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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第3章:神戸の魔女と精霊と魔薬騒動【ギルド設立編】
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37.ある日のアイコ2(アイコ視点)

 深く、暗い闇の底にいるような気分だ。酷く目眩がする。吐き気が込み上げてきて、口元をおさえるも何も吐けなかった。吐くことを許さない自分がいる。ベッドに身を投げ、毛布にくるまる。

 寒い。

 魔法で温風を送る。

 まだ寒い。


「あたしは最低だ」


 騎士団長に明確な殺意を向けるノエルを遠くから見たとき、背筋が凍った。全身が震えた。ロイとの戦いに乱入したときのアイコに向けていたものとは比較にならないほど、強大な殺意を鋭く尖らせていた。

 幼馴染から家族を奪った。自分の家族を殺させた。ノエルの心が凍った。全て、計画通りだ。恐ろしいほどに、計画は順調に進んでいる。

 だというのに、心が重い。お腹が痛い。


 予言書の記述は、少しずつ少しずつマシになってきている。今回の出来事のおかげで、ほとんど条件は整ったと言ってもいい。あとはノエルが順調に回復し、仲間を集め、精霊を集めれば、それだけで問題がなくなる。

 悪事をするのは、もう次で最後だ。


「正しい歴史の流れをトレースして、だけど少しズラして……はあ、どうしてこんなことになったんだろう」


 何もする気が起きないのに、やるべきことは山積みだ。アランの計画に恭順するフリも、続けなければいけない。ノエルやルミの監視も、彼女たちの仲間になるはずの人物の監視もしなければならない。

 そして、アランの計画と自身の計画の両方を担う次の一手も、打たなければ。


「あたしには落ち込む資格がないんだから、しっかりしなさい」


 自分に言い聞かせ、立ち上がる。まだ寒いけど、言ってはいられない。自分は超えてはならない一線を超えすぎた。最後にノエルに殺されるその日まで、進み続けなければならないのだ。


「さ、まずはアランへの報告から始めようかしら」


 影扉を通り、教会のアランの執務室へ。

 彼は今日も椅子にふんぞり返り、信徒達の研究成果に目を通している。今熱心なのは確か、依代開発だったか。もう何百年も研究開発を続け、ようやく完成させたらしい。


「報告か」

「ええ、ノエルの村が博多騎士団に滅ぼされたわ。彼女達の精霊探しは大幅に遅れることでしょうね」

「ふ、よくやった」

「あと魔薬流通も幾分かやりやすくなるわ。既に神戸の街にある程度流通させているところよ」


 彼が愉快そうに笑う度に、反吐が出る。

 アランは研究資料から目を外さずに、口端を歪ませて報告を聞いていた。アイコは報告を終えて一礼し、影扉で博多へ向かう。認識阻害ローブのフードを深く被り、遠巻きに博多の騎士団の様子を観察した。

 騎士団長が何かを思案しているようだ。神妙そうに見える顔をして、何事かをブツブツと呟いている。


「正義、か」


 何か思うところでもあるのだろうか。自身の行動を彼も顧みているのかもしれない。

 続いて市庁舎に向かうと、小太りの汚らしい中年男が葡萄酒を飲みながら笑っていた。


「これで神戸を潰す口実ができた。騎士団もたまには役に立つではないか」


 アイコはため息をついた。


「恐ろしいくらいに予言書通りの反応ね」


 予言書によれば、これから彼らは神戸に対し魔女の身柄を引き渡すように要求してくる。神戸側は断固拒否し、逆に博多に対して要求をするのだ。それを呑まない場合、戦争をしてもよいと神戸市長は言い放つ。

