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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第3章:神戸の魔女と精霊と魔薬騒動【ギルド設立編】
28/120

28.ラウダ商会初代会長

 ラインハートの記憶により影扉が繋いだ先は、豪邸の前だった。異世界の建築様式で作られた豪勢な建物がある。立派な門構えの向こうには、庭園が見えた。本邸だけでなく、別邸もあるようだ。


「ここはラウダ商会の本部、ラウダの家だ」

「家……? ここが……?」

「話には聞いていたが、凄いなこれは」


 ルミまでもが口を大きく開けて、立派な門構えを見上げている。動じていないのはラインハート一人だけだ。うつろすらも、影の中で感嘆の息を漏らしている。

 興奮しているらしい。


「とりあえず俺だけで話を通してくっからよ、待っててくれ」

「う、うん、待ってる……ね」


 ラインハートは門をくぐり、ラウダ商会に入っていった。その背中が、とんでもなく頼り甲斐があるように見えた。彼はああ見えて、二千年生きているのだと実感した。


「あいつ、騎士学校ではダメダメだったんだ」

「え、そうなの?」

「戦いは苦手らしい。倫理観はすっかりこの世界に馴染んだとか言ってたが、戦いだけはどうも好まないんだとさ」

「この世界、結構戦い好きな人多いよね、拳闘とかあるし」


 神戸にも拳闘会という組織がある。闘技場で、拳闘という興行を運営している組織だ。

 昔は奴隷を拳闘士として雇い、殺し合いを演じさせていたが、奴隷が大陸中で禁止されてからは拳闘士は職業として認められるようになった。現在の拳闘士は、志願してなる。

 生活は下級だと貧乏暮らしになるが、上に行けば行くほど生活が良くなる。拳闘ドリームを夢見て、戦いに自信のある者が志願するのだ。

 人々も、それを楽しみに見ている。ノエルも、命をかけない戦いは好きだった。ラインハートの感覚は、この世界ではかなり珍しいと言える。


「拳闘会のスポンサーにはラウダ商会もいる。ラウダ会長も異世界人なら、異世界人でもラインハートはちょっとレアなのかもな」

「なるほどねえ……まあ異世界人って言っても色々いるはずだしね」

「だな、人族も悪魔も魔族も皆一枚岩じゃないし」


 話していると、ラインハートが門から出てきた。手を軽く挙げている。


「今から会うってよ、ギルド設立の話も通しておいた」

「ありがとう、ラインハート」

「いいってことよ、ただ許可が出るかはお前ら次第だぜ。出なくても拠点は俺が貸してやる」

「何から何まですまないな」


 ルミが頭を下げると、ラインハートは照れたように笑った。やめてくれ、そういうの、とルミの頭を上げさせている。

 微笑ましい気持ちになりながら、ノエルはラウダ商会の門をくぐった。


 門の中に入ると、外から見たときよりも大きな感動があった。庭園が広いのだ。見たこともないような、砂に流れるような線が描かれているところがある。

 池もあり、中には魚魔物が泳いでいる。観賞用として人気が高いキンウオだ。ずんぐりむっくりとしたフォルムで、大きく、個体によって多種多様な模様があるのが人気の理由だ。

 可愛く、しかも美しいのだ。


 庭園を進むと、本邸らしい大きな建物の扉が見えた。

 ラインハートが扉を開け、中に入る。


「おお……」


 思わず声を漏らしていた。赤い絨毯が敷き詰められた床に、真っ白の綺麗な壁。天井にはシャンデリアが吊り下げられている。玄関の目の前には大きなカウンターがあり、カウンターを挟むようにして階段が上へと伸びている。

