32.暴走魔物を倒せ!
グリム歴2000年 10月 25日。
ギルド設立から10日が経った。ルミの酒癖は相変わらずで、大道芸で稼いだ金もみるみるうちに減っていき、また頭痛に悩まされる日々である。
今日もルミと一緒に街に出て、朝早くからゴミを拾う。店先の掃除をしている喫茶店の女将リアスと目があった。会釈をすると、彼女もまた会釈を返してくれる。
「ノエルちゃん、今日も精が出るじゃないか」
リアスが柔和な笑みを浮かべて、近寄ってきた。手には箒とちりとりを持っている。ノエル達がはじめたゴミ拾いだが、徐々に街の商売人達にも波及してきていた。
せめて、自分の店の周囲だけでもと。
「うん、毎日ゴミがいっぱいだからねえ」
「うちの娘にも見習ってほしいもんだねえ」
「カイはいい子じゃないか」
「そうだよ、お店手伝ってるんでしょ?」
リアスには一人娘がいた。夫は既に亡くしており、女手一つで娘であるカイを育てている。カイは学校を卒業した後、すぐに店の手伝いをはじめた。学業をしながらでも時折手伝いをしていたが、そのまま家業の手伝いに落ち着いた形だ。
ノエルは、リアスの営む喫茶店ポート亭の常連客だった。
リアスは嘆息しながら、「そうなんだけどねえ」と力なく笑う。
「無理してうちで働いてるように見えるのさ」
「あー、わからなくはないかなあ」
「だいたい、家の手伝いなんてしても稼げやしないだろう? 違う仕事見つけたほうがあの子のためになるってもんさ」
以前、カイがこぼしていたことを思い出した。母親が心配だから家で働いているのだ、と。母は人をあまり雇いたがらず、店を一人で切り盛りしてきたけど、少しは楽させてやりたいのだと。
「ああごめんごめん、愚痴っぽくなったね。頑張んな、応援してるよ」
「ありがとう! また店行くね」
「私もたまには寄らせてもらおう」
「酒もあるからね、たまには二人で来とくれよ」
リアスは笑いながら、店の前へと戻っていった。
ノエル達もしばらく、ゴミを拾い続けた。日に日にゴミが減ってきてはいるが、それでもまだ多い。
「きゃあああああ!」
風呂敷を広げ始めた行商人達に挨拶をし、ゴミを処理しようと動き出した瞬間、誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「なに!?」
「なんだ、何かあったのか?」
「ちょっと見てくる! おじさんたちはここにいて!」
ノエルとルミは声がした方へと、走った。何人かの人が、ノエル達の向かう先から走ってくる。何者かから逃げているようだった。
少し走ると、何が起きたのかハッキリと理解できた。
魔物が暴れているのだ。それも、キングケンタウルスである。馬の下半身と人型の上半身がくっついたような魔物。希少種であり、発生原因が不明な魔物だが、それらは通常ケンタウルスと呼ばれる。
目の前で暴れているのは、その巨大な個体。群れのリーダーだった。
「どうしてキングが一体だけ……?」
「ノエル、考えている暇はないぞ」
「だな、戦うぞノエル!」
うつろとルミに言われ、ハッと我に返る。精霊の剣を構え、巨大な槍を持って暴れるキングケンタウルスめがけて駆けた。影腕を伸ばし、四方八方から石柱錐を発射し、撹乱する。
キングケンタウルスの足に石柱錐が突き刺さったが、身を捩りもしない。飛びかかり、斬りかかるも、槍に弾かれ空中へ投げ出された。うつろの影腕に空中でキャッチされ、ルミの神通力で再び高速で敵へ向かう。
ルミと同時に対角線上に斬りかかり、キングケンタウルスの胸にクロスの傷を付けた。血を流しながらうめき声をあげ、前足をバタつかせている。
槍を振り回したせいで、近隣の建物に被害が出ていた。
戦いにくい。派手な魔法はあまり使えない。街の少し外れたところとはいえ、周囲には民家があり、人の暮らしがあるのだ。
ノエルは冷や汗をかいていた。
「雷撃でスタンさせる!」
「わかった!」
手から雷撃を出し、キングケンタウルスを痺れさせた。一瞬動きが鈍った瞬間に、ルミが後ろ足を何度も何度も斬りつける。
