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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第3章:神戸の魔女と精霊と魔薬騒動【ギルド設立編】
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40.仲良し家族

 長い間、ずっと暗い深海を泳いでいるかのような感覚だった。深い暗闇の中、寒々とした光景だけが広がっていて、右も左も上も下もわからないでいた。

 だが、声は聞こえていた。温かい声だ。心配する声、怒る声、楽しそうな笑い声。なにもない深海に、少しずつ光が差してきていた。ノエルはその光に手を伸ばそうとするも、なかなか手が伸びてくれなかった。


 夜中に目が覚めると、家の外でルミとアイコが言い合っている声が聞えた。アイコの絶叫が耳にこびりついて離れなかった。彼女は、泣き叫んでいた。

 博多の騎士団長を前に、ルミに止められたときの自分と同じだった。


 街の人々の自分を慕う言葉が聞えてきた。みんな、自分のことを認めてくれていた。自分のことを本気で案じ、涙すら流してくれた。

 ユーリアも、自分のことを友人だと言ってのけた。

 今も、みんなが自分のために声を荒げてくれている。たくさんのことを調べてくれている。ノエルは、徐々に大きくなってきていた光に手を伸ばした。

 すると、心の中に温かな気持ちが流れ込んでくるのがわかった。


 希望だ、と思った。これは希望なのだ。絶望の果て、怒りの果て、悲しみの果てに上を見上げてみれば、希望の光が輝いていた。人とのつながり、心の絆こそ、自分にとっての希望であり幸福なのだと、悟った。

 その瞬間、ノエルは目の前がハッキリと見えるようになった。ハッキリと、自分の心がわかるようになった。

 今、戦争が始まろうとしている。自分のために、多くの血が流れようとしている。寝ぼけてなんかいられない。


 ノエルは、車椅子から立ち上がった。ルミが目を潤ませて、自分を見ている。カイもそうだ。自分が動けなくなっている間、ずっと一緒にいてくれた二人の頭をひと撫でして、ノエルは大きく息を吸い込み、噎せた。

 ルミが背中を擦ってくれている。

 発言しなければ、と心が言っている。


「やめてください、戦争なんて」


 声が掠れた。2,3日声を出していないだけなのに、不甲斐なくなってくる。

 それでも、声を出し続けた。


「被害者は私です、私の望まないことはしないでください」

「ノエル君……ごほん、では君は何を望むのかね」

「私としては、今後一切あのようなことがないよう、再発防止に努めてもらえればいいです。白教の教義を大事にしてくれれば」


 謝罪は要らなかった。どうせ心が籠もっていないのだから。

 それより、悪魔や魔族への迫害のほうがノエルにとっては問題だった。今回の件も、それがあまりに根強すぎるあまりに起きてしまったことだ。

 神戸に住んでみて、ハッキリとわかった。この街の他種族への差別意識は、異常だ。きっと神戸なら、タレコミがあったとしても事実確認をしっかりと行ったうえで、対応を決めていただろう。

 結果的に捕まえるとなっても、殺すのではなく、しっかりと裁判にかけただろう。


「だが、口約束では意味がないだろう?」

「誓約書を書いてください。破ったときは、ノイマン市長の魂を体から取り出して千年くらい暗闇で保管してあげます。それが嫌なら、ユーリア市長の判断に任せます」


 完璧な脅しだった。ノイマンの顔が青ざめている。肉体を離れた魂は、自我を保ちながら生き続けることができる。動くこともできず、死ぬこともできず、ただただ千年間、暗い倉庫にでも保管しておくというのは、とても恐ろしいことだった。

 自分でも驚くほど、過激なことを言っていた。

 半分くらいは、本気だった。


「さあ、どうするかね? 貴殿らの回答を聞こう」


 博多側からしたら、何を選んでも地獄だろう。戦争をしたところで、勝てないということは先にユーリアが示した通りだ。戦争になれば、ノエルも神戸側の一員として街を守る程度には戦う覚悟がある。

