29.ギルド魔女の家
ラインハートが用意した家は、意外なほどに綺麗だった。ラウダの部下が、会合の間に掃除でもしてくれていたのだろうとルミは言った。
玄関の目の前に、カウンターがある。飲食店をやろうとしていた名残だろうが、実にギルドらしい。玄関の右手にはテーブルと椅子がある。応接にも食事にも使えそうだ。
キッチンはアイランド式になっており、テーブルと椅子が見えるようになっている。キッチンの設備もかなりしっかりとしている。流石、飲食店をやろうとしただけのことはあると感心した。
冷蔵庫もあり、しっかりと動作している。
リビングスペースから玄関と反対方向には扉があった。そこから繋がる廊下からは、風呂場と鍛冶場に行けるようだった。飲食店をやろうとしたが、別宅として使っていたというから、ここは飲食店経営を諦めてから改築したところなのだろう。
風呂場は、とても広い。火を使って水を炊くタイプではなく、漂流物の給湯器を使うタイプだ。庶民の家にはあり得ない、高級風呂である。
リビングスペースからキッチンを横に抜けると、階段があり、二階に続いていた。
二階には部屋が6つほどある。なぜかはわからない。
ノエルは一番奥の左側の部屋、ルミはその向かいを自室として使うことになった。
部屋にはそれぞれ、ベッドとデスクと椅子が置かれている。ノエルの使う部屋には本棚もあった。中身はない。必要最低限以上の家具が、揃っていた。
ルームツアーを終え、二人はリビングでテーブルに突っ伏して座った。
「疲れた……」
「思えば、今日は慌ただしかったな」
ノース達と一緒にロイの研究施設に乗り込み、ノエルが一度死に、ロイと戦い、ルミが一度死んだ。それからロイの残した研究資料と日記を読み、数十を超える魔導兵を破壊し、神戸に来てラウダと面会。
これだけのことが、今日という一日の午後の数時間に詰まっていた。今はまだ夕方であり、空がほんのりと橙色に染まり始めている頃である。
自分のことながら、信じられない気持ちになった。
「というかお腹へったねえ」
「買い出しに行くか……」
「と言いながら動かないんだな、ルミは」
うつろが言うと、ルミは「ははは」と笑った。
「ノエルのぐうたらが移ってきたんじゃないか?」
「失礼な、最近は自分で起きてるもん」
ぷくーっと頬をふくらませると、ルミがふふっと笑った。
「そういう顔もするんだな」
「だめ?」
ちょこんと首を傾げると、ルミはまた笑った。口元を手のひらでおさえている。そんなに笑うことないじゃん、とまたノエルは頬を膨らませた。
「だめじゃない、かわいいよ」
「へへへ」
「思えば、こうやってだらける暇なかったもんな」
「ずーっと戦ってばっかりだったもんねー」
ぐでーっとテーブルに顎を押し付けるようにして、伸びる。これが素のノエルなんだ、とうつろは誇らしげだった。うつろの前でもここまでだらけた姿を見せたことなどないのだが、心が繋がっている分、わかることがあるのだろう。
「あー、そういえばトイフェルの拠点にまだ食材あったなあ」
「取りに行くか?」
「うんー、ついでに荷物もね」
よっこいしょ、と立ち上がる。大きなあくびをして、影扉を出した。
「私が行ってくるから、ルミはゆっくりしてていいよー」
「そうか? ありがとうな」
「ううん、いいんだよー」
トイフェルの拠点に出て、台所に向かう。米も肉も野菜も、数日分は残っているようだった。肉は今日明日中に使い切ったほうがいいだろうが、それでも十分だ。
足りない分は、明日買い出しに行けばいいのだ。傍らに転がっていた自分のカバンから不要なものを取り出し、食材を詰めていく。
それからルミが使っていた部屋に行き、彼女のカバンを肩に掛けた。
「ふう、これでよし」
