13.はぐれアルラウネを保護しよう!
ギルドに行くと、先日と同じ受付嬢がいた。ノエルを見るなりにこやかな笑顔で頭を下げる。
「何か役に立てそうなお仕事ありませんか?」
「そうですねえ……ノエルさんって魔物に詳しいのでしたっけ」
「はい、人よりは詳しいと思います」
ノエルが笑顔で言うと、受付嬢は「でしたら」と一枚の紙を丁寧な所作で掲示板から外し、見せてきた。
アルラウネの保護、と書かれている。
「え、絶滅危惧種じゃないですか」
「はい、一体のアルラウネが竹下の東側で発見されまして」
「保護しようとしたら逃げられた、と?」
「はい……」
アルラウネは、絶滅危惧魔物に指定されている。核世界では数少ない半人型の魔物であり、巨大な花弁に人間の上半身のようなものが生えているのが特徴だ。
人語を喋るが、人間や魔族・悪魔ほど流暢ではない。
絶滅しかけているのには、2つの理由がある。
ひとつは、アルラウネの繁殖方法だ。アルラウネは繁殖行為を人間と行うことがあるが、珍しい。最も一般的なのは、ドレインフラワーにより瑪那を吸われ種子を植え付けられた女性が変異することで生み出されるというものだ。
ドレインフラワーの群生地は、今や危険地帯に指定されており、戦えない女性が一人で近づくことは稀だ。
もうひとつは、アルラウネの希少価値にある。
アルラウネの花弁や蔓は、高値で取引されるのだ。アルラウネは自然と蔓を落とすのだが、蔓や花弁は信用の置ける人間以外に渡すことはない。
逆に信用を得られれば彼女らから渡されるという風習があるのだが、それでは数が少なく、アルラウネを狩るのが昔に流行ったことがあった。
「生き残りのアルラウネって今、隠れ里でひっそり暮らしてるんですよね」
「はい、そう聞いてます」
「そこからはぐれたって感じかな……東側って何があるんです?」
「それが、ボアピッグの放牧地帯でして」
「天敵ですね」
ノエルが言うと、彼女はこくりと頷いた。
ノエルは大きな胸を叩く。
「任せてください、なんとかしてみます」
「お願いします! 成功したら報酬も弾みますので」
「わかりました、早速放牧地に行ってみますね」
受注手続きを済ませて踵を返す。受付嬢は、去っていくノエルの背中に一礼した。
街を東に抜けると街道があり、その街道を挟むようにしてボアピッグの放牧地がある。柵で仕切られてはいるが、危険なことに変わりはなかった。
人間ならば不用意に近づくことはないが、危機察知能力が著しく低いアルラウネならどうなるかわからない。
ノエルは注意深くあたりを観察しながら、街道を進む。
「どこかに隠れてるのかな」
「あの放牧地、森があるな」
「あそこが怪しいかもねえ」
ただ、放牧地には大勢のボアピッグがいる。家畜として飼われてはいるが、危険がないわけではない。
ノエルは一瞬ためらってから、意を決して柵を乗り越え、放牧地に足を踏み入れた。
ボアピッグは速く動くものに強く反応する。少しでも刺激しないよう、ボアピッグを避けつつゆっくりとした足取りで森を目指した。
彼らのブヒブヒという鳴き声が四方八方から聞こえてくる。
「近くで見ると結構怖い顔してるんだなあ」
「突進と突き上げに気をつけろよ」
「まあそもそも怒らせないようにしないとね」
刺激しないよう、二人は小声で話す。
ボアピッグの近くを通るには、いくつかのコツがある。
走らないこと、大きな音を立てないこと、瑪那を使わないことだ。憎悪や殺意と呼応する魔魔法には、インビジブルという透明になり気配も消せる魔法があるが、それを使うとかえってボアピッグに刺激を与えてしまう。
だからノエル達は、魔法を使わずゆっくり慎重に歩くしかなかった。