 本当は嫌だけど、いざとなれば戦わなければならないのは理解できるから。

 非を認めなければ戦争により滅ぼされ、非を認めれば危険な誓約書を書かされる。もっとも、約束さえ守れば何もしないのだが。


 彼らは、黙りこくっている。


「ふむ、どうやら戦争がしたいと見えるな。言っておくが、ラウダ商会の簡易転送装置を使い、既に博多の北門に軍を結集させている。交渉決裂と同時に攻め入ることも可能だ」

「なっ……! 確認させろ!」


 言うと、控えていたノイマンの秘書が会議室を出た。

 しばしの静寂の後、ノイマンの秘書が血相を変えて戻ってきた。その顔を見て、ノイマンの顔もますます青くなる。


「いました……」

「さて、どうするね?」


 ユーリアの追求に、ノイマンはがっくりと肩を落とした。


「書く……誓約書を」

「市長! 本気ですか!?」


 食って掛かるミハエルを、ノイマンは片手を挙げて制した。


「既に軍が来ているとあっては、我々に勝ち目はない。魔女もいるのだぞ」

「賢明な判断だ。誓約書は後日届けさせる。今日のところは失礼させてもらおう」

「ああ……」


 ユーリアが立ち上がり、続いてノエル達も立ち上がって会議室を出る。車椅子を畳んで持ち運び、転送装置で神戸に帰った。ユーリアの発案で、全員で魔女の家に行き飲み会をすることになった。

 ノエルの快気祝いだ。

 騎士団長だけは、やることがあると言って市庁舎に残ったが。

 アルはもう寝ているようだった。アルラウネは昼行性だから仕方がないが、できれば彼女にもすぐお礼が言いたかったから残念だ。


「ぷっ……ワッハッハ! 愉快痛快! 奴等は前々から気に食わなかったのだ!」


 家についた途端、ユーリアが大声で笑った。そんなユーリアを見て、ルミとカイが目を丸くしている。ノエルは苦笑しながら、椅子に座った。


「みんな怒ってくれて嬉しかったよ」

「カイ君が声を荒げなければ、私が取り乱しかねなかった。礼を言う」

「え?」

「何かね? 僕とて人の子だよ」


 取り乱すユーリアを見てみたい気持ちになったが、そうなると収集がつかなくなっていただろう。ノエルは想像して笑うにとどめておいた。


「ルミも、諌めてくれてありがとう」

「ノエル……うわあああん! ノエルだあああ!」


 ルミが大泣きしながら抱きついてくる。ノエルだよー、と言いながら頭を撫でると、ますます泣いた。涙でシャツが濡れるのを見て、愛おしくなって抱きしめると、また泣いた。


「ノエちゃん! おかえり~!」


 カイもまたノエルに抱きついた。ノエルは二人の頭をゆっくりと撫でながら、へへへと笑う。


「ただいま、二人ともありがとうね」


 それからしばらく三人で抱き合い、ルミの涙が引いた頃、ユーリアが色々な人を連れてきた。カールマン、シィル、リアスにポート亭の常連客だ。

 ルミの行きつけの酒場の店主の上級淫魔ミドリもいる。みんなノエルの回復した姿を見て、涙を流して喜んでいた。


「愛されてるんだなあ、私」

「その通りだよ、君は皆に愛されている。今日の会合はその結果だ」

「ユーリア、大変だったでしょ」

「はは、まあね」


 くすぐったそうに頬をポリポリと掻いて笑うユーリアが新鮮で、ノエルは彼の脇腹をつついた。


「ありがとう、友人って言ってくれて」

「聞えていたのかね」

「みんなの声は、ずっと聞こえてたよ」


 暗闇の底で、みんなの声だけが聞えていたと、ユーリアに語った。心配したり自分のために怒ってくれたり、幼馴染が大泣きしていたり。そういう声を聞く度に、暗闇に光が差したのだと。

 だから、みんなのおかげで今の私があるのだとノエルは恥ずかしげもなく言ってのけた。全員がノエルに振り向いている。ルミとカイが駆け寄ってきて、また抱きついてきた。

 それを見て、ユーリアが心底愉快そうに大声で笑っている。


「まるで家族だな、君らは」

「うん、魔女の家だからね」

「私らは仲良し家族だ」

「わたしもね~!」


 タンドやスールが死んだことはまだ悲しい。考えるだけで涙が出そうになる。それでも、ノエルは今、絶望してはいなかった。家族達の温かさと、街の人たちの笑顔があれば、自分はそれでいいのだと思える。

 改めてグラスを持って、みんなに向き直った。


「みんなありがとう! 私はこの家が、神戸が大好きだよ!」


 すると、今日何回目かの乾杯が行われた。誰もが笑顔だった。

 この笑顔をずっと大事にしていこう。

 そう、強く誓った。


 それから飲めや歌えやの宴会が続いた。

 宴会が終わり、皆が帰路につくとき、ユーリアが去り際に言った。


「1週間後、また博多に行くことになると思う。覚悟だけしておいてくれたまえ」


 何のことだろうと思いながら、「うん」と答える。全員が帰った後、リアスとミドリが率先して片付けてくれたテーブルにつき、ふうと息を吐く。

 また行くのか、と少しだけ気が重くなった。

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