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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第3章:神戸の魔女と精霊と魔薬騒動【ギルド設立編】
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33.魔女の家の初依頼! 六甲迷宮の迷い人を救え!

 街を襲ったキングケンタウルスの討伐から3日経った、グリム歴2000年10月28日。ノエルとルミとうつろはゴミ拾いをした後、朝食を摂りにポート亭に来ていた。

 コーヒーとサンドイッチを楽しんでいると、カイが二階からモコモコのパジャマ姿で降りてきた。眠気眼をこすりながら、大きなあくびをしている。


「おはよぉーママ……ノエちゃん!?」

「おはよう、カイちゃん」

「もー、恥ずかしいとこ見られちゃったなーも~」


 彼女が間延びした喋り方をしているのは、眠いからではない。いつものことだった。ノエルはふふっと笑いながら、コーヒーを啜る。心地よい苦みと酸味が口に広がり、気分がいい。


「はは、カイはそそっかしいな」

「ルーちゃんまで……準備してくる!」

「まったく……娘がすまないねえ」

「いえいえ」


 談笑しながらサンドイッチを食べ終えると、カイが二階からまた降りてきた。今度はバッチリと、他所行きの服に身を包んでいる。動きやすいよう、ジーパンにパーカー。

 カウンターにあるエプロンを着け、カイは頬を叩いた。


「よしっ!」

「何がよしっ! だい、まだ朝ご飯食べてないじゃないの」

「あ~、そうだった~」

「エプロン外して食べな、ほら」


 カイがノエルの右隣に座ると、サンドイッチとコーヒーが彼女の前に置かれた。彼女は目を輝かせながら、サンドイッチを頬張っている。その姿は、とても可愛らしかった。

 ノエルと同い年だが、こうしていると年下のように見える。


「ノエルちゃん! いるか!?」


 突然、店の扉が開き自分を呼ぶ声がした。振り返ると、血相を変えた男がいた。露天商カールマンだ。


「どうしたんですか?」

「依頼したい! 妻が……帰って来ないんだ!」


 慌てるカールマンをひとまずテーブルに座らせ、自分たちも対面に座り詳しい話を聞いた。カールマンは奥さんと二人で各地で商品を仕入れ、神戸で露天商として売っている。

 仕入れは主に奥さんが担当しており、六甲迷宮で採れる瑪那鉱石を採りに向かったのだが、もう何日も帰って来ていないという。本来なら、一昨日に帰宅する予定だった。

 旅程が遅れているにしても、まだ帰ってこないのはおかしいと思い、ノエル達魔女の家に依頼したという流れだ。


 話を聞き終えたノエルは、静かに頷いた。


「もちろん、お引き受けします」

「いいのかい? あまり報酬出せないが……」

「生活に影響が出ない程度でいいですよ、それと成功報酬です」


 笑顔で言うと、カールマンは涙ぐみながら「ありがとう」と頭を下げた。

 知り合いにこういう態度を取られると、どうもむず痒い。


「では、早速向かいますので、六甲迷宮の詳しい場所を教えてください」

「ああ、わかった」


 カールマンは神戸から六甲迷宮までの詳しい地図を書き、ノエルに渡した。地図を見てみると、神戸の北側にあるらしい。馬車でも通常であれば、1日もせずに到着する。神戸の街から最も近い迷宮だ。

 これだけの情報があれば、影扉で行くのに問題はないだろう。


「では、早速行きますね」


 ノエル達は一礼して、リアスに代金を支払ってから影扉で六甲迷宮へと向かった。


 迷宮。グリム歴五百年に突如として現れたそれは、調査の結果、異世界との時空の歪みだと判明した。多数の異世界と繋がっており、一ヶ月おきに地形と生息魔物が変わる。

 ときには宝が出現することもあり、多くの冒険者にとっての食い扶持になっていた。六甲迷宮もそのうちのひとつであり、今月は瑪那鉱石が大量に採れる採掘場として人気がある。

