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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第2章:虐げられし魔女と魔族【魔人創造編】
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21.魔人兵と魔導兵

 準備が整い、いよいよ敵の拠点と思しき建造物に乗り込むときがきた。朝早くに起き、全員で持ち物の最終チェックを行う。ノエルが持って行くのは精霊の剣と、ウェスから預かった破気炉のみ。

 残りの魔道具や漂流物の類は、最も扱いに長けているウェスが持つことになった。

 作戦は簡単。全員で隊列を組みながら進み、敵が出たらまず前衛が対処。後衛は隙を見て援護をしながら、前衛が取りこぼした敵に対処する。

 ロイなどの強敵に遭遇した際は、広い場所ならば全員でかかる。狭い通路などであれば、それまで通り対処する。

 ノエルとルミが前衛、トイフェルの3人は後衛だ。これは剣を扱えるのがノエルとルミだけであり、ほかの3人は全員魔法と銃など後衛向きの攻撃手段しか持たないためだ。


「扉で乗り込みますが、準備はいいですか?」


 ノースの言葉に、ノエルとルミは静かに頷いた。ノースは緊張しているのか、普段以上に顔が強張っている。ノエルもまた緊張していた。

 敵の拠点に乗り込むようなことは、これまで経験したことがない。隊列を組み役割を分担しながら戦う経験も、なかったのだ。


「本来ならば内部の地図でも手に入れたかったのですが、生憎無理でした。内部の構造は全くわかりません」

「外観ものっぺりとした、一般的な異世界の建築様式だしね」


 ノースの言葉に、サウスが付け加えた。外観から内部の構造を推し量ることも難しく、作戦を決めたとしても結局のところは出たとこ勝負になってしまう。

 探索も、目に付く通路や部屋には全て進まなければならない。

 ただでさえ、敵拠点で交戦した場合は不利なのに、今回は状況が整っていなかった。緊張するのも無理のないことだ。


「だけど、やるしかない。でしょ?」


 ノエルが言うと、ノースが静かに頷いた。


「もぉ~、ノースちゃん、決戦前に士気下げるようなこと言っちゃぁ、メッでしょ?」

「そうでしたね、こういうのは苦手で……」

「ノエルちゃん、締めの一言よろしくね」


 ウェスがウインクしてきた。ノエルは「ええ~、得意じゃないよ?」と言いながらも、こほんと咳払いを一つ。全員の顔を見渡して、大きく息を吸った。


「みんなの目的からしても、私の目的からしても、これは一歩だと思う。京都の市長の計画を止めたからって、福岡が良くなるわけじゃないし、アランを捕まえられるわけでも、私のお父さんが殺されなきゃいけなかった理由がわかるわけでもない」


 もう一度、深く息を吸った。


「だけど、大きな前進だとは思う。まずはここで勝とう! そして目的に少しでも近づこう! そしたらきっと、幸せな未来が待ってる!」


 ノエルが腕を高く突き上げると、歓声が起こった。ルミは拳を強く握り、ノースは顔から緊張が解け、サウスはうんうんと笑顔で腕組みをしている。

 ウェスは左右の内股を擦り合わせ、「早くぅ」と悩ましげな声をあげていた。早く行きましょうと言いたいのだろうが、嫌に色気がありノエルは思わず笑ってしまった。


「オチがついたところで、行くか」


 ルミが切り出すと、「ええ」とノースが影扉を出す。これに入れば、敵の拠点と思しき建物の目の前に着く。ノエルはゴクリと唾を飲み込み、ルミと並んで影扉に入った。


 目の前にあるのは、真っ白な壁。コンクリートに白い塗装を施した異世界の標準的建築物と、ガラスの扉。旅に出てから数日、異世界の建物は何度か見てきたが、そのどの時とも違う感覚があった。

 単純にこの建物の背が高いというのもあるが、違う。

 威圧感だ。思わず身震いしてしまうほどに、この建物から何か禍々しい気配を感じ取った。ノエルは確信した。ここが敵の拠点なのだと。周囲には難民キャンプがあり、難民達が虚ろな目でこちらを見ている。影扉から出てきたノエル達を見ても驚いたような顔にはなるものの、逃げようとも責め立てようともしない。

