26.いざ神戸へ
トイフェルの拠点に戻ったが、何かがおかしかった。街のほうが騒がしい。何があったんだろうかと思っていたら、突然街から火の手があがった。
「ちょっ、やばくない!?」
「助けに行くか? 歓迎されねえと思うが」
「行くに決まってるでしょ!」
ノエルは再び影扉を通り、街へと向かった。博多の街は逃げ惑う人々でいっぱいだ。お前たちも早く逃げろ、と通りすがる人が口々に言っている。
人々の流れを逆流して走ると、何が起きたのか一瞬で理解できた。
「魔導兵が……」
魔導兵が街を焼いている。ザッと見たところでも数十はありそうな魔導兵の軍勢が、博多の街に攻めてきたのだ。
魔導兵が銃火器で家々を焼いている。人が襲われ、目の前で死んでいる。ノエルは考える間もなく、剣を抜いて戦っていた。
一つ、また一つと魔導兵を斬っていく。
「ああもう、キリがない!」
ノエルは八本の影腕を使い、魔導兵にドレインフラワーを伸ばしていく。隊列を組んだ大勢の魔導兵を巻き込み、ドレインフラワーが魔導兵から瑪那を奪い尽くした。
機能を停止した魔導兵をルミとラインハートが破壊していく。ノエルもドレインフラワーに任せきりにせず、剣と魔法で次々と魔導兵を破壊した。
全ての魔導兵が鉄くずに変わるには、数十分の時間を要した。
魔導兵は決して強くなかったが、抵抗手段を持たない一般市民にとっては十分な脅威になる。魔導兵は四神教の拠点に大量に置かれていた。生産しているのは、十中八九彼らだろう。
彼らが本気で世界を壊そうとしているのだと、ノエルは強く実感した。
「ふぅ、これで終わりだね……あとは」
ノエルは八本の影腕と自身の両腕を使い、燃える建物に水を放つ。
消火活動が終わり、一息つくと、周囲がうるさいことに気がついた。人々がノエル達を取り囲み、何事かを叫んでいる。顔を強張らせる者、目を尖らせる者、さまざまだ。
やがて、石が一つ、二つと投げ込まれた。一つ投げ込まれたら、数が次々と増える。周囲を取り囲む人々が投げ込んでいるのだと気づくのに、少しだけ時間がかかった。
「ま、魔女め! 見たぞ、八本の影の腕を!」
「魔女エラの再来だ! また街を焼きに来たんだ!」
「さっきの鉄人形はお前らが差し向けたのか!」
何を言っているのか、わかっているはずなのに脳が理解を拒んでいた。心は理解しているのに、脳の処理が追いつかない。心にはずしんと重く伸し掛かる暗澹たる気持ちがあるのに、ただただ呆けることしかできなかった。
「何言ってやがる! こいつが奴らを倒したんだぞ!?」
代わりに声を荒げたのは、ラインハートだった。
だが、人々は耳を貸す気配がない。
「お前も魔女の仲間か!」
「魔女は極刑だ! 殺しても誰も文句は言わねえ」
ある男が、そう叫びながらノエルに短剣を投げつけた。ノエルは避けることも弾くこともせず、左手で受け止めた。左手から血が流れ、短剣が突き刺さる。短剣を引き抜くと、さらに血が流れた。
痛みに顔を歪ませながら、ノエルはノースのことを思っていた。
彼女が抵抗しなかった理由が、ようやく実感として理解できた。相手を害する意志はないと、伝えるためだ。反撃すれば敵対になる。避ければ、それはそれで恐れられる。
だから、次々と投げ込まれる石や短剣やツボに対し、ノエルは何もしなかった。ルミやラインハートに当たりそうになると庇ったが、それだけだ。
だが、人々は投げるのをやめない。
ノエルは深くため息をついた。
「お前らなあ、いい加減に――」
「いいよラインハート、私達が離れれば済むだけだよ」
「チッ、お前がいいならいいがよ、気分悪いぜ」
全身から血を流しながら、ノエルは影扉を出した。
二人を押し込んでから、民衆に振り返り、息を深く吸い込んだ。
「いつまで続けるの!? こんなこと!」
「何言ってやがる! この魔女が!」
「種族だけで憎んで、行動を見なくなっちゃったら……後はどっちかが滅ぶまで憎しみ合うしかないじゃない!」
自分が言っているのか、それとも自身の内にある魔女エラの魂が言っているのか、ノエルにはわからなかった。
だが、心からの叫びだった。
民衆はなおも声を荒げ、物を投げ続けている。怒りはなかった。悲しみもなかった。ただただ、虚しい気持ちでノエルは博多の街を後にした。
影扉に入り、待っていたラインハートに告げる。
「行こう、神戸に」
「任せろ」
ラインハートは、笑顔でノエルの肩を叩いた。
彼の記憶を使えば、影扉で直接神戸まで飛べる。
生まれ育った村のある行政区、故郷とも言える場所をこんな気持ちで去るとは、ノエルは想像もしていなかった。
だが、同時にワクワクもしていた。
これから、新天地で新しい生活が始まるのだ。
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