しばらく進み、森に入った。結局、ボアピッグに襲われることはなく安全に通り抜けられた。
「ふう、よかったよかった」
「だな」
「考えてみれば知ってたら安全なんだよね、じゃなきゃ家畜にできないし」
畜産農家が彼らを世話する度に襲われていたら、命がいくつあっても足りないだろう。ノエルは慎重に仕事をこなす彼らの姿を想像し、頭が下がる想いがした。
「いるかなあ、アルラウネ」
「植物系魔物の瑪那の気配はあるな」
「まるで探知機だなあ」
「あん?」
「急に怖くなるのやめて」
鬱蒼と茂る植物を避けながら、森の中を進んでいく。
アルラウネは自然豊かな少し開けた場所を好む性質がある。そうした場所を目指して歩くが、なかなか見つからない。ここにはいないかもしれないという疑念が、胸中を渦巻き始めた。
そのときだった。
木々の間を動く影が見えた。
追いかけてみようとしたとき、か細い悲鳴が聞こえた。
「行くようつろ!」
「ああ!」
声がした方に走って向かう。
少しだけ開けた空間で、アルラウネが今まさにボアピッグに飛びかかられようとしていた。
「危ないっ!」
咄嗟に精霊の剣を抜き、間に入る。ボアピッグの牙を剣で受け止め、胴体を蹴り飛ばした。ボアピッグは鳴き声をあげ、走り去っていく。
「ふう……大丈夫?」
背後のアルラウネに向き直ると、彼女は下半身の大きな花弁をぴこぴこと動かしながら頭を下げた。
「ありがとうございマス」
「いえいえ、君はどうしてこんなところに?」
ノエルが彼女に目線を合わせるように屈んで問うと、アルラウネの花弁の先が地面を向いた。アルラウネは顔の表情だけでなく、花弁でも感情表現をする。
これは悲しみや寂しさを表す際の動きだった。
「すてラレたの」
「捨てられた……もしかして悪魔か魔法使いに?」
「うん……」
「無責任な奴がいたもんだな」
だね、と同意しながらノエルは息を吐いた。
草魔法には、アルラウネを生み出す魔法がある。命を生み出すことになるため、良識のある悪魔や魔法使いならばおいそれと使うことはないのだが、稀に戦うときに生み出して、戦いが終われば捨ててしまう無責任な輩もいる。
ノエルは、それが腹立たしかった。
「おねえちゃんたちはアクマ?」
「私は魔法使いのノエル、こっちは契約悪魔のうつろだよ」
笑顔で名乗ると、彼女はにっこりと笑った。花弁も少しだけ水平に近い角度になってきている。
ノエルはアルラウネに手を差し伸べた。
「よかったら、一緒にくる?」
「いいの?」
「うん、と言っても私達旅の最中だから、いつも一緒ってわけにもいかないけど」
アルラウネはほんの一瞬だけ「うーん」と唸りながらも、すぐに頷いた。
「じゃあ、とりあえず行こっか」
「うんっ」
そして、ノエルは捨てられたアルラウネを保護し、街へと戻っていった。怪しまれないように転送扉を街の外れに出し、ギルドに向かう。
ギルドに入ると、受付嬢が目を大きく見開いた。
「もう見つけたんですか?」
「はい、で、この子なんですけど……」
ノエルは、経緯を説明する。
魔法によって生み出され捨てられたアルラウネであり、天敵の多いところに迷い込んでしまったのだと。自分たちで面倒をみるつもりだが、旅の最中なので活動拠点を得るまでは実家のある村に預けるつもりだ、とも。
アルラウネは少しだけ不安そうに眉根を下げ、花弁を垂らしていたが、ノエルが「優しい人ばかりのところだよ」と言うと、安心したのか微笑んでいた。
報酬を受け取り、早速アルラウネを村に連れて行くことになった。
「おじさんとおばさんなら安心かな」
「確かにあの二人ならば問題はないだろう」
転送扉で村に戻り、タンド達の営む喫茶店にアルラウネを連れて行く。