 だが、彼の手元にある書類を見るに、正しい歴史より少しタイミングが早いように思える。これでは、魔薬事件が表面化する前に召集がかかるかもしれない。

 魔薬流通を急ぐか。

 だが、そうすればノエルの回復を待たずに魔女の家に依頼が来る可能性がある。


 とはいえ、歴史から少し外れるくらいがちょうどよいのだ。アイコはこれも自身に好都合の誤差だと判断し、放っておくことにした。


「問題は神戸市長からの好感度ね……」


 魔薬事件解決の功労者だから、神戸側はノエルを大々的に庇ったのだ。

 それが異なると、どうなるかわからない。本格的な戦争になるのは困るし、ノエルを引き渡されてしまうのも困る。


「まあそのときは助ければいいのか……でも、うーん」


 考えても答えが出ないので、ひとまず保留することにした。まだ数日の猶予はあるだろう。

 影扉で今度は神戸に向かう。住人の反応も見ておきたかった。


 ノエルが懇意にしているという喫茶店ポート亭に入り、コーヒーを注文する。店主には怪しまれたが、フードを取り認識阻害を解除すると警戒は解けたように思えた。

 コーヒーを啜りながら、客同士の会話に耳を傾ける。


「心配だなあ、ノエルちゃん」


 ピクリ、とアイコの耳が動く。ちょうどよく、ノエルの話をしているらしい。ルミが来た後だったのか、と納得した。


「俺、あの子に彼女との仲を取り持ってもらったんだよ……浮気を疑う彼女に、浮気してないって証拠を出してもらってさ」

「俺もさあ、依頼でもねえってのに悩み聞いてもらったり肩こり治してもらったりしてよ」

「俺もぎっくり腰治してもらったわ」


 ノエルはアイコが思っていた以上に、街に溶け込んでいるらしい。人々の悩みを積極的に聞き、依頼でもないのに解決しているようだ。肩こりとぎっくり腰は、治癒魔法だろう。

 彼女の弱い治癒魔法でも、そのくらいの治療ならわけないはずだ。


「博多の騎士団の奴らめ……許せねえ!」


 話していた一人の男が、麦酒のジョッキをドンッと置いて声を荒げた。周囲の男達も、女までもが彼に同調し「そうだよなあ!」「そうだそうだ!」と言っていた。

 店の主人も呆れたように笑いながら、「確かに許せないね」と言っている。アイコの想定以上に住人からのノエルへの好感度は、高い。

 これならば、仮に市長が引き渡すつもりだとしても、住人の反発により事なきを得るかもしれない。


 コーヒーを飲み終えて、店を出る。

 次は神戸市長の様子でも見に行こう、と影扉で市庁舎に向かった。フードを深く被り、窓の外に影腕で張り付いて様子を見る。

 彼は頭を抱えているようだ。既に、通信機で博多から何かを言われたのかもしれない、と少し開いている窓から聞き耳を立てる。

 彼の前には、秘書と思しき女性もいた。


「まったく、博多は恥を知らぬと見えるな」

「魔女を匿った村ですか」

「記録にない村だが、ノエル君の故郷であるらしい。奴等、それを滅ぼした挙げ句にノエル君の身柄引き渡しを要求してきたよ。後日正式な書類が届くだろう」

「重々チェックしておきます」


 巨大な嘆息が聞えた。神戸市長が大げさに頭を抱え、大きすぎるため息を何度も吐いている。彼はノエルと同い年だったはずだ。その若さで市長になり、気苦労が絶えないのだろう。


「どうするおつもりですか?」

「博多を調査してくれ、通報時の通話記録のデータがあればいいな。あと、ノエル君が街を焼いたという件について、反対の証言を集めてくれ」

「ということは……」

「彼女らは神戸にとって重要な戦力になる。そのうえ住民からの信頼も厚い。昨日は六甲迷宮でオークキングを倒し、住民を救出したそうではないか。その前も、街を襲ったキングケンタウルスを撃退した功績も大きい。あれは騎士団では手に余るからな」


 なるほど、と思わず声に出していた。魔薬騒動の解決がなくとも、市長側からの信頼も厚いようだ。キングケンタウルスに魔薬を打ち込み暴走させ、街にけしかけたのが功を奏したのだろう。