 ラインハートに続いて階段を上がり、五階へと辿り着いた。五階には部屋が一つしかないらしく、階段の前には大きな扉があるばかり。

 扉の上のプレートには、会長室と書かれていた。


「さて、ラウダに会う前にひとつ注意点があるぜ」

「注意点?」

「嘘は絶対つかねえこった。アイツは嘘をすげえ嫌うんだ、俺も昔は酷い目にあったもんだぜ」

「まあ大丈夫だろう、ノエルには嘘がつけなさそうだ」

「む、ルミだって嘘下手そうじゃん」


 もっとも、ノエルはラウダ会長に嘘をつくつもりはなかった。それどころか、神戸では種族を隠すつもりすらもなかったのだ。いらん心配だったなと、ラインハートは笑う。その通りだと、ルミもうつろも笑った。

 それから少し話して、うつろには影から出ていてもらうことになった。嘘をつかないというのなら、それが一番だろうと。


「じゃ、行くぜ」

「うん」


 扉を開けると、そこは大きな広間だった。巨大なテーブルがあり、それを取り囲むように均等に一人掛けのソファが並べられている。一番奥、所謂誕生日席に強面の男が座っている。

 オールバックの黒髪の男。黒地に銀のステッチの入った派手めのスーツに、赤いシャツを着ている。左まぶたには切り傷がある。

 彼の左右には、金髪ショートヘアの少年少女が立っていた。二人とも、顔がよく似ている。

 彼は、入口で固まるノエル達を見て、ニッと笑った。

 彼がラウダだろう。


「おう、座れや」


 ラウダが顎をクイッと動かすと、少年少女が一人掛けソファを引いた。三つ引かれたソファに、ノエル達は座る。

 座り心地は、異様なほどに良かった。一瞬で高価なものだとわかり、かえって落ち着かない。


「お、お初にお目にかかります、悪魔のノエルです。こっちは私と契約している悪魔のうつろです」

「おう、聴いとるでぇ、なかなか気骨のある奴らしいやないか」

「いえいえ、それほどでも」


 ぺこりと頭を下げると、ラウダは「別に楽にしとったらええ」と笑った。


「お初にお目にかかります、元京都騎士のルミです。魔族です」

「ハーフらしいやないか、大変な生い立ちやったと聴いとる」

「そうですね、我ながらハードだなとは思ってます」

「ええなぁ、自分より大変な奴もおる言われたらブチギレるとこやったで」


 彼はガハハと笑っているが、ルミの顔は引き攣っていた。

 それからラウダはまたノエルに向き直る。


「で、ギルド設立の件やったな」

「は、はい」

「なんでギルドを設立したいんや? こんな形骸化した制度使ってまでやることやないやろ」


 ノエルは一瞬逡巡した後、口を開いた。

 嘘をついてはいけないという言葉を思い出したのだ。


「いくつかあります」

「全部聞かせてくれや」

「まずひとつ、人々の困りごとを通して情報を集めたいからです」


 情報を集める理由として、四神教を追っていることを伝えた。ラウダは納得したのか、笑みを崩さずこくりと頷いている。


「ふたつ目は、仲間が欲しいからです。相手は組織なので、私達だけでは手が足りません。活動を通じて、強く信じられる仲間を集めたいと思っています」


 これも本心だった。ノエル達には仲間が必要だ。敵の強大さは、ロイの一件で十分すぎるほどに理解できた。アイコの非情の覚悟のようなものも、伝わってきた。自身も死に、ルミも一度死んだ。

 トイフェルの仲間達もだ。

 仲間を犠牲にしなくてもいいように、仲間が必要なのだ。


 ラウダは、やはり笑みを崩さず頷いた。


「三つ目は、種族差別をなくしたいからです」

「ほう、デカく出たやないか」


 ラウダは、はじめて笑みを崩した。目を細め、ノエルをじっと見ている。ノエルはごくりと唾を飲みながら、手汗をハーフパンツで拭った。


「できると思うか?」

「正直、思いません。恨みつらみの積み重ねを、私達だけの力で無くせるとは流石に思ってません。出来なくても、やります。私がそうしたいから。実際、石とか短剣とか投げられて、すっごく気分悪かったですし」


