19.戦いの準備
ルミが落ち着いた頃、ノエルの前にサウスが現れた。彼は柔和な笑みを浮かべながら、「食材の買い出しを手伝ってほしい」とノエルに言った。
彼女は快諾し、サウスについて街へ向かう。
はじめて入る博多の街は、想像していたよりずっと栄えていた。背の高い漂流物の建物がそこかしこにあり、異世界とこの世界の文明レベルの違いを見せつけている。
高層ビルというらしい。
ビルの周囲には核世界の一般的な木造平屋が並んでいる。多種多様な店があった。魔道具屋、漂流物専門店、飲食店、日用品店……。
ビルのなかには、ラウダ商会の紋章が描かれているものもある。ラウダ商会の博多支店らしい。会長のラウダは千年の時を生きる異世界人らしく、漂流物の建物に関しては優先的に手に入れている。
ノエルも知識としては知っていたが、天高くそびえ立つビルに商会の旗がかかっているのを見て、感嘆するしかなかった。
「すごいでしょう? この街」
「うん」
サウスの問いかけに、生返事。
道行く人々は皆、活気に満ちている。中にはげっそりとした顔で歩くスーツ姿の人間もいるが、それも活気を証明するものだった。忙しく歩き回るほどに仕事があるのだ。
冒険者でも商人でもない仕事が、ここにはたくさんある。それは、秘境の村で育ったノエルにとっては、驚くべきことだった。
「サラリーマンと言うんだよ、彼らは」
「サラリーマン?」
「事務仕事とか、商会の営業職とか、あとほら精霊術士教会の職員とかね」
「色々な仕事があるんだなあ」
ノエルの心からの感想に、サウスは気分良さそうに笑った。
「ノエルさんは、何かしたい仕事とかあるのかい?」
聞かれて、ノエルは「うーん」と考え込んだ。
最近になって、思うことがいくつかある。冒険者ギルドで依頼をこなすのは楽しかったし、トイフェルを見て仲間と一緒に一つの拠点を持って活動するのも憧れる。
ノエルは、そんな気持ちを正直に打ち明けることにした。
「私、ギルドやりたいかも」
「おお、いいね。ノエルさんのような心の綺麗な方なら、きっと色々な人を助けられると思うよ」
歯の浮くようなセリフに、ノエルは「へへへ」と笑う。
「口説いてます?」
「ははは、まさか」
サウスが笑いながら、八百屋の前で立ち止まった。店先に並んだ野菜を見ながら、何やら思案している。
「一応打算もあるんだよ?」
ノエルが後ろに手を回して、足で地面に円を描きながら言った。サウスは振り返らず、「へえ、どんなだい?」と聞いた。
「依頼が来れば情報がたくさん集まるでしょ? お金と情報を一気に集められるじゃん」
「なるほど、確かにそうかもしれないね」
「それに、もし私達の素性を隠さずに活動できたらさ? 悪魔や魔法使い、魔族の印象も少しは良くなるかもしれないしね」
ノエルは魔法使いで、うつろは悪魔だ。ルミは人間だが、ロイの言葉が引っかかっていた。まだ人間だ、と。いずれ魔族としての特徴が開花することがあるかもしれない。
そうでなくとも、魔族と人間のハーフだ。関係がないわけではない。
ただ、サウスは難しそうな顔をした。
「それはかなりの茨の道だと思うよ」
サウスがじゃがいもを手に取りながら言った。
ノエルはその隣にあったにんじんを手に取り、店先の籠を持ってきて入れる。
「わかってるけど、サウスさん達も結構茨の道歩んでるよね」
「たしかにね」
「何かを変えるのに簡単な道なんてないんだよ、多分。簡単な手段を選ぼうとしちゃ、ダメなんだと思う」
玉ねぎを持ち、籠に入れようとしたサウスの手が一瞬止まった。
ノエルは玉ねぎを受け取って籠に入れ、言葉を続ける。
「うつろにはそんなこと考えてる余裕はないだろって言われそうだけどね? 確かにそうかもなんだけど、私は多分欲張りで……四神教もなんとかしたいし、お父さんが殺されなきゃいけなかった理由も知りたいし、アイコのことも色々考えたいし、差別も無くしたいの。そのためにできることはなにかなって考えて――」
「それが、ギルドってことなんだね」
サウスの言葉に、ノエルは「うん」と頷く。
竹下にあったのは、公営ギルドだ。市庁という行政組織が運営しており、ノエルが受けたネルドラゴンのような行政側が対処に困った事案や人手不足で対処しきれずにいる事案が、優先的に回される。
だが、私設ギルドという制度がある。半ば形骸化している制度ではあるが、それを使えばノエルがギルドを作ることは理論上は可能だ。
「まあ問題はどこが私達を認めてくれるんだって話だけどね」
ため息をこぼすノエルの言葉の通り、私設ギルドにも認可が必要になる。認可を出すのは当然、市長である。
