34.来人村の悲劇
グリム歴2000年 10月30日。
朝早くから、ラウダが尋ねてきた。ノエル達がオークキングの牙を手に入れたことを聞きつけたらしく、交渉に来たのだそうだ。
テーブルに案内して、対面に座る。ルミもノエルの隣に腰をかけ、あくびをした。
「お前の持っとる精霊の剣と牙を一本預けてくれ」
ラウダが肘をつき、顔の前で手を組みながら言った。
「それは、どうしてでしょうか?」
「お前の剣を強くしてやる」
「なるほど、オークキングの牙を使って鍛えるわけですね」
「おう、機能強化や追加、胸が踊るで」
ノエルはルミに目配せした。彼女はこくり、と頷いている。
剣がより強くなるのであれば、文句を言う道理はない。精霊の剣がしばらく使えなくなるのは戦いになれば困るが、暗黒物質で剣を作って代用することもできる。
魔法もあることだし、断る理由はなかった。
「わかりました、お預けします」
「おう、工賃は要らんで、弄れるだけで楽しいっちゅうやっちゃ」
「ありがとうございます」
「ほな早速取り掛かるわ、納期は……なる早やな」
ラウダに剣と牙を預けると、彼はニィッと笑って「任せとき」と胸を叩いた。
ラウダを見送ってから身支度を整え、ゴミ拾いをした後、朝食を摂る。残った牙と爪一本ずつを商会で換金し、目の眩むような大金を手に入れた。金貨130枚である。
ノエルの記憶しているレートより、現在のレートは高いようだった。いかにルミの酒癖が悪かろうと、しばらくは全く問題なく生活と活動ができる。
これだけの金があれば十分だろう、とノエルはアルを迎えに行くことになった。
「私も同行していいか? 久しぶりにお前の故郷に顔を出したい」
「もちろんいいよ! おじさんたちも喜ぶと思う」
以前ルミを連れて行ったときは、ノエルに仲間が出来たことに大層喜んでいた。アイコのことを伏せ続けるのは心が痛むが、それでも会いたかったし、会わせたかった。
アルは元気にしているだろうか、二人はどうしているだろうか。
そんなことを考えながら、影扉を通って来人村に向かった。
「……え?」
影扉から出たとき、目に飛び込んできたのは荒れ果てた村。井戸が壊され、家々も破壊されている。ノエルの家もところどころ崩れている。まるで、誰かが争ったようだった。
「結界は無事だが……」
うつろの言葉が耳を素通りする。
ノエルは駆け出していた。
アイコの家に入ると、言葉を失った。壁や床に血液がべっとりと付着している。既に乾いているようだった。カウンターの奥に行くと、ノエルは足元が心許なくなった。ルミに抱きとめられながら、くらくらする頭を抱える。
タンドとスール、二人の遺体が転がっていた。目を大きく見開き、恐怖しているかのような顔で死んでいる。何者かに斬られたような傷が、胸に刻まれていた。
「おじさん……おばさん……」
涙が溢れる。
なぜ、二人が殺されなければならないのか。どうして、こんなことが起きたのか。なんで、また間に合わなかったのか。
頭の中にさまざまな言葉がこだまして、ぐちゃぐちゃだ。悲しいやら、腹立たしいやら、憎いやら、悔しいやら、もう何もわからない。
「そうだ……アル、アルは……」
「森に逃がしたらしい。書き置きがある」
ルミが手にしている紙には、「アル 森」と書かれていた。ノエルはとぼとぼと、おぼつかない足取りで店を去り、森に入った。影扉を使うことも忘れ、枝が頬を切り裂くのも構わず、森を進んでいく。
後ろからルミがずっと声をかけているが、何を言っているのかわからない。
しばらく歩くと、アルがいた。彼女はノエルを見るなり駆け寄ってきて、泣き崩れる。
「タンドさんが、スールさんが、村長さんが……!」
「誰にやられた?」
うつろが問うと、アルは涙を溢れさせながら口をわなわなと震わせた。
「きしだん……博多のきしだんが」
「騎士団……そっか騎士団か……あは、あははははは」
乾いた笑いが森に響く。誰の声だろうか、と思う自分をまた嗤った。もう何もわからない、だが、憎しみが殺意が悲しみが怒りがノエルの心を支配する。
ノエルをどす黒いオーラが包みこんだ瞬間、彼女は影扉に飛び込んだ。ルミとアルも続いて飛び込んだが、ノエルの目には入らなかった。
――もういい。
博多の騎士団の屯所に出て、受付嬢と思しき女性を影腕で縛り上げた。
「騎士団長を出せ、来人村の件だ」
ノエルのものとは思えないドスのきいた声。ルミは身震いしながら、成り行きを見守った。受付嬢は最初渋っていたが、ノエルが締め付けを強くすると観念したのか、騎士団長を呼び出した。
騎士団員が駆けつけ、ノエル達を取り囲み剣を抜く。受付嬢を離し、ノエルは騎士団員たちをドレインフラワーで縛り上げた。瑪那を限界まで吸い、気絶させる。
「何事か!」
男の声が響いた。瞬間、二階から大男が飛び降りてきた。高そうな銀の鎧に勲章がつけられている。見るからに騎士団長だった。
「お前が騎士団長か」
「そうだ! 貴様は街を焼いた魔女ノエルだな!」
「来人村を襲ったな」
「魔女を匿った異端者の村だ! 通報があった! 抵抗されたから殺した!」
彼は、まるで自身が正義の行いをしたかのように、声高に叫んだ。功績を誇るかのような笑みに、全身の毛穴が逆立つ。あらゆる感情が振り切れ、プツリと何かが切れそうだった。
「当然の報いである! 次は貴様だ、魔女ノエル!」
彼は剣を抜き、ノエルに突きつけた。
「もういい、死ね」
彼が駆け出す寸前、ノエルの影腕が彼を縛り上げる。四肢を縛られ胴体をも絡め取られた騎士団長は、身動きが取れずに剣を落とした。悲鳴をあげる騎士団長をひたすら強く縛る。
暗黒物質で剣を作り、構えた。
ルミはそれを見て、涙を流していた。
「ノエル! やめろ! やめるんだ!」
ルミが後ろからノエルの体を抱きかかえるように、彼女の動きを止める。ノエルはピクリと肩を動かし、全ての動きを止めた。
「私は……お前がいなくなるのを見たくはない。お前がお前でなくなるくらいなら、私は死んだほうがマシだよ」
ノエルの全身が弛緩し、ルミに抱きかかえられたまま床に崩れ落ちる。傍らにはアルが来て、ノエルの頭を撫でた。
「騎士団もアイコも、全員殺してやるんだ」
「やめてくれ……私はもう、大切な家族の心を失いたくないんだ。頼む、頼むから……!」
ノエルの目から、大量の涙が流れた。手足をバタバタさせて暴れ、泣きじゃくっている。地面を何度も叩き、駄々っ子のようだ。
「だったら……どうしたらいいの! どうしたら……いいんだよ……」
急激にノエルの体が弛緩した。
意識を失ったのだ。
ルミは、目の前でニヤニヤと嗤っている男を睨みつけていた。