 思い出すだけで、胸がきゅっと苦しくなる。実際に体が痛かったのだが、傷が癒えても心の痛みは消えていない。

 それに、なんとなくだが、魔女エラの苦しみも乗っかっている感覚があった。彼女は人族を恨んではいないが、熱い痛い苦しいと、悲痛な叫びが魂の奥底から聞こえてくる。


 ノエルは胸をおさえながら、言葉を続けた。


「だから、やれるだけはやりたいと思っています」


 ラウダは「なるほどな」と言った後、また笑みを浮かべた。

 笑顔が怖い人だな、とノエルは思った。


「よしわかった、気に入った! 市長に口きいたるわ、任せとき」

「……! ありがとうございます!」

「ええってええって、明日の昼2時頃に市庁舎に来い。案内にリンをよこすわ」

「リン、さん?」


 ラウダの傍らに控えていた少女が、一歩前に歩み出て頭を下げた。


「リンです、どうぞよろしくお願いします」

「もう片方はレンや、双子の姉弟やねん」

「なるほど」


 道理で瓜二つの顔をしているわけだ。背丈も同じほどだが、姉のほうが若干高いらしい。

 それからギルド設立用の書類をノエルが書き、会合はこれでお開きになった。ノエル達は立ち上がり、ラウダに一礼する。ラウダはガハガハと笑いながら、「ようこそ神戸へ」と手を叩いた。


「なあ、ノエル。お前のその剣……」


 去り際、ラウダが引き止めた。

 振り返ると、彼の視線は精霊の剣に注がれていた。


「精霊の剣です、精霊の森にあったのを私が抜きました」

「ノエラート・グリム……なるほどな、引き止めて悪かったわ。また明日な」

「はい、また明日」


 ノエルは首を傾げながら、ラウダ商会本部を後にした。

 なにはともあれ、これでギルドを設立できる。トイフェルに迎え入れられたときに朧気に考えていたことが、形になる。トントン拍子すぎて少し肩透かしを食らったような気もしたが、それ以上にワクワクした。


 ラウダ商会本部を出てから、ラインハートの案内で神戸の街からほんの少しだけ離れた森の中へと入っていった。ここに、彼の言う拠点があるらしい。

 森を少しだけ進むと、それは見えてきた。大きな二階建ての一軒家である。木造で、周囲の環境も含め、どことなくノエルの実家に似た雰囲気があった。

 もちろん、ノエルの家よりもずっと大きいが。


「ここだぜ」

「おいおい、随分と立派だな。いいのか?」

「元は飲食店やるつもりだったんだけどよ、商売の才能がなくてな、持て余してたんだ」

「へえ~……お店だったんだね、ここ」


 うまくいかないのも、仕方がないだろう。ここは街から少し離れている。森の中にあり、隠れ家といった立地だ。商売をやるにはあまりにも向いていない立地だと、ノエルでもわかる。

 だが、ノエルにとってはそれが逆によかった。


「俺はもう行くけどよ、自由に使っていいぜ」

「どこに行くんだ?」

「魔界だ、一度帰らねえと族長にどやされんだよ。チビッ子どもにも会いてえしな」

「そうか……世話になったな、因子のこともギルドのことも」


 ノエルは途端に寂しくなった。心許なくて、ラインハートの服の袖を掴んでいた。彼は困ったように眉をひそめている。


「おいおい困ったな、こんな懐かれてたとは思わなかったぜ」

「今日出会ったばかりだけどさ……うまく言えないけど、なんか、うん、お兄ちゃんができたみたいな気分だったよ」


 ノエルがぽつりぽつりと、小さい声で言うとラインハートが笑った。ルミも微笑ましそうに、笑顔で二人を見ている。

 ノエルの頭を、ラインハートの手が撫でた。ゴツゴツとしているが、優しい手だった。


「ありがとう、ラインハート、元気でね」

「おうよ、ま、今生の別れじゃねえんだ。お互いに長命だ、またフラッと会いに来るぜ」

「達者でな」

「おう! お前らも元気にやれよ!」


 言いながら、ラインハートは去っていった。ノエル達は彼の背中が見えなくなるまで、見送った。

もし面白ければ、ブックマークや評価をしていただけると大変ありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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