「ノエル、大丈夫か?」
「大丈夫だよ、前に進まなきゃ。みんなの分もさ」
「そうか……そうだな」
うつろが、うんうんと頷いている。ノエルはそんなうつろの頭をひと撫でしてから、影扉を出して家に戻った。
新たな拠点を思い浮かべたとき、自然と家という言葉が浮かんできて、思わず笑みが溢れる。
家に戻ると、ルミがにへらと笑顔を浮かべて待っていた。それがおかしくて、また表情筋が緩む。
「おかえりノエル」
「ただいまー、はい、ルミのカバン」
「おお、ありがとう」
「じゃ、ご飯作っちゃうねー」
言いながら食材を抱えてキッチンへ。ルミは「手伝うか?」とウズウズしているが、ノエルは頑として拒んだ。トイフェルにいたとき、ルミが食事当番をしたことが一度だけある。
出来上がったシチューは、およそシチューと呼べるものではなかった。ルミは、壊滅的に料理が下手くそだ。
思い出し笑いをしながら、鼻歌を歌いつつ料理を作る。今日の献立はカレーライスだ。なぜか、面倒だからだ。切って焼いて煮込むだけで作れるのだから、疲れているときにはもってこいだ。
そのうえ、美味しい。
カレールウはラウダ商会の開発した商品だが、これも異世界のものなのだろうか、とふと気になりながら数十分煮込むだけの状態まで調理を進めた。
その間にルミと二人で風呂に入り、カレーを完成させ、食べた後、歯みがきだけしてすぐに寝た。
目が覚めると、横にルミがいた。
首を傾げた後、そういえば、と思い出す。カレーが完成した後、ルミが酒を飲みたがり、トイフェルの拠点まで酒を取りに戻ったのだ。後は二人で酒盛りをし、トイフェルの面々を偲びながら会話をし……。
寝ようとしたら、ルミがベッドに潜り込んできたのだった。
「大変だったもんね、寂しくなったのかな」
ルミの髪を撫でる。サラサラとした、綺麗な髪だ。まだ朝だ。約束の時間までまだ結構ある。まだ寝かせておこう、とそろりとベッドから降りて一階に降りる。
「さて、朝ご飯用意するかあ」
「おはようノエル。本当に起きれるようになってるな」
「うつろおはよう、偉いでしょ」
「それが普通なんだよ、お前くらいの歳は」
うつろの言葉にへへへ、と言葉を返しながらカレーの入った鍋を温める。昨晩の残りのカレーは、昨晩よりもとろみが強かった。二日目のカレーはより美味しいと、ノースが言っていたのを思い出し、期待に胸を膨らませる。
カレーを温め、米を炊いた。
このままうつろと二人で食べてしまおうかと思ったが、なんとなく寂しくなり、結局ルミを起こした。三人で朝食をとり、時計を見る。
まだ午前10時だ。
「私ね、考えたんだけどさ」
皿洗いをするルミに声をかけた。
「毎朝、街のゴミ拾いするのどうかな」
「イメージ戦略か?」
「そうそう、神戸って交易の街で人も物も多いんでしょ? じゃあゴミもたくさん出ると思って」
まだ神戸の街を見たことはないが、神戸の街がどういったところかを知識として知っている。人と物の集まる場所には、ゴミも出るのだ。
ルミは皿洗いを終え、テーブルについた。
「いいじゃないか、それ」
「でしょでしょ? まだ時間あるし、行っちゃう?」
「うん、身支度したら行ってみよう」
「よーし! じゃあすぐ支度済ませよ!」
ノエル達は大急ぎで身支度を整え、家を出た。思えば、神戸の街自体が初めてだ。ルミも、神戸には来たことがないらしい。海沿いの交易の街だということは知っているが、二人の知識に差はなかった。
神戸の街は、家から歩いて10分程度だった。
活気に満ちあふれているのが、よくわかる。海沿いというだけあって、風が気持ちよかった。海辺の道沿いには露天商が店を構え、通行人に元気よく呼びかけている。