ダメージは負っているはずだが、いまいち決め手に欠けた。後ろ足から血を流しているものの、まだ元気だ。若干動きが鈍った程度であり、痺れも取れているらしく、槍でルミを牽制しながら前に立つノエルを前足で牽制している。
見た目以上に器用な魔物だ。
炎や水といった建物に被害が出そうな魔法は使えない。石柱錐も、外せば街に被害が出る。絶対に命中するときにしか、使いたくない。
ドレインフラワーを使うのも手だが、伸びる速度は遅い。隙がなければ躱されてしまう。精霊の剣も刃を大きくしすぎれば、被害が出るだろう。
ノエルは唇を噛みながら、精霊の剣を愚直に振るう。
だが、前足に腹を蹴られてしまった。
「くっ……」
口から血を吐き、吹き飛ばされながら、ポケットに手を入れる。
「これは戦いには使いたくなかったけど……言ってる場合じゃないね」
ワイヤーのリングを指にはめ、影腕で自分の体を放り投げる。ワイヤーをキングケンタウルスの足に絡ませ、また影腕で自分を空中へ放る。ワイヤーを馬の胴体に絡ませ、また影腕で自分の身体を投げる。
上半身にもワイヤーを絡ませた。
雷をワイヤーに纏わせ、思い切り腕を引く。バチバチと音を立てながら、キングケンタウルスの体が切断されていくが、まだ足りない。ワイヤーに纏わせた雷を炎に変え、さらに引っ張る。
キングケンタウルスはけたたましい声をあげながら、細切れになった。
ドサドサ、とキングケンタウルスの肉塊が転がる。
リングに瑪那を込めてワイヤーをリングに収納し、剣を収める。
「いつの間にあんな技を身に着けていたんだ?」
「副産物みたいなものだよ」
「にしても……酷いな、これは」
「ルミ、うつろ、まだやること残ってるよ」
周囲を見渡す。民家の瓦礫が転がっていた。ノエルとうつろは影の腕で瓦礫をどかしていく。ルミは神通力で瓦礫をどかし、ひとつにまとめていた。
道を塞ぐ瓦礫を道の端に寄せ、一息つく。
「あ、あの!」
突然、三十歳ほどに見える女性が青い顔で声をかけてきた。
「どうしました?」
「あ、あっちに娘が……瓦礫に!」
「案内してください!」
女性に案内されると、瓦礫に下敷きになる少女の姿があった。下敷きになっているのは足だけで、血は流れていない。ノエルは影腕で瓦礫をどかし、少女を救出。そのまま治癒魔法をかけて、骨折を治した。
ただ、ノエルは治癒魔法が得意ではない。治癒魔法は光属性である。光属性は希望の感情と対応している。悪魔だから感情に関係なく使えるが、力は弱い。完全に治すほどの効果はなかった。
「ひとまず骨をくっつけましたが、しばらくは安静にさせてください」
「はい……! ありがとうございます! ありがとうございます!」
女性は少女を抱えながら、何度も頭を下げた。彼女の目には涙が流れている。少女は気を失っているらしく、目を閉じたままだ。
周囲にできていた人だかりに向き直り、ノエルは頭を下げる。被害をなるべく抑えたつもりではあったが、結果的に被害が出てしまったことへの謝罪の意を込めて。
だが、人だかりがドッと湧いた。
「見てたぜ悪魔と魔族の姉ちゃん!」
「ありがとよ!」
「え? えっと……え?」
困惑するノエルに、最初に声をかけた男が歩み寄った。
「家は壊れちまったけどよ、あれだけの魔物相手にこの被害で済んだのはあんたらのおかげだ」
「そうそう、家はラウダ商会の保険がおりるしな! すぐ仮設住宅建ててくれるし! 気にすんな!」
思ってもいなかった温かな声に、ノエルはまた頭を下げた。今度は、自分たちを受け入れてくれていることへの感謝の意を込めて。
それから被害にあった住人たちは、ラウダ商会に行くということになった。被害にあった住居や家具、財産の補填を受けるためだそうだ。
ラウダ商会は保険加入者に対し、手厚い補償を行っている。魔物や何者かの侵略行為により理不尽に財産が奪われた場合、その全額を補償する。
家を建てるのは時間がかかるため、仮説住宅をしばらく貸与するのだそうだ。神戸の街の住人は全員、この保険に加入している。
そんな話を住人に聞いて、ノエルは心底ほっとしていた。
ノエルとルミは瓦礫の撤去作業をしてから、家に戻った。
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