 オークキングに関しては想定外だったが、怪我の功名というものらしかった。


「キングケンタウルスで壊滅していた可能性もある。街の恩人と言える。彼女の故郷を滅ぼした連中に引き渡す道理などない」

「かしこまりました、急ぎ手配します」

「よろしく頼む」


 彼は再びため息をついて、立ち上がった。


「明日にでも見舞いに行くこととするか。住民から寄せ書きでも集めてみるのも良いかもしれぬな。ふん、我ながら古典的なアイデアだ」


 神戸市長は、年若く、舐められることも多いとアイコは聞いている。そのため必要以上に尊大な態度を取る節があるが、意外と情に厚いらしい。

 これなら、ノエルの心の回復に関しても問題はないだろう。あとはルミとカイ、そして神戸の住人達がなんとかしてくれるはずだ。

 ほっと胸を撫で下ろしている自分に嫌悪感を抱きながら、アイコは市庁舎を離れた。


 夜になるのを秘密基地で待ち、再び神戸にやってきた。今度は金十字の認識阻害のローブを着て、神戸の街外れにある神戸緑地公園の公衆トイレ裏に待機する。

 少しして、目元に深いクマを作った浮浪者の男が来た。みすぼらしい格好をした男は、わずかな金を手にヘラヘラと笑っている。

 彼から金を受け取り、注射器を一本渡した。


「へへっ、これでまた夢が見られる」


 目も虚ろな彼は、注射器を懐に忍ばせ、去っていく。

 魔薬。

 人々に幸せな過去の幻覚を見せ、幻聴を聴かせる薬だと言われている。実際、そういった効果があるようにアランが成分調整を行った。

 だが、実態はロイの研究により生まれた魔族因子結晶を液状にし薄めたものである。継続的に接種することにより、魔族因子が体内に定着し、魔族になる。変異に耐えきれないものは、物言わぬ肉塊になるのだ。

 アランはロイに「合一化の抗体を作らせるため」と言っていたが、実際のところは彼が最期に悟ったようにくだらない復讐の一環にすぎない。

 魔人の軍団を作るのが真の目的だ。


 全並行世界の合一化。グリムが何もしないわけがないと踏み、対抗戦力を集めるための取り組みに過ぎない。薬漬けにして、言うことを聞く魔人を作るのだ。


「くだらないわね」


 また一人、もう一人と売っていく。

 くだらないと吐き捨てながらも、アイコはこの薬の魔力を理解していた。自分も、幸せな夢が見たいと思うことがある。幸せだった頃、ノエルとただ遊んでいた頃の記憶が目の前に再現されるのなら、幻覚だろうと幻聴だろうと、薬に手を出してしまいそうになる自分がいる。

 この注射器を自分に使ったのなら、と思わずにはいられない。


「だけど、許されないわ、そんなこと……」


 アイコは自分の罪が赦せない。自分のことが、世界で一番嫌いだ。心地よい幻覚に逃避し、薬漬けになり思考を奪われる安堵を得るわけにはいかなかった。

 それを自分が一番赦せなかった。


「神頼みする人が減って、心の拠り所はこんな薬なんてね……ま、神なんてこの薬よりろくでもないけど」


 今日の分の薬を捌き切って、アイコは神戸の街をあてもなく彷徨いた。薬を売りさばいた後は、いつもこうだ。帰りたくないという気分になる。

 神戸の街は、夜でも活気に満ちている。歓楽街を歩けば飲み歩く商人やサラリーマン連中がいるし、色街に行けば欲望を叶えるため男たちがギラギラとした目つきで歩いているのが見られる。

 アイコは、気がつけば魔女の家の前に来ていた。


「あたし、何してるんだ……」


 なぜ、ここに来てしまったのか。計画のためにも、見つかるわけにはいかないのに。けれど、離れることができなかった。

 フードを深く被り、窓からこっそりと様子を覗き見る。リビングのテーブルに、ルミが突っ伏して泣いていた。カイはもう寝たのだろう。一人で、涙を流している。

 酒に手を伸ばそうとする自分を諌めながら。


 窓を少し開け、耳をそばだてた。


「誰だ……?」

「やばっ」


 音を立てずに窓をほんの少し開けただけなのに、ルミに気取られてしまった。アイコは逃げようと思ったが、その場から動けずにいた。ルミが窓から顔を出し、見られてしまった。

