23.ロイとの決戦
エトラが出てきた部屋には、結局何もなかった。単に彼女が罠として配備されていただけだった。趣味の悪いことをするなあと言うサウスに、ウェスが「そうね~」と頷いていた。
螺旋階段を上がり、三階に進む。奇妙な気配だった。大勢の人の瑪那の気配がする。人族、悪魔、魔族、全ての気配が複数あった。
三階に上がったとき、扉が見えた。大きな扉が一つ。螺旋階段に続きはない。
そして、見知った気配がする。一度戦った男の気配。
「ロイ市長がいる」
「わかるのか?」
「うん、精霊としての力が戻って、瑪那の気配がわかるようになったんだ」
「悪魔というのはそういうものです」
剣を握る力が強くなる。
もしかしたら、また殺しをすることになるかもしれない。ルミは殺したくないと言った。ノエルもそれに同意した。ノース達も、事情を汲んで生け捕りにしてブルーム一家に突き出すだけでいいと言ってくれた。
だが、扉の向こうから感じるのは、力強い殺気。殺意の瑪那だ。もし、殺さなければならなくなったとしても、今度は……。
私は、殺さない。
そう強く誓い、扉を開けた。
「来たか、馬鹿娘と魔法使い」
大きな広場の中心に、彼はいた。魔導剣を持ち、ぬらりと立つ京都市長ロイド・フラーマである。彼の奥には扉が見える。複数の瑪那の気配は、扉の奥から放たれていた。
恐らく、あそこに実験体がいるのだろう。
彼は「ハッ」と笑った。
「仲間を増やしたか、それに魔法使い、お前……魔女になったんだなァ」
「元からそうだったみたいだよ」
「なるほど、あのネーチャンの言ってた通りか」
彼の言うネーチャンのことが誰だか、すぐに察しがついた。
アイコはここにはいない。
だが、関係ない。彼女が裏切っていようと、四神教でそれなりの立場にいて、世界を混乱に陥れているとしても、今のノエルには関係がないことだった。
どのみち、やらなければならないことは変わらないのだ。
「全員でかかって来い! 殺す気でなァ!」
彼の纏う殺意の瑪那が、より強く大きくなった。瞬間、彼の剣が眼前に迫る。精霊の剣で受け流しながら、左手で雷撃を放つ。ロイは一瞬体の動きを止めた。
その刹那を逃さず、ノエルとトイフェルの仲間達の魔法が放たれる。ノエルの石柱錐がロイの心臓を突き刺そうとした瞬間、彼の体が消えた。彼のいたところに石柱錐と炎弾が次々と着弾する。
頭上に殺意があった。
目で確認する前に頭上に向けて石柱錐を放つ。続いて暗黒物質で作った十数本の短剣を風魔法で勢いをつけ、放つ。
頭上にいるロイの姿を視認した瞬間、また移動していた。背後から剣の気配。瞬時に振り返るも、間に合いそうにない。
だが、ロイ剣は弾かれた。ルミが割って入って弾いたのだ。
「イイ連携だ」
「そりゃどうも!」
ルミとスイッチし、斬りかかる。魔導剣で受け止められたが、すかさずルミの突きがロイの脇腹を貫いた。よろめいた一瞬の隙に、後衛部隊が炎弾と石柱錐を放つ。ノエルは魔導剣めがけ、ドレインフラワーを伸ばした。
ドレインフラワーは一瞬にして魔導剣に絡みつき、剣から瑪那を奪う。瑪那回路の光が輝きを失った。
「ちィ、これはちとマズイか」
ドレインフラワーは魔導剣からさらに伸び続け、ロイの手にまで回ろうとしている。ロイは咄嗟に魔導権を捨て、着弾する寸前で魔法を神通力で止め、撃ち返した。
ノエルは風魔法で勢いをつけてバックステップを踏み、トイフェルの面々を庇うようにして土壁を作る。魔法は、すんでのところで土壁に当たった。
「よそ見してんなよ魔女ォ!」
振り返ると、巨大な炎弾が迫っていた。土壁を作ろうとするも、間に合わない。
「ノエルさん!」
ノースの言葉に覚悟を決め、横に跳ぶ。ノエルの背後から三つの水流が放たれ、巨大な炎弾を打ち消す。そのまま水流がロイの体を飲み込んだ。
影から飛び出したうつろと共に水流に飛び込み、風魔法で推進力をつけ、ロイに精霊の剣を突き立てる。胸のコアを破壊した感覚が確かにあった。
水流から飛び上がり、床にゴロゴロと転がる。床下にドレインフラワーを忍ばせながら立ち上がり、同じく立ち上がろうとするロイを睨んだ。ルミの剣がロイに迫る。ロイは左腕で防ぐも、剣は左腕を両断した。