街の中心には噴水があり、その付近には露天で買ったらしき食べ物を食べている人や、談笑している人、休憩しているのかぼんやりと空を眺めている人など、さまざまな人がいる。
店も、噴水から見える範囲ではかなり多い。人々が明るく、愉快で活気のある海辺の街。なおかつ、噴水など街を着飾るスポットが幾つかあり、博多の街よりもおしゃれだった。
だが、ゴミが多い。こうして歩いているだけで、ゴミを入れるために用意した籠に次々とゴミが溜まっていっている。多くは、露天で売られている飲食物のゴミだ。
「うわあ! あ、悪魔だ!」
「ママ見てー、黒い腕がいっぱいあるー!」
「ダメ、見ちゃいけませんっ」
ノエルは影腕をフル活用し、ゴミを拾っていく。人々がざわざわとしているし、何人かはノエルの影腕を見た瞬間に腰を抜かして声をあげてしまった人もいる。
痛そうにしている人には通りすがりで治癒魔法をかけて回っているが、街の人の反応は決してよくはない。
ただ、博多よりはマシだった。
「悪魔だ……」
「悪魔がゴミ拾いしてる……」
「なんでだよ?」
こうした困惑の声も大きい。驚き困惑している様子はあるが、攻撃してくるような様子はない。皆、遠巻きに警戒しながら様子を見ているだけだった。
すれ違うと足早に立ち去る人や、露骨に顔を顰めて引き返す人はいるが……。それくらいだ。博多の人々が異様なほどに悪魔を憎んでいるということが、よくわかる。
「神戸はいいねえ」
「気に入ったのか? 結構いろいろ言われてたが」
「これくらいならあまり気にならないかなあ、物投げられないし」
「まあ、ここは魔族が交易に来ることもあるそうだし、人族以外に比較的慣れているんだろうな」
なるほど、と手を打った。他の地域と比べ、差別がマシなのだろう。種族間差別をなくすという目的もあるノエルにとって、これ以上無い活動拠点だ。
まずは神戸の街で認められることで、少しずつ悪魔や魔族の全員が悪い奴らではないということを知ってもらえるように頑張ろう、と強く思った。
ゴミ拾いを終えて家に戻り、可燃ゴミを魔法で焼却する。不燃ごみは、しれっと街外れのゴミ捨て場にまとめて捨てておいた。
「まだ時間があるけど……そうだ、ちょっと剣の練習付き合ってくれない?」
「ん? うん、もちろんいいぞ」
「やった!」
暗黒物質で刃のない剣を作り、構える。ルミは家から訓練用の剣を持ってきて、ノエルの対面に構えた。家の前の開けた場所で、ひたすら剣を打ち合う。
木を打つような音が、何度も何度も森に響いた。
ルミの高速の剣と、ノエルの力任せの剣。
だが、打ち合い続けているうちにノエルの剣にも徐々にスピードが乗ってきていた。
打ち合いが終わり、二人して水をがぶ飲みしていると、リンが来た。
「こんにちは、ノエル様、ルミ様」
「あ、ええとリンさんだっけ、こんにちはー」
「お二人で剣の稽古ですか?」
「時間があったので、つい」
リンは表情を変えず、「志が高いですね」と呟いた。
「これから市庁舎に向かいますが、準備はよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
「木剣だけ置いてくる」
ルミが木剣を家に置いて、出てきた。リンは「行きましょうか」と淡々と言って、歩き出す。三人で街を歩いていると、ざわめきがより一層強くなったように感じた。
商会の会長の御付きと一緒に歩いているのだから、当然だろう。さながら連行される犯罪者か、商会の重要な顧客かのどちらかだが、人々の目には前者に見えたのかもしれない。
噴水広場を抜け、商店街を抜け、住宅街を抜けると、背の高い塔があった。噴水広場からも見えた塔が、すぐ目の前にある。
「この塔が市庁舎です」
「へえ、ここが……面白いね」
「京都のとは随分と違うな」