 窓から身を乗り出して表に出てきたルミは、アイコを睨みつけている。涙で赤く腫れた目元が、痛々しかった。


「お前、アイコだろ」

「……は?」

「認識阻害をしていても、行動でわかるものだ」


 アイコはため息をつきながら、フードを取った。ルミが目を丸くしている。


「お前……泣いているのか?」

「え?」


 自分の顔をペタペタと触る。たしかに、濡れていた。目元を触ると、自分が涙を流していることがわかった。頭を振り、涙を止めようとゴシゴシと目元をローブの袖で擦る。

 ルミは剣の柄に手をかけることもせず、腕を組んでいた。


「戦わないの?」

「……正直な、私はお前が許せないと思っている。次会ったら斬ろうと思っていたんだ。だが、今ようやくノエルの気持ちがわかったよ」

「なによ……」

「お前、今辛いんだろ?」


 張っていた肩が、だらりと垂れた。足元がおぼつかなくなり、地面に崩れ落ちる。ぺたりと座り込んだアイコの目の前に、しゃがむルミの顔が近づいた。


「それにお前、私達のことずっと見てただろ」

「……バレてたの?」

「認識阻害は逆に目立つからな、違和感凄いぞ? ノエルも多分気づいてる」


 確かに、アイコはずっと二人の様子を遠巻きに伺っていた。ノエルが大道芸をしたのも見ていたし、ルミが酒場で上級淫魔相手に愚痴っていたのも見ていた。

 ルミは目の前で、ふうと息を吐いて座り込んだ。

 どうしてそんな顔をするんだろう。かわいそうなものを見るような目で、自分を見ているのだろう。アイコはもう、何がなんだかわからなくなった。


「アルから聞いたぞ。騎士団が去るまで、黒いローブを着た人が守ってくれたってな。男なのか女なのかもわからなかったと」


 何も言えなかった。

 言葉が出てこない。憎まれ口を叩かなければいけない場面なのに、罵倒も誤魔化しも何も出てこなかった。


「殺して邪魔して助けて見守って……お前は何がしたいんだ?」

「あたしは――」

「予言書、だったか」


 ピクリ、とアイコの肩が動いた。


「どうして」

「死にゆく間際に、お前がそう言ったのが聞えた気がしてな」


 あのとき、ノエルの言葉に動揺して口走ってしまった言葉。まさかそんなことが、とアイコの思考が停止した。

 もう全て吐き出してしまおうか、とすら思えた。

 だが、やはり許せなかった。楽になりたかったのに、楽になりたくなかった。


「ノエルが元に戻った時、お前と仲直りしたいと言ったなら、私はお前を許そうと思っている」

「なんで……なんでよ!」


 気づけば、立ち上がり叫んでいた。


「ノエルもルミも、バカよ! あたしが何をしたかわかってるんでしょ!? あの子の父親を殺したの! あんたらの仲間を殺したの! あんたの父親を殺したの! あの子の故郷を……村の皆を殺させたの!」


 ルミは「はあ」と大げさに息を吐き、立ち上がった。アイコの目をまっすぐに見つめてくる。アイコは、その目をまともに見ていられず、目を逸らした。


「だが、村はお前にとっても故郷だ。お前の両親もいた。お前は――」

「うるさい! あたしは敵なの、あんたらの敵よ! じゃないとあたしは……何のために……!」


 これ以上ここにはいられない。いてはいけない。これ以上ルミと話したら、全部言ってしまいそうだった。たまらなくなって、影扉を出す。


「お願いだから、許さないでよ……」


 そう言って、ルミの元から逃げた。秘密基地に戻り、ベッドに身を投げ、声を殺して泣いた。泣きたくはなかったが、泣かずにはいられなかった。

 アイコは、魔女の家に足を向けてしまった自分を呪った。

もし面白ければ、ブックマークや評価をしていただけると大変ありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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