二人はノエルの姿を見て笑顔で出迎えたが、すぐ後ろでもじもじとした様子でついてきているアルラウネを見て、顔を見合わせた。
「ノエルちゃん、その子は?」
「えっと、実は――」
二人に経緯を説明すると、二人ともにこやかな笑みを浮かべ、アルラウネの目を見た。
「大変だったねえ、今日からあんたはうちの子だよ」
「遠慮せず過ごすといい」
二人の言葉を聞いて、アルラウネは満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「それで、ノエルちゃん、この子の名前は?」
スールがノエルに向き直る。
「あっ、そうだ名前かあ」
ノエルは「そうだなあ」と唸り、腕を組む。
しばらくして指を鳴らし、ノエルはアルラウネの頭を撫でた。
「今日から君の名前はアルだよ」
「また安直な……」
嘆息を漏らすうつろをよそに、当のアル本人は与えられた名前を何度も復唱してから、「ありがとうっ!」と、ほんの少しだけ流暢に答えた。
そんなアルの姿を見て満足げに微笑み、また頭を撫でる。
「じゃ、アルのことお願いね」
「任せておけ」
「バッチリ面倒みておくよ」
「またいつか迎えに来るから」
そう言いながら彼女の頭から手を離すと、彼女はこくりと頷き、去りゆくノエル達に手を振った。
宿に戻ると、ルミが難しい顔をしてノートパソコンを睨みつけていた。
ノエルが隣に腰をかけると、顔が少しだけ綻ぶ。
「どうだった?」
「捨てられアルラウネを保護して、アイコの実家に預けてきたよ」
端的に伝えると、ルネは小さく笑った。
「お前らしいな、と私が言うのもおかしな話か」
「え? どうして?」
「出会って少ししか経っていないのをすっかり忘れていたんだ」
言われて、ノエルも思い出した。
もう何ヶ月も一緒にいるような気さえしてしまい、つられてノエルも小さく笑った。
「だが村は安全なのか?」
「安全だよ、言ってなかったけど来人村は地図に載ってないし、村人が入るのを許した人以外には見えもしないよう結界が張られてるんだよ」
ノエルが言うと、ルミは「えっ」と短く声を漏らした。
「なぜそんな結界が?」
「それは私にも全然わからないんだけどね」
子供の頃に父親に説明されて知ったことだが、未だにノエル自身も意味はよくわかっていなかった。実際、村にはアルバートの仕事の知り合いとアルバートが依頼して来てもらっている行商人しか来ない。
思えば、襲撃者がアイコだったのもそういうことなのだろう、と今更悲しさが込み上げてきて、ルミにぴったりと肩をくっつけた。
「そっちはどうだった?」
「ん? ああ……」
ルミは一瞬目を閉じ、苦虫を噛み潰したような顔をした後、にっこりと微笑んだ。
「明日話すよ、今日は外に食事に行かないか?」
ルミが一瞬だけ見せた苦い顔が気になったが、ノエルは「いいねえ」と親指を立てた。
――きっと、私を気遣ってくれたんだろうな。
ルミの肩に頭を預け、ふうと一息つく。
「何食べる?」
「ノエルは何が食べたい?」
「んー、私はルミが食べたいものが食べたいかな」
ルミの肩から頭を離すと、彼女の赤い顔が目に入った。耳まで真っ赤になっていて、微笑ましい気持ちになる。
「そ、そうだな……よし酒場に行くか」
言い淀むルミに吹き出すと、彼女は頬を控えめに膨らませていた。
「昼間いたところ?」
「うん、どの料理もうまかった」
「ちゃっかり食べてたんだ……あれ?」
ノエルはハッとして、立ち上がる。
手をわきわきと動かし、神妙な顔をした。
「私お昼ごはん食べてない!」
「ははっ、じゃあたくさん食べようか」
ノエルは「うんっ!」と元気よく返事し、勢いよく立ち上がった。