかと問うと、依頼があると言うのでテーブルに案内した。

 彼はカイの入れた茶を一息に飲んだ後、口を開いた。


「魔薬調査に力を貸してほしい」

「魔薬……」


 聞いたことがあった。

 先日、宴会の席でポート亭の常連客がこぼしていたのだ。近頃、街の浮浪者の間で怪しげな薬が流行っていると。浮浪者以外にも薬を打つ者が現れはじめてきているのだと、ユーリアに対して愚痴っていたのだ。

 ユーリアも現在対応を考えていると言っていた。


「確か、過去の幸せな夢を見せるんでしたっけ」

「そうだ、中毒性が非常に高く、また毒性もあるらしい。浮浪者が何人か、緑地公園で死んでいたよ」

「あの公園、林の奥のほうにホームレス村があったね~」

「調査が煮詰まっていてね、それに魔族因子の結晶という噂もある。この手の話なら、君たちを頼るのが一番だ」


 なるほど、と頷いた。断る理由は何一つとしてない。大好きな神戸の街を脅かす何かがあるのであれば、それを止めたかった。

 ノエルはすぐに引き受けると言い、ユーリアが書いたという依頼書を受け取った。報酬は成功報酬で金貨10枚、手付金として金貨1枚だそうだ。

 ユーリアが懐から出した金貨を受け取ると、彼は「僕の方でも調査に進展があれば教える」と言って去っていった。


 改めて依頼書に目を落とすと、数枚の資料が添付されていた。


 資料の内容は、これまでの調査結果である。売人は夜9時以降に緑地公園の公衆トイレ裏に現れる。金十字を背負った黒いローブの人間であり、認識阻害がかかっている。


「四神教だな」

「あ~二人が追ってる古代宗教だっけ~」

「そうだよ、危ない人達だよ」


 薬の製造元は不明である。

 流通ルートは先述の売人のほかに、商人からの流通もあるようだ。ルートを辿ってみたが、複数の者の手を複雑怪奇に渡っており、大元の特定は不可能だったと書かれている。

 噂話のひとつとして、ラウダ商会が流通に関わっているという話が書かれていた。噂に過ぎないという前置きのもと、ユーリアの考察も載っている。

 これだけ複雑な流通経路を用いることができる人間と言えば、実際のところラウダくらいしか思い当たらない。実際、ここのところラウダが夜中に港に出入りし、何者かに荷物を渡しているのを見たという声もあった。

 信憑性は高いと見える、と。


「信じられないな」

「でも、私達ってラウダ会長のことあまり知らないからね」

「ん~……あの人が薬なんて売るかな~」


 カイは疑っているが、この噂を調べる価値があるなとノエルは思った。ラウダに関する情報と言えば、千年生きている魔女エラのそばにいた異世界人ということくらいだ。

 あとは巨大な商会の会長をしているという、誰でも知っている知識しかない。


「どのみち、商会を調べるのが早そうだね」

「わざわざこんなものを見せるってことは、ユーリアは暗に商会を調べろと言いたいんだろうしな」

「私も同意見だ」


 うつろが影からひょっこりと顔を出し、頷いた。カイは「う~ん」と言いながらも、同意してくれた。疑うにも信じるにも、まずは調べないとね、と納得したようだ。

 この街の人間は、多かれ少なかれ商会に恩がある。商会のおかげで街が大きくなったし、暮らしも便利になっているのだ。

 キングケンタウルスの件では、補償を受けた人も大勢いる。市長という立場からは、なかなか調べにくいのだろう。


「にしても魔族因子結晶か……縁があるな」

「だねえ、となるとあの人も頼ってみるのがよくない?」

「あの人~?」

「私の命の恩人だ」


 ただ、今すぐというわけにもいかなかった。少なくとも、例の薬の現物くらいは持っておかなければ調査もしにくい。ラインハートだって、何を話せばいいかわからないだろう。

 ひとまず、ノエル達は薬の売買の現場をおさえることにして、夜を待った。


 夜9時過ぎ、緑地公園に来た。公園の出入り口から3分ほど歩いて、公衆トイレに向かう。ここの裏手は低木があり、街からも道からも見えにくい。夜ともなると非常に暗く、確かに薬物の売買にはうってつけだとカイが言った。