すかさずノエルが吹き飛んだ左腕を焼く。これで、再生は遅れるはずだ。
ノエルは駆け出しながら、石柱錐をロイの右腕と右足めがけ放つ。ルミの剣を避けながら、彼は器用に跳躍した。
だが、一つの石柱錐が彼の右腕を吹き飛ばした。すかさず右腕も焼く。
両腕を失ったロイが、力なく笑っている。
「はっはっは……まじかよ、ざまァねぇぜ……だが!」
ロイがオーラを纏って突進してきた。
「止まれねぇ! 叶えてぇ理想があるんだよォ!」
ノエルは剣を水平に構える。
「だけどお前は実の娘をも殺そうとした! 奥さんだって!」
彼の足めがけ、一閃。オーラが破れ、ロイの足元がぐらついた。
「大切な人を連れていけない理想郷に、何の意味があるんだ!」
もう一度、足めがけ一閃。
ロイの足が切り離され、彼の体が床に転がった。乾いた笑いが聞えてくる。
「痛いとこ突くじゃねェか、魔女」
すかさず、破気炉を取り出し、ロイに向けた。瑪那を送り込み、深く息を吸う。
「炉よ! 封じろ!」
言った瞬間、破気炉からエネルギー弾が射出された。
命中。
ロイは「な、んだこりゃ」と途切れ途切れに言い、動かなくなった。ノエルの隣に、ルミが歩み寄ってきた。ルミはロイに剣を突きつける。
「殺せよ」
ロイが冷たく言い放った。
「殺さないよ、私は」
ルミが答えると、ロイは顔を顰めた。
「憎いはずだろうが! この俺が!」
「うん、憎いさ。だけど、あるんだ、私には、パパと一緒に過ごして遊んで、幸せだった記憶が」
淡々と語ろうとしているように見えるが、肩が震えていた。
「それをなかったことにはできないんだよ……腐っても親子なんだ、私達は」
ルミの目から、涙がこぼれ出た。
ノエルも泣きそうだった。ノエルには、ロイの気持ちがわかった。もちろん、正しいとは限らない。それでも、察せられた。
彼は、自分を許せないのだ。だからルミに殺されたがっているんだ。母親を奪った憎い仇として殺されることだけが、彼にとっての贖罪で、彼にとっての本当の望みなんだ。
悪党として生きたからには、悪党として死にたいのだ。
――なら、私が今ここで、やれることは、せめて悪党として終わらせてあげることだけなんじゃないかな。
そう思った瞬間、ノエルは剣を構えていた。
ルミがノエルの前に右手を伸ばす。
「どうして、どうして私を普通に育てたんだ! どうして愛してくれたんだ! 悪党の娘に相応しく育ててくれなかったんだ!」
ルミの悲痛の叫びがこだました。
誰も、何も言えなかった。口を挟むことも、手を出すことも、無粋な気がした。少なくとも、ノエルはそうだった。剣を降ろし、ただ一筋の涙を流した。
「最後にひとつ、聞かせてくれ」
「……」
「ママを愛していたか?」
なんて、悲しい質問だろうか。ノエルは唇を噛み締めながら、静かに泣くことしかできなかった。ルミはロイを殺す気なのだ。あれだけ殺したくないと泣いていたのに、殺されたがる彼の願いを叶えようとしている。
きっと、最後の親孝行のつもりなのだろう。
だが、ロイは答えなかった。
ただまっすぐにルミを睨み続けるだけだ。
ルミは、ふうと息を吐いた。
それから剣を水平に構え、ロイの首を斬り落とした。彼の首が宙を舞い、ドサリと床に落ちる。剣に付着した血を振り払い、ルミが剣を鞘に収め――。
「え?」
ルミの体が、ノエルの目の前で、貫かれた。胸を一突き。彼女の背中に血が広がり、ドサリ、と体が崩れ落ちる。
何が起きたのか、ルミの体の向こうにいる人物を見て一瞬で理解した。光の剣を手に、こちらを見据えている金髪碧眼の少女。
アイコが、ルミを殺したのだ。
そう理解した次の瞬間、背後で音がした。重く鈍い音が三つ続いた。
振り返ると、そこには三人の体があった。床に崩れ去り、首から下だけになった三人の悪魔の遺体が転がっていた。
もう一度目の前の女を見た。
薄ら笑いを浮かべ、こちらを見ている幼馴染の顔があった。
アイコが、ルミを、ノースを、サウスを、ウェスを殺したのだ。
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