「旧時代、この街にあったという塔を真似て作ったものだそうです」
旧時代。グリム歴と暦が改められるより前の時代のことだ。グリム歴元年は、種族間の大戦争終結の年を起点としている。
それより前は全て、旧時代と言われている。旧時代とは地形も何もかもが変わってしまったが、一部の遺物は残っているという。もっとも、目の前の建物は再現したものだそうだが。
白く塗られたところと、赤く塗られたところがあり、なんとも不思議だった。
「行きましょう、こちらです」
「はい」
リンに案内されるがまま塔の中に入る。螺旋階段を塔の頂上まで歩いた。頂上には扉が一つだけある。偉い人はてっぺんが好きなのだろうか、一室だけ作るのが好きなのかもしれないと思いながら、ローブのシワを伸ばす。
リンが「お連れしました」と、扉をノックする。
「入りたまえ」
中から聞こえてきたのは、中性的な声だった。
リンが扉を開けたので一緒に中に入ると、高級そうなデスクの前に座る青年の姿が目に映る。彼は無造作に遊ばせた茶髪の前髪を弄りながら、こちらを見ていた。
彼が市長らしい。デスクに、市長ユーリアと書かれている。
「ふむ、悪魔と魔族と聞いていたが、どちらもこうして見ると人族にしか思えんな」
「悪魔のノエル、ノエラート・グリムです」
「魔族とのハーフのルミ、ルミナス・フラーマです」
順番に名乗りをあげ、一礼。ユーリアが「頭をあげてくれたまえ」と言うまで、ずっと頭を下げ続けた。次いで、「掛け給え」と言われ、ソファに座る。
既にラウダが座っていた。
リンは「それでは、失礼いたします」と市長室を後にする。
市長からは不思議な圧迫感があったが、同時に親近感のようなものも感じた。それが不思議でならなかったが、ひとまず押し留めておいた。
「市長のユーリア、ユーリ・アンサーだ。さて、ギルド設立の件だが、君たちは自身の素性を隠すつもりはないのかね」
「ありません」
「ま、既に影腕を出して街を歩き回ったと聞いている。悪魔がゴミ拾いをしていたと、市民が困惑していたよ」
「それはなんというか……すみません」
ノエルが頭を下げると、ユーリアは「ふっ」と笑った。ラウダは笑いを堪えているのか、口をおさえて肩をプルプルと震わせている。
「いや、感心していたのだよ。善性は十分認められた。ギルド設立を許可しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「宣伝はうちに任せてくれや」
強気な笑みを浮かべながら腕を組むラウダにも、頭を下げた。
「それで、ギルド名はこの書類通りでいいのかな?」
ユーリアが昨日ノエルが書いた書類を、ひらひらとはためかせている。
書かれていたギルド名は、魔女の家。己の素性を全く隠そうともせず、魔女という蔑称を敢えて使うという挑戦的な名前だった。
「はい、もちろんです!」
ノエルは、ユーリアの問いに満面の笑みで答えた。
「わかった、手配しよう。市民への通達もラウダ会長と協力して今日明日にでも行っておく。正式な営業許可証は、市民への通達後、届けさせよう」
ユーリアのその言葉で、会合はお開きになった。ノエルは改めてユーリアとラウダに頭を下げる。ルミも続けて頭を下げ、礼を述べた。
二人は市庁舎を後にし、食材と日用品と酒の買い物を済ませてから家に戻る。時刻は午後三時過ぎ。
正式にギルド設立が決まったことに、ノエルは興奮していた。
「これから頑張ろうね、ルミ!」
「うん、頑張ろう!」
「うつろもね!」
「ああ、無論だ」
三人で拳を突き合わせた。うつろは影腕だったが。
不格好な形になり、三人でひとしきり笑い合った。
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