30.魔女の家の資金難
ギルド設立から、あっという間に一週間が経った。設立の翌日に市民に通達があり、ラウダ商会による宣伝が行われた。ノエル達も参加してビラ配りをしたり、ノエルとルミの活躍を演劇にしてみたりさまざまなことをした。
毎日、早朝にゴミ拾いをした。
それらの成果か、街の人の反応は徐々に変わってきた。商人連中は特にそうだった。完全に受け入れてくれているのが、肌でわかる。ノエルちゃん、と親しみを込めて読んでくれる商人もいる。
商会の後ろ盾というのは、商人達にとっては非常に大きな意味を持つのだろう。
だが、ノエルには悩みがあった。
資金が底をつきそうなのだ。
アイコが置いていったお金、はぐれアルラウネの依頼の報酬、ネルドラゴンの依頼の報酬だけではもう限界があった。ギルド魔女の家への依頼は、まだない。
原因は、ルミの酒癖である。
これは、三日前のことだ。
夜中に音がして目が覚めると、ルミが一人で酒盛りをしていた。瓶を既に一本開けており、ぐでんぐでんに管を巻いている。ノエルはため息をつきながらも、ルミの対面に座った。
こういうことは、これまで何度かあったのだ。ノエルは嫌な顔せず付き合っていた。父親のこともあり、お酒で誤魔化しているのだろうと思ったからだ。
ただ、こう連日何本も酒を開けられては、流石のノエルもため息が出た。
「あのさあルミ、飲み過ぎだよ」
努めて優しく声をかけたつもりが、ちょっと淡々とした声色になってしまった。ルミは涙目になりながら、ノエルを上目遣いで見ている。
「だって……お酒ないとやってられない」
「気持ちはわかるよ? だけどね、流石に一升瓶を一日に一本開けて、それでもまだ飲み続けるのは体に悪すぎるよ」
「ひぐっ……ぐす、だってぇ……」
とうとう、泣き出してしまった。どうしたものか。どうすればこの酒癖の悪いお姉さんを説得できるだろうか。考えたが、どうもうまい説得が思い浮かばなかった。
ノエルはルミが酒瓶に手を伸ばすのを見て、思わず酒瓶をひったくってしまった。ルミが泣きながら無言で立ち上がり、リビングの隅で膝を抱えて座った。
「やだやだやだ、お酒飲みたい! うわああああん!」
「えぇ……そんなに泣く?」
こんなに取り乱しているルミは、はじめて見た。ここ数日共同生活をして、お互いのことがある程度わかってきたとはいえ、こんな子供のように泣きじゃくる姿は流石に見られなかった。
だから嬉しいような気持ちもあったが、やはり困った。どうしたものか。
ルミが自分の足にしがみついている。どうしたものか。
「うええええん! 寂しいよぉ……酒ぇ……」
「はぁ……あのね? 少し量を減らすだけでもいいの。それも難しそう?」
「うん……」
「まじかあ、寂しいときは一緒にいるよ? 私になら何してもいいよ? それでも無理?」
ルミは逡巡した後、こくりと頷いた。
心の底から「えぇ……」と、息が漏れた。酒に負けた気がして、妙にムカムカとした気持ちにもなったが、自分まで寂しくなってきた。
「へぇ、私よりお酒のほうがいいんだねえ、そっかそっか」
思わず、いじけてしまった。
大きな子供が二人いる。ルミは相変わらずノエルの足に額をこすりつけて泣いているし、ノエルは唇を尖らせている。
「酒に依存しないとノエルに依存しちゃうから……」
「別にいいんだけどなあ」
「ダメ、酒、飲む」
ノエルはまた特大のため息をついた。腰に手を当てて、天井を見上げる。
「わかったよ、もう言わない。でも、これからは晩酌するときは私も呼んで」
「……わかった」
こうして、ノエルはルミに酒を与えることを許容してしまった。これが間違いだった。もっとも、酒を奪うとまたぐずり始めるのだから無理もないことだが。
だが、金がない。酒は決して安くはないのだ。無論安酒で済ませてはいるのだが、毎日一升瓶が開くとなると話は別。生活費もあるのだから、金が足りない。
ノエルはため息をつきながら、兼ねてから考えていたことを実行すべく、ルミが飲みに行っている間に家を出た。ポケットには、一昨日購入したリング付きのワイヤーがある。
露天商が並ぶ一角に向かった。
「あの、今からいいですか?」
露天商のカールマンに声をかけると、彼はこくりと頷いた。
「前言ってたやつだね、もちろんいいよ」
「ありがとうございますっ」
カールマンの店の隣の空いている空間に立ち、持ってきた看板を地面に置く。その前に籠を置き、看板に文字を書いた。
魔法の大道芸! 良ければお捻りお願いします! と。
「通行人のみなさーん! ギルド魔女の家のノエルです! これから魔法を使った楽しい芸をご覧に入れます!」
精一杯明るい声を絞り出して叫び、ポケットからワイヤーを取り出し、リングを指にはめた。
「危ないのでちょっと離れて御覧くださいねー!」
リングを使ってワイヤーをひゅんひゅんと、縦横無尽に動かす。瑪那を込め、ワイヤーに炎を纏わせた。縦横無尽に動くワイヤーが、蠢く炎の龍のように見える。ワイヤーをカールマンの店で見つけたとき、思いついた芸である。
その名は――。
「赤龍炎舞!」
最初は眉をひそめていた通行人のなかから、徐々に笑顔が見えてきた。ワイヤーが及ばない範囲をあらかじめ魔法で引いた線で示しておいたためか、その線を超えず近寄って見ている人もいる。
はじめてにしては、好感触だ。
赤龍炎舞を終え、続いてワイヤーに電撃を纏わせる。同時に影腕を使い、空中に氷の粒を撒いた。氷の粒に電撃が反射し、キラキラと綺麗に光る。
「雷鼠の舞!」
雷鼠という、電撃を放つ四足歩行の小さな魔物をモチーフにした演舞だ。観客のなかから、歓声が聞こえてきた。目の前で、子供がキラキラとした目を向けている。
それから雷撃を混ぜた炎弾を空に向けて放ち、炸裂させる。綺麗な花火が広がるなか、ノエルはワイヤーを仕舞って頭を下げた。
「ありがとうございましたー! また不定期でやるので、よければまた見てくださいね! あと、ギルド魔女の家もよろしくお願いします!」
その言葉が合図になったのか、おひねりが投げ込まれる。お金の音が鳴り止むまで、ノエルは頭を下げ続けていた。
観客がいなくなった後、おひねりを回収する。金額をこの場で数えるのは、厭らしいのでやめておいた。
カールマンと近隣の露天商にお礼を言って回ると、逆に礼を言われた。おかげで飲食物がよく売れたよ、定期的にやってくれと、笑顔で。
ノエルは「考えておきます」と言って、家に戻った。
はじめての大道芸によって得た収入は、銀貨四十枚分。普通なら二週間は問題なく暮らせる金額だが、ルミの酒代が大きすぎるため、節約しても一週間で底をつきそうだった。
それでも、思っていたよりずっと稼げた。
「定期的にやるかなあ……毎週金曜とか」
こうして、ギルド魔女の家は大道芸という収入源を得た。