 ノエルはずっと、もしかしたら、と思っていた。この件にもあの子が関わっているかもしれない、と。


 遠巻きに公衆トイレを観察する。

 しばらくすると、男が一人トイレの裏手に回った。


「私が言ってくる、二人は見張ってて」

「わかった」

「りょ~か~い」


 ノエルは影扉で公衆トイレの裏手に乗り込んだ。そこでは、確かに薬物の受け渡しが行われていた。金と引き換えに、四神教のローブを着た何者かが男に注射器を渡している。

 ノエルは注射器を横から掠め取った。


「あ、何しやがる!」

「こんなものに頼っちゃダメだよ、死んだ人もいるんだよ?」

「チッ……」


 男は舌打ちして、出ていった。ノエルは注射器を懐に入れ、目の前の人物に向き直る。そうであってほしくない、と思いながらノエルは心に浮かんだ名前を呼んだ。


「アイコだよね」

「……っ!」


 反応を見て、ああやっぱり、とため息をつく。目の前の人物の肩がピクリ、と動いた。人差し指もちょっとだけ上がっている。

 目の前の人物は、観念したようにフードを脱いだ。現れた顔は、やはりアイコだった。


「あんたらエスパー集団かなにかなの?」

「認識阻害も万能じゃないんだよ、アイコ」

「行動でわかるだっけ? ルミも言ってたわ」

「私の場合は勘だけどね」


 彼女は目を逸らしている。戦う意志はないようだ。彼女の目はハッキリとは見えないが、どこか虚ろに見える。昨日までの自分も、もしかしたらこんな感じの目をしていたのだろうか。

 今にも死んでしまいそうだった。


 ――今、私は仇を前にしてる。私は、一体どうしたいんだろう。アイコをどうしたいんだろう。何がしたいんだろう。ずっと考えてきた。あのとき、暗闇の底でアイコの泣き声を聞いた時、私は思ったんだ。


 深く息を吸って、拳を固めた。


「ねえ、仲直りしようよ、アイコ」


 言った瞬間、アイコがノエルを見た。まるで幽霊でも見たかのように、目を思い切り見開いて、固まっている。


「……は?」


 絞り出すようにして出たのは、上ずった声だった。


「戻ってきてよ、そんな死にそうな顔して、悪いことするアイコを私はもう見たくないんだ」


 彼女が心の底から悪に染まっているのなら、アランの馬鹿げた計画に手を貸しているのなら、自分を恨んでいるのなら、躊躇なく戦えた。自分もアイコを心の底から恨めた。憎いまま斬らせてほしいと、思ったこともあった。