 そのいずれの気力もないのだろう。


 ノエルは剣を引き抜き、瑪那を送り込んだ。


「みんな準備はいい?」


 全員、口々に返事をする。どれも気合いの入った返事ばかりだ。ノエルはニヤリとした笑みを浮かべながら、ガラスの扉を開けた。

 ルミと横並びで突入する。

 中はホールのようになっており、中心に螺旋階段がある。シンプルな作りだ。装飾もなく、ただ壁に埋め込まれた瑪那灯が室内を照らすだけ。

 天井の先にも螺旋階段はまだ続いているようだった。


 螺旋階段は、人が一人歩けるほどの幅である。

 まずルミが先導し、ノエル、ノース、サウス、ウェスと続いていく。剣の腕と戦いの勘、対応の速さはノエルよりルミのほうが上なのだ。それはここ数日、模擬戦でハッキリとわかった。

 警戒しながら螺旋階段を登ったが、意外なことに奇襲はなく、すんなりと二階へと辿り着いた。左の壁と右の壁に、それぞれ扉がある。


「左か右か、どちらから進む?」

「うつろ、どう思う?」


 ルミに問われたノエルはうつろに問う。影から出てきたうつろはむむむと唸ってから、口を開いた。


「左だな、複数の瑪那反応がある」

「わかった」


 再びノエルとルミが横に並び隊列を組み直し、左の扉を開けて中に入る。

 瞬間、何かが赤く光った。赤く光る点が二つ、規則的に並んでいる。そんな二つの光の点が、不規則に数え切れないほど並んでいた。

 ノースが光魔法で明かりをつけると、それらの正体が浮かび上がった。目だ。鉄の体を持つ人型の機械の目が、赤く光っている。ざっと十体以上はいる。

 襲いかかってくる気配はないが、部屋を歩いていると視線が動いているのを感じる。警戒を崩さずに部屋を進み、中程まで来たところで一つの影が動いた。


 瞬間、ノエルは右に振り向き剣を振る。精霊の剣のエネルギーの刃が、鋼鉄の体を両断した。それが合図になったのか、四方八方から人型の機械が飛びかかる。

 彼らは皆、同じ剣を持っていたが、魔導剣ではない。襲い来る機械人形を一つ、二つ、三つと斬り伏せる。後方のノース達も魔法で応戦。ノエルは氷魔法の冷たさを背中に感じながら、遅い来る敵を斬り続けた。

 二分ほど経った後、床には機械人形の残骸が散乱した。全ての機械人形の目から光が失われている。


「ふう、怖かったあ」

「弱かったが数が多かったな、それに不気味だ」

「魔導兵ですね、これ」

「魔導兵?」


 ノエルが振り返り聞くと、ノースがこくりと頷き説明をはじめた。

 魔導兵というのは、千年前に博多の街を焼いた不死の軍勢の正体である。博多の人々は魔女エラがこれらをけしかけたと言われているが、実際のところは逆で、どこからか湧いてきたこの魔導兵達をエラとその傍らにいた青年が一人で倒したのだと。

 瑪那で動く機械の兵士。

 ただ、ここにあるのは全てそのプロトタイプらしかった。


「剣しか武装がないのがプロトタイプ、後から銃火器とか魔道具とかが追加されたそうで、バージョンアップする度にアルファ、ベータ、と名前を変えていきました」

「魔導兵がここにあるということは、どうやら当たりだろうね」

「ええ、恐らく英雄の分身というのが千年前にけしかけたのでしょう。そしてここは、英雄にとっての研究施設か何か」

「どうして言い切れるの?」

「魔導兵技術は、アランが人工神開発に乗り出す前に行っていた研究の副産物なんです。その技術を所有しているのは現在、アラン以外にはブルーム一家だけ」


 ブルーム一家。どこかで聞いた名前だ、と思った。

 そうだ、トイフェルに今回の依頼をした悪魔達だ、とすぐに思い出した。ブルーム一家とアランしか技術を持ち得ないのであれば、消去法的にここはアランの所有している施設ということになる。もっとも、研究施設かどうかはまだ判別がつかないが。