悪魔や魔法使い、魔族への迫害がほかより厳しい博多行政区ではまず不可能だった。
「あ、野菜はもうこんな感じ?」
籠に目を落とすと、じゃがいもと人参、玉ねぎが入れられている。
「うん、そうだね」
頷くサウスに、ノエルはトマトとレタスを両手に持って「これも買おう」と言った。露骨に嫌そうな顔をして、サウスが目を逸らす。
「苦手なの? ダメだよー、根菜だけじゃ栄養が偏るよ」
「カレーだからトマトとレタスは入らないよ」
「サラダにするの! カレーなんて炭水化物の塊なんだから!」
ノエルは嫌がるサウスに抗い、半ば強引に籠に入れた。籠に入れてしまうと流石のサウスも観念したのか、目を閉じて下唇を噛み「次は肉屋だね……」と消え入りそうな声で言った。
野菜を購入して、カウビーフの肩ロース肉を購入。米は備蓄があるというので、カレーライスおよびサラダの材料はこれで揃った。
一度拠点に戻り食材を置いてから、今度はウェスに呼ばれて拠点の奥の工房へと向かう。
ウェス専用という工房は、ノエルには懐かしい空間だった。アイコの部屋のように、雑多にものが散乱している。何かの部品であろう歯車やネジ、ボルトやナット、瑪那回路を刻むための赤熱ペンなどが机の上や床に散らばっていた。
赤熱ペンは赤龍の鱗から作られるらしい。赤龍の鱗は瑪那の通りがよく、また、熱を増幅させて射出するのだという。赤龍は鱗から高熱線を照射するのだが、鱗自体にそういった機能があるのだ。
ウェスは作業机の前に座り、ノエルに魔道具と思しき六角形の物体を手渡す。八卦炉のようなその物体は、ノエルには何がなんだかわからず首を傾げるしかなかった。
「それはねぇ~? 殺さずに無力化したいときに使うのよぉ~」
妙に色っぽい声で、ウェスは説明を続ける。
この八卦炉は、名を破気炉というらしい。ダジャレだ、とノエルは思った。
瑪那の流れを阻害するエネルギー弾を射出し、命中した相手の瑪那の流れを阻害することで麻痺させることができるのだという。
そのうえ、魔法や精霊術、魔導剣も無効化できる。効果時間は一時間ほどだ。
「使い方は簡単よぉ~、瑪那を炉に集めるイメージで相手に向けてぇ~、『炉よ封じろ』と言うだけなのぉ~」
「なるほど、簡単だね」
「あなたの親友さんや、ルミちゃんのお父さんに使うといいわ」
突然、ウェスの声色が真面目なものに変わり、ノエルは少しドキッとした。ノエルも真面目な顔で頷き、「ありがとう」と礼を言って破気炉をローブのポケットに仕舞う。
「あっ、そうだぁ~ノエルちゃぁ~ん、戦いが終わったらぁ~、その魔導剣イジらせてほしいなぁ~すっごいことしたげる」
「言い方がちょっとやらしいね、でもうん、わかった」
「お願いねぇ~」
もう一度ウェスにお礼を言ってお辞儀をし、工房を出る。
ノエルは自然と微笑んでいた。
トイフェルの面々は、皆一癖あるが気の良い連中ばかりだった。
言葉は柔らかく敬語を崩さないが、案外ノリがいいノース。柔和な笑みを浮かべたままで優男風を通り越してやや不気味なほどだが、野菜が苦手で料理上手なサウス。妙な色気にクラクラしそうになるが、優しく魔道具の扱いに長けたウェス。
最初は少し不安と緊張があったが、この面々とならうまくやっていけそうだと思った。もし、彼らのレジスタンス活動が実を結んだのなら、彼女たちも誘って一緒にギルドを立ち上げるのも面白いかもしれない。
そんなことを考えながら、ノエルは外で素振りをしているルミに駆け寄って行った。
「模擬戦したくない?」
ノエルが暗黒物質で作った刃のない剣を構えると、ルミはニヤリと笑った。
「そろそろしたいと思ってたところだ」
それから、サウスがカレーを作り終えるまで二人でたっぷりと模擬戦をした。京都騎士団の低姿勢の剣に最初は翻弄されたが、すぐに対応。ルミもまたノエルの力任せの剣に時折怯みながらも、徐々にノエルの剣を軽々しく往なすようになっていた。
剣を交えながら、ノエルはかつての父の言葉を思い出していた。剣を交えれば相手の考えていることが、なんとなくわかるのだと。
これまであまりピンとこなかったが、打ち合いを終えてカレーを食しながら模擬戦の様子を思い返すと、少しわかった気がした。
相手の一挙手一投足に注目し、相手の表情を観察する。そこから相手の意図や考えを読み取り、対処する。
そんな戦いを通じてこそわかるものもあるのだと、しみじみ思いながらサウスの作った絶品カレーを頬張った。
決戦の準備は滞りなく進んだ。
翌日には作戦を詰めながら全員で模擬戦をした後、休息を兼ねて談笑。それからルミの話を詳しく聞いた。ルミが父親であるロイを疑うきっかけをくれたラインハートという人物のことも。