 だが、結局のところ、二人はどうしようもなく、家族だった。


「あたしがどれだけ――」

「どれだけ酷いことをしても、悪いことをしても、あなたは私の家族だよ。お姉ちゃんなんだよ。生まれて初めての友達で、親友なんだ。だから――」

「ダメ!」


 手を差し伸べて一歩踏み出したノエルを拒絶するかのように、アイコは一歩下がった。低木に体が当たったのか、ガサッと音が鳴る。


「あたしの為を思うなら、恨んでよ、憎んでよ! 親の仇! ってあたしを斬り捨ててよ!」


 必死に頭をおさえて頭を振りながら言う彼女の言葉に、ノエルはゆっくりと首を横に振った。


「できないよ」

「あたしだって、できないわよ……あたしはもう、そっちにはいられないの」


 アイコは影扉を出し、ぽつりと零した。

 そして涙目で振り返り、口を開く。


「薬を流してるのはラウダ会長よ。だけどアランに利用されてるの。説得するなら、彼が薬を流してる証拠と彼が利用されてる理由を突きつけなさい」


 それだけ言って、アイコは影扉に消えた。すぐに追おうとしたが、影扉はすぐに閉ざされてしまい、追えなかった。認識阻害のせいで、彼女の気配を追うことはできない。

 自分で影扉を出して追うこともできず、ノエルは仕方がなくトイレ裏から出た。


「どうだった?」

「アイコだったよ、それからラウダ会長が犯人だってさ」

「ん~、信用するの?」

「うん、無駄な嘘つく子じゃないからね。でも証拠と動機を集めないと」


 カイはまだ信じられないのか、首を捻っている。ノエルはそんなカイの頭を撫でながら、「無理に肯定しなくてもいいよ」と優しい声色で言った。

 カイは一市民として、ラウダ会長を信じたいのだろう。ノエルはその意志を尊重したかった。


「カイちゃんは、会長の無実を証明するために調べればいいんだよ」

「あ~! そっか~! そだね!」

「カイちゃんは素直でいい子だなあ」

「えへへ」


 やはり自分より年下に見える同い年の友達を見て、笑みが溢れた。

 ひとまず、ここでできる事はもうないだろうと家に戻る。明日は、一旦ラインハートの元へノエルとルミの二人で出向くことになった。

 カイには、仮にラウダがアランに利用されているとして、その動機になりそうな情報を集めることになった。無論、カイはラウダの無実を信じているため、動機なんて無いということを証明するために情報を集めると言ったのだが。


 早めに眠ったカイをよそに、ノエルとルミは久しぶりに二人きりの晩酌をはじめた。うつろも、もう寝てしまったようだ。


 三十分後、既にノエルが炭酸酒を二杯飲み干し、泥酔してしまっている。ノエルはルミにピッタリとくっつき、椅子も体も離そうとしない。


「アイコと何を話したんだ?」


 問うルミの声色は、とても優しかった。


「仲直りしようよって言ったら、拒絶されちゃった」

「ノエルは仲直りしたいのか」

「うん、だって家族だし、何されても憎みきれないというか、放っておけないというか」

「あいつ、最近ひどい顔してるもんな」


 うん、とノエルは湿り気を帯びた声を出した。次の瞬間、ルミに肩を抱きかかえられていた。少しだけ心臓が跳ねる。彼女の肩に頭をめいっぱい預け、ため息をつく。


「ノエルはさ、あの薬使いたいって思うか?」

「んー? どうだろう」


 幸せな過去を幻覚と幻聴として、目の前に再現する薬。緑地公園で見つかった浮浪者の遺体から、この薬物の反応が出たらしい。最悪の場合死に至るという、恐ろしい副作用だ。

 仮にその副作用の存在を知らないとして、自分は手を出すだろうか。考えてみれば、辛いことはたくさんあった。

 ただ、どうもイメージできない。


「使わないんじゃないかなあ、だってアイコと一緒にいてお父さんもいた頃に、ルミはいないからね」


 ノエルが何の気なしに言うと、ルミは言葉を詰まらせていた。顔を少し赤くしている。かわいいな、とノエルは思った。


「へへへ、照れてる?」

「だ、だって想定外だったから」

「んー、そう? 私はルミと出会えて幸せだよ?」


 また顔が赤くなった。肩がぴくりと動いているのがわかる。反応が可愛くて、面白くて、ついつい意地悪したくなってきていた。


「ルミは? 私と出会えてよくなかった?」

「え、えと……私もノエルと出会えて幸せ……だ」

「へへへ、ありがと」


 子供が寝静まった後にイチャイチャする夫婦のような会話だな、と噴き出した。自分の声もこころなしか甘くなっている気がして、より笑いを誘う。

 こんな会話をもっと素直に楽しめる日々が来ればいいのに、と思った。


「さて、もう寝よっか、明日も色々やることあるしね」

「え、まだ飲みたいんだけど」

「だーめ、寝るの。今日は一緒に寝てもらうんだから」


 ノエルが言うと、ルミは耳まで赤くなって、酒を一気に飲み干していた。

もし面白ければ、ブックマークや評価をしていただけると大変ありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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