「この部屋には他に何もないようだな」

「倉庫だったのかな」

「かもしれないわねぇ~」


 倉庫と思しき部屋を後にして、今度は対面の扉に向かう。一息付いてから扉を開け、中に入ると頭上から何かが降り注いだ。矢だ。ノースが土壁で全員を覆う。


「ひゃー、古典的な罠だ」

「父さんだな……こういう悪戯が好きな人だった」

「じゃあやっぱり、ここは当たりだね」


 矢土壁に当たる音が止まった。覆っていた土壁の天井が消えていく。どうやら扉を開けた瞬間に作動し、罠に蓄えられた矢を全て放出して止まる仕組みのようだ、とウェスが分析した。

 罠がある割に、この部屋にはなにもない。ため息が出てきた。


「ロイ市長は性格が悪いんでしょうか」

「……結構な」

「敵とはいえルミさんの親だよ? ノース、あんまりそういうことを言うのはよくないと思うね」


 サウスが唇を尖らせると、ノースは丁寧に腰を折った。ルミは「いやいい」と短く言って笑う。

 部屋を出ると、どっと疲れが出てきた。ノエルは頭を振って、気合いを入れ直す。もしかしたら、これこそがロイの狙いかもしれない、と。拍子抜けさせて徒労感を募らせる作戦なのかもしれない。

 そう思いながら、再び螺旋階段を登った。

 また妨害も奇襲もなく、三階。今度は正面に扉が一つだけある。

 うつろがむむむと唸った。


「この気配……人? いや悪魔? いや魔族か? ロイではないようだが」

「もしかしてだけど、ロイの研究の成果がいたりするんじゃない?」

「魔人ということか」


 魔人。ロイの手記にあった、ハーフを作る以外の道。悪魔と人族、もしくは魔族と人族、あるいはその全てが合一した新種族だ。

 ロイは全てが合一した魔人である。ノエルはロイの強さを思い出し、身震いした。あれほどの強さを持つ者が、複数いるのだろうか。


「ただ魔人と言っても敵対するとは限らないんじゃないかな」

「そうだな」


 サウスの言葉に、ルミが頷いた。

 ただ、楽観しすぎなようにノエルは思った。攫ってきただけの実験体であれば、こんなところに無造作に配置しておくだろうか。ロイ達からすれば、奪われたくないはずである。

 もっと見つかりにくいところに配置し、守りをつけるのではないだろうか。


 ノエルはあくまでも警戒を崩さず、慎重に扉に手をかけ――飛び退いた。


「下がれ!」


 ルミも気づいたのか、全員に指示を出した。

 瞬間、扉が吹き飛んだ。全員の間を扉が高速で抜けていき、部屋の中から人影が飛び出した。ルミが一瞬にして浮かされ、反対側の壁まで吹き飛ばされる。

 黒いローブを着た女が、巨大な斧を持って立っていた。


「ノース、ルミに治癒魔法!」

「わかってます!」


 巨大な斧を担いでニタニタとした気色の悪い笑みを浮かべる相手を前に、精霊の剣を両手で構え、腰を落とす。


「アタシは魔族と悪魔の混合魔人、魔族の元騎士団長エトラ様だ!」


 エトラと名乗る魔人は、まるで栄誉を誇るかのように叫んだ。


「魔法使いのノエル」

「と愉快な仲間たちです」

「気を付けて、この子強いわよ」


 ウェスの声色から、いつもの色気が消えていた。ノエルはこくりと頷き、地面を蹴る。敵の間合いに入った瞬間、斧が振り下ろされた。精霊の剣で受け流そうと思った次の瞬間、ノエルはなぜかステップを踏み横に逃れていた。

 轟音と共に自分のいたところの床に、穴が開いた。


「勘がいいじゃねぇか」

「そりゃどうも」


 後方から複数の炎弾。それにあわせて横から薙ぐ。エトラは炎弾を全て斧で防ぎながら、高く跳躍してノエルの剣を躱した。

 神通力を自分に使い、自分の体を浮かせたのだと理解した瞬間、頭上から回転する石柱・石柱錐が降り注ぐ。急いで剣を自分の体の前に戻しバックステップを踏むが、石柱錐が一つ肩を掠めた。

 痛みに顔を歪ませながら、暗黒物質で十を超える短剣を生み出し、射出して牽制。敵は器用に斧で全てを撃ち落とすが、ノースが飛ばした巨大な氷塊をもろに喰らい、壁に叩きつけられた。

 人族なら圧死してしまうところだが、氷塊が砕け散る。飛び出したエトラを銃弾が襲う。大口径の散弾だ。ノエルは後方に跳び流れ弾を防ぎつつ、また暗黒物質で短剣を作る。今度は三十を超える短剣が、エトラを襲った。

 彼女は散弾のほうが厄介だと判断したのか、銃弾を斧で防ぐのに手一杯になっている。短剣が次々と彼女の体を貫く。


 痛みに声をあげているが、まだ倒れない。コアの破壊には至らなかったらしく、ノエルの体が浮いた。


 身動きを封じられたノエルの眼前に敵の斧が迫る。


「ノエル!」


 ルミの剣が横から斧を叩いた。軌道を逸れた斧は壁に激突し、ノエルの拘束が解かれる。


「ありがとう!」


 敵の石柱錐が迫る。ノエルは咄嗟に石柱錐を射出して相殺。同時にルミが飛び出し、エトラの腹を斬り裂いた。よろめく敵めがけ、ノエルは再度石柱錐を射出。コアを狙った一撃だけ綺麗に防がれたが、残りの石柱錐はエトラの四肢を貫き、壁に磔にした。

 その光景を見て、頭がズキリと痛む。

 一瞬だけ、像が見えた気がした。磔になった虚ろな目をした金髪の少女の像が。

 ノエルは頭を振り、敵の胸にあるコアめがけて剣を突き刺した。確かにコアが壊れる感触があったが、エトラはまだ死んでいない。

 だが、これで魔族としては死んだ。額の角は既に消えている。神通力を封じることに成功した。

 あとは首を落とすだけ……だが、ノエルは一瞬躊躇った。

 その瞬間、エトラの両腕両足の筋肉が盛り上がる。

 やるしかない。でなければ、やられてしまう。

 改めて剣を構えた瞬間、エトラが拘束から逃れた。肉と骨が砕ける音と共に。咄嗟に薙ぐも、エトラは一瞬にして身を屈めた。

 ノエルの体が宙に浮く。一瞬何があったのか理解できなかったが、すぐに悟った。エトラが風魔法を使ったのだ。突風で浮いたノエルの頭上に、エトラがいた。彼女は両腕を握り込み、力を込めている。


「ノエルさん!」


 ノースが氷柱に風魔法で勢いをつけて放つ。

 だが、エトラの体に氷柱が着弾する寸前、彼女は拳を振り下ろしていた。腹に穴が開いたかのような鈍い衝撃と共に、背中にも激痛が走る。口から血が吹き出て、視界が霞んだ。

 立ち上がろうとするも、体が動かない。


「よくも!」


 氷柱にボロボロになったエトラの首を、ルミが勢いよく刎ねた。

 ルミがノエルの体を泣きながら抱え起こしている。霞み歪む視界のなか、自分の腹に本当に穴が開いているのが見えた。


「ノエル! おいしっかりしろ! 死ぬんじゃない!」

「ノエル……!」


 ルミとうつろの声が、微かに聞こえる。

 自分はこのまま死ぬのだ。ルミのことを最後まで助けられなかったのは心残りだが、ノエルの心を満たしているのは安堵だった。

 死の間際、ノエルは思った。


 私、やっと死ねるんだ。


 心の中でそう唱えた瞬間、ノエルは全てを思い出し、涙した。自身が何者だったのか、自身が何をしたのか……。

 ノエルの心を深く暗く大きな絶望感が、覆い尽くした。

もし面白ければ、ブックマークや評価をしていただけると大変ありがたいです。

よろしくお願いいたします。

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