12.全世界合一計画
宿に戻ると、アイコの部屋は空室になっていた。既に宿を引き払ったのか、と肩を落とす。女将に聞いてみると、4日分の代金を支払って出ていったらしい。
喧嘩でもしたのかい、と問う女将に「そんなところです」と答え、ルミと共に部屋に戻った。
ベッドに身を投げ、天井を仰ぐ。
ルミが隣のベッドに腰をかけ、ノエルを見ていた。
「ねえルミ、どうしたらいいんだろうね」
「さあなあ……私もわからないな」
「だよねえ」
「ノエルがどうしたいかじゃあないか?」
うつろの言葉に、「うん」と短く答える。影から出てきたうつろを抱きかかえると、ほんのりと温かかった。
ノエルはふと、女将に言われた「喧嘩」という言葉を思い出した。
「そうか、喧嘩かあ」
「ん? ああさっきのか」
ぼんやりと頭に浮かんできた思考に、自分で笑ってしまう。
「喧嘩なら仲直りできるかな」
ノエルが言うと、ルミが息を漏らした。
「すごいな、ノエルは」
「ううん、覚悟がないだけだよ……アイコのいない世界で生きる覚悟が」
ノエルはアイコと共に過ごし、育った。
二人はいつも仲が良く、一緒に遊んでいた。幼い頃は父親がいない日にはタンドの店で食べさせてもらったし、アイコもいつも一緒に昼食や夕食を摂っていた。
ノエルが料理出来るようになってからも、夕飯だけは全員で一緒に食べていたのだ。アイコが瑪那技師としての修行を始めてからも、休みの日にはよく遊んだ。
二人は、紛れもなく家族だった。親友だった。姉妹だったのだ。
「お父さんを殺したことは許せないんだけど、どうも憎みきれなくて、正直心がぐちゃぐちゃだよ」
「自己分析がそれだけできていれば上出来だ」
うつろの言葉に、「かもね」と微笑む。
「許せなくて憎くて、だけど今でも大好きで、どっちの気持ちもあっていいのかもね」
「そうか……そうだな」
ルミが何度も頷く。
彼女もまた、思うところがあるのだろう、とノエルは納得した。ルミもまた、身内により身内を殺されているのだ。真実が発覚するまでは、父親と良好な関係だったらしい。
ノエルと同じように、愛憎入り交じる感情が彼女の中にはあるのだろう。
「うん、なんか少し気が楽になったよ」
ノエルは立ち上がり、力こぶを作ってみせた。
「私もだ」
「あの部屋の先、行く?」
「うん、行こう」
ノエルはよしきたと言わんばかりに、ルミに手を差し伸べる。彼女はノエルの手を取り、立ち上がった。
うつろの転送扉を使い、ロイと戦った部屋まで戻ってきた。部屋には誰もおらず、扉以外にはなにもない。
殺風景な部屋が、ノエルの心にプレッシャーをかけているようだった。
「何があるんだろうね」
「行かないとわからないさ」
「だな」
「だねえ」
ノエルは深呼吸をひとつして、ドアノブを回した。
扉を開けると、中にはノートパソコンがあった。この世界では非常に貴重な漂流物だ。主に文書の整理に使われているが、公的機関にしか配備されていない。
ノエルはとりあえず開いