2.お葬式
目が覚めたときには、周囲が騒がしかった。
ゆっくりと目を開けると、アイコ達家族がノエルの顔を心配そうに覗き込んでいた。悪魔の姿はなかったが、ノエルにはわかる。自身の影に潜んでいるのだと。
契約を通じて、心が繋がっている証拠だった。
「大丈夫!?」
「ん……」
アイコの問いに、ノエルは頷くことも首を横に振ることもできなかった。アイコは目を伏せ、「だよね」と吐息混じりに呟く。
村長達はアルバートの遺体を棺桶に入れ、何事かを話していた。視界がひどく霞む。それでもゆっくりと起き上がり、村長達の中へと入っていった。
「ノエル、大丈夫なのか?」
「大丈夫、とは言いにくいかもです」
「無理もないな……皆もショックを受けておるよ」
アルバートは、村一番の剣士だった。村一番の働き者だった。仕事が休みのときも村人の困りごとをよく聞いていたし、ノエルはそんな父親が誇らしかった。
だからこそ、ノエルには言わなければならないことがあった。眼の前で眠りにつく父親の遺体を眺めながら、口を開く。
「父の遺体は燃やします」
「燃やす?」
村長が顔をしかめる。当然だ。倭大陸には、遺体を燃やす習慣はない。遺体を埋め、瑪那として大地に還元するというのが一般的だ。倭大陸で主流な宗教である白教においては、特にそういう風習が強い。
だが、ノエルはただ首を縦に振った。
「生前、父が言ってたんですよ、俺が死んだら燃やしてくれって」
「なるほど……それは尊重せねばならんな」
「はい、えっと、それで」
「ん? どうかしたか?」
私が燃やします、という言葉が瞬時には出てこなかった。何度も口から出そうとしているのに、喉に何かが支えているような気持ち悪さがある。
頬を叩き、目を瞑り、深く息を吸った。
「私が、燃やします」
「じゃがそんな……辛かろうて」
「辛いです。だけど、そうしたいんです。そうすべきだと、思うんです」
村長は一瞬ノエルを見据えて、肩を竦めた。
「わかった、お願いしよう」
「村長! それはあまりに――」
「黙らんか、本人が言うておるのじゃ。それに、そのほうが此奴も浮かばれるじゃろうて」
口を挟もうとした村の大人を、村長がピシャリと止めた。村長達が一歩下がり、ノエルは棺に入れられた父親に手をかざす。
手が震える。肩が重い。自分を庇って死んだ父親の背中が、脳裏から離れない。自分自身に対する激しい憤りを感じた瞬間、炎が手から放たれた。
パチパチ、とアルバートの体が焼けていく。悪臭が鼻につく。徐々に灰になる父親の体が、この匂いがノエルにどうしようもなく訴えかける。この世のどこにも、もう父親はいないのだと。
――どうしてもっと、一緒に過ごそうとしなかったのかな。一緒に遊んだり出かけたり。思えばお父さんのこと、あまり知らなかった。もっと、愛してるって言えばよかった。
言葉が心の中に溢れて止まらない。どうしようもなく泣きそうなほど悲しいのに、苦しいのに、涙は出てこなかった。
「どうして――」
父親の体が全て灰になった頃、ノエルはまた意識を手放した。