 山の麓にぽっかりと開いた穴が、六甲迷宮の入口である。迷宮の近くには冒険者たちの宿舎があり、無料で利用できるようになっている。入口も整備され、扉が付けられていた。

 中の魔物が不用意に外に漏れないよう、結界も張られている。それでも、たまに強い魔物が結界を破って出てくるし、逆に弱すぎる魔物も結界に妨げられずに外に出てくるが。


 六甲迷宮の中は、ひんやりとしていた。白銀のローブを身にまとっていなければ、寒さに震えていたかもしれない。実際、ルミは少し寒そうにしている。


「ノエルは迷宮は初めてか?」

「うん、はじめてだよ」


 ルミの問いに答えると、彼女は迷宮探索のポイントについて解説しはじめた。

 迷宮を探索する際は、必ず目印をつけるようにすることが大切だ。もっとも、今は月末が近いため、既に冒険者により目印が付けられているため、それを利用して進む。

 バツ印がある小部屋は行き止まりかつ探索済み、丸印がある小部屋は安全かつ奥へ通じる進路を示す。三角は危険だが奥へ通じる通路だ。

 二重にバツ印がある場合は、危険な部屋ということになる。あとは帰還のための目印として、最奥まで探索した冒険者が順路を矢印で記している。


「つまり月末の迷宮は旨味が少ないが、イージーモードということだ」

「なるほどねえ、うつろは知ってた?」

「いや、知らなかった」

「こんな迷宮で帰って来ない理由といえば、思い当たるのは……よほど危険な場所があるということだ」


 つまり、二重のバツ印を付けられた小部屋に片っ端から入る必要があるということだろう。

 だが、迷宮で仕入れを行うカールマンの奥さんが気づかないものなのだろうか。その疑問を素直に口にすると、ルミはこくりと頷いた。


「あるいは、危険な魔物が移動したか、だな」

「じゃあ結局、全部の小部屋に入る必要がありそうだね」

「うん、そういうことだ」


 なんのかんのとルミが言っていたが、結局のところ総当たりだ。

 目の前にあるバツ印の扉を開け、何もないことを確認し、丸印のある扉を開けて先に進み、またバツ印の扉を次々と開け……。どんどんと奥へ進んでいく。


「魔物が一体もいない……確か迷宮の魔物ってどんどん湧いてくるんじゃなかったっけ」

「うん、弱い魔物ほど湧く数が多く頻度が高いはずだ」

「すごく強いのがいて、狩られまくってるってことなのかな」


 六甲迷宮の構造は、至って単純だった。1階層につき3つの部屋があり、そのうちのいずれかが次の階層に繋がっている。目印もあり、迷う余地がまるでない。

 カールマン曰く、彼女は戦えるらしい。以前は中級拳闘士だったこともあり、そこらの魔物には負ける心配がないそうだ。事実、護衛をつけずに採掘に来ていた。

 大きな不安感を抱えながら、何事もなく彼女も見つからないまま最終階層まで辿り着いた。

 最終階層には扉がひとつだけ。四重のバツ印が付けられていた。


「これは?」

「危険度がより高く、中の宝なども持ち去られていない状態を示す印だ」

「ここまで来た冒険者達が、引き返したってことだね」

「結界があるな。魔物が出られないようにするためのものだ」


 うつろの言葉に、頷く。

 つまり、入れ違いでなければこの部屋の奥にカールマンの奥さんがおり、なおかつ非常に危険な魔物がいるということになる。結界があり、印があるということは逃げようと思えば逃げられるということ。

 まだこの部屋に彼女がいるのなら、戦い続けているか、既に亡くなっているかだ。


 唾をごくりと飲み込み、扉を開けた。

 中にいたのは……背の高い人型魔物と拳を交え続ける女性の姿だ。息も絶え絶えだが、敵の攻撃を的確にいなしている。敵は、オークキングだ。人が魔物に変異した姿であるゴブリン種、その上位種であるオーク種、そしてその長であるオークキング。

 この世界にはいない漂流者の魔物だ。過去に迷宮での発見例があり、魔物図鑑にも掲載されていた。


 ノエルは二人の間に割って入り、オークキングに炎弾で牽制する。


「カールマンさんの奥さんですね? 助けに来ました!」

「あなた達……確か、最近街に来た……」

「ギルド魔女の家のノエルと」

「ルミと」

「うつろだ」


 三人で彼女を庇うようにして立ち、それぞれの武器を構える。ノエルとうつろは影の腕を限界まで出した。ノエルは八本、うつろは二本である。

 オークキングは下卑た笑みを浮かべ、舌なめずりをしている。こいつは、人間の女を捕らえ、犯すのだ。男は殺し、女は犯し殺す。非常にたちの悪い魔物で、言葉は操らず対話は不可能だが、知能は高い。

 そのうえ、オークキングは戦闘能力も高い。以前迷宮に出たときは、騎士団の精鋭部隊がひとつ壊滅したという非常に厄介な相手である。


 だが、弱点さえ突ければ、どうということはない相手だった。


 最初に動いたのはルミだった。低姿勢かつ高速で走り回り、オークキングを撹乱しながら斬りつけている。表皮に傷がついてはいるが、血は流れていない。

 ノエルは魔物図鑑に書かれていたオークキングの弱点を思い出し、炎弾を全ての腕から射出。同時に地面を蹴り、跳び上がった。オークキングは炎弾を大げさに跳躍して回避。瑪那を大量に送り込み巨大な刃を得た精霊の剣で、上から叩きつける。

 轟音と共に地面に巨体が激突。すかさず炎弾を8本の腕から連続で射出。うつろの放ったものを含め、合計三十の炎弾がオークキングの身を焦がす。


 だが、爆炎のなか、立ち上がる体が見えた。

 ルミが爆炎に飛び込み、四方八方から斬りかかる。ロイの持っていた魔導剣の力を解放し、瞬間移動しながらの剣戟。オークキングは対処しきれず、されるがままだった。

 何度も同じところを斬りつけたせいか、血が噴き出している。


「決めるよ! ルミ!」

「わかった、あれだな!」


 ルミに合図を送り、壁から出した影腕に自分の身体を掴ませる。そのまま剣を構え、瑪那を送り込む。イメージするのは小さくも、鋭い切れ味を持つ刃だ。

 ここ数日、ルミと密かに練習していた連携技。

 影の腕で自身の体を思い切り放り投げ、風魔法で勢いをつける。ルミは少し遅れて、地面を蹴る。神通力で勢いをつけた突進だ。


「「飛剣! 十字斬り!」」


 二人で声を合わせタイミングを取り、十字に斬りつけた。ほぼ同時だが、二人の剣が互いに危害を加えないよう微妙にタイミングをずらした剣。オークキングの体は4つに分かれ、地面に崩れ去った。


 同時に地面に着地し、剣を鞘に納める。


「やった! 大成功!」

「うん、完成させた甲斐があったな!」


 どちらからともなくハイタッチをして、カールマンの奥さんに治癒魔法をかける。それからオークキングの牙と爪を剥ぎ取った。

 これらは希少価値があり、そのうえ使い勝手がよく高く売れるのだ。迷宮に極稀にしか湧かないうえに、強いのだから当然だろう。

 牙は四本あり、とても長い。武器などに加工できるうえ、瑪那をよく通すため魔導剣の素材としても使いやすい。一本あたり、金貨100枚ほどで取引されている。

 爪は手の爪のみ取引されており、価格は金貨10枚ほどだ。


 カールマンの奥さんの申し出により、戦利品の8割を貰えることになったが、ノエルは断った。ノエル達は牙二本、爪二本のみを所望した。


「いいのですか?」

「数日間戦い続けた奥さんの苦労を考えると……これでも貰い過ぎな気がしてます」

「私も同感だなあ、もともと救出依頼だけだったわけだし」


 にへらと笑みを浮かべる二人とうつろに、彼女は深々と頭を下げた。

 話もそこそこに、一度迷宮を出て近くの宿舎に向かう。治癒魔法をかけたとはいえ、彼女は疲労困憊だ。ベッドに寝かせると、すぐに眠りについた。

 ノエルは大量の戦利品を抱え、一度カールマンに報告することにした。


 ルミには彼女のそばにいてもらい、神戸に戻ってきた。カールマンのところに行く前に、馬車を手配すべく街の北門付近にある厩舎に影扉を繋げた。

 驚いて声をあげる馬車の御者に、事情を説明する。


「夜通し走ることになりますね……ちょっとしんどいでさあ」


 御者は頬をポリポリと掻いて、目を逸らしている。無理のない反応だ。今から馬車を走らせて六甲迷宮に行き、到着する頃には夜だろう。

 そこから夜の道を走らせて神戸にとんぼ返りしてほしいと、ノエルは言ったのだ。こんなハードな仕事、やりたがる人はなかなかいないだろう。


「報酬なら、ええとこれでどうですか?」


 ノエルはオークキングの爪を一本、御者に見せた。


「オークキングの爪です。迷宮にいたのを倒しまして……金貨10枚くらいの価値はあると思います」

「なるほど……破格の仕事というわけですかい」


 彼は腕を組んでうんうん唸った後、肩を落とした。


「わかりやした、お引き受けしやしょう。今すぐ行けばいいですか?」

「はい、私はこれから依頼人への報告を済ませてきますが、それが終わり次第また影扉で馬車に直接乗り込んで、護衛をします」

「ひゃー、便利っすねえ……わかりやした!」


 ノエルが苦笑していると、彼は準備に取り掛かった。オークキングの爪を一本置いて、ポート亭に向かう。

 カールマンは、まだポート亭にいた。貧乏ゆすりをして、コーヒーを啜っている。

 ノエルに気がつくと、目を丸くした後、駆け寄ってきた。


「奥さんを救出しました。今から詳しい状況の報告をしますね」


 何度も礼を言ってノエルの肩を抱くカールマンを落ち着かせてから、テーブルに座らせる。カイから貰った水をがぶ飲みしてから、何があったのか、これからどういう流れになるかを説明した。

 オークキングがいたと言うと、彼は驚いて声をあげていた。奥さんがずっと戦い続けていたというと、彼は照れくさそうに苦笑した。

 それからオークキングの戦利品をテーブルに出すと、目をギラギラと輝かせていた。一瞬にして、妻を心配する夫の顔から商人の顔に変わる。


「私達の取り分は牙二本と爪二本ですが、うち一本は馬車の御者さんに報酬として渡したので、今テーブルに置いたのは全部貴方がたの取り分です」

「え、いいのかい!?」

「はい、数日間戦って弱らせたのは奥さんですからね。これでも貰いすぎな気がするんですが、奥さんがこれ以上は受け取れないと」

「ありがとう……本当に、なんて礼をしたらいいか」


 テーブルに額をこすりつけるカールマンの肩を優しく掴み、顔をあげさせた。


「いいんです、それと報酬ですが、既に受け取ったこれらの戦利品を報酬代わりにさせてもらうということで」


 言うと、カールマンはまた「ありがとう」と礼を言った。

 馬車の護衛をしなければならないので、とポート亭を後にする。自分たちの取り分の戦利品を家まで運んでから、馬車に乗った。

 移動しているものに影扉を繋げるのははじめてだったが、気配さえ探れれば問題なかった。地理関係を知っている場所と、知っている生体反応のいる場所に繋げられるらしい。

 御者はまた驚いていたが。


 護衛と言っても、することは特になかった。魔物か盗賊かが出てくるまでは寝ていても良いと言われたので、お言葉に甘えて眠る。


 結局、宿舎につくまで問題は何も起きなかった。既に目を覚ましていたカールマンの奥さんとルミを馬車で回収し、カールマンに戦利品を既に渡したことを告げる。

 彼女は馬車の間暇だからと、話をしはじめた。

 最初は瑪那鉱石の採掘のために来たのだが、瑪那鉱石は取り尽くされてしまっており、このままでは帰れないと最奥まで進んだのだそうだ。

 オークキングを見て目を輝かせながら、「これさえあれば瑪那鉱石なんて要らないわ! ひゃっはー!」と戦いを挑んだが、決め手に欠けたまま戦いが長引いたのだ。そこにノエル達が来たという。

 あのままでは殺されてしまっていただろう、と分析していた。逃げなかったのは、元拳闘士としての誇りだそうだ。

 なるほど、カールマンが苦笑するわけだ。彼女はやはり、逃げようと思えば逃げられたのだ。

 最後に、彼女は名前を告げた。カールマンの妻シィルです、と。今更だなあと、ノエルは笑った。


 結局、そのまままた眠ってしまったが、街につくまでに何事もなかった。

 御者に礼を言って、二人の再会を見届けてから家に戻る。しばらくは働かなくとも暮らせるなと笑うルミに、「いやいや」と手を振って笑った。


「むしろこれからだよ、ようやくギルドの仕事できたんだもん」

「まあでも今日は家でゆっくりしたいな」

「賛成、たくさん寝たけど馬車でくったくただよ……」


 二人は家についてすぐ、酒盛りをした。珍しくノエルも小言の一つも言わず、昼間からルミに付き合った。

 ただ、ノエルのほうが早く出来上がり、ルミに大笑いされ、うつろに呆れられたのだった。


 完全に潰れてしまう前に、ノエルはルミに抱きつきながら言った。


「そろそろアルを迎えに行こうね」


 アイコの父母に預けていたアルラウネのアル。落ち着いたら迎えに来るという約束をしていた。しばらくは金に困ることがないし、大道芸もある。

 そろそろその時だろうと、意識が落ちる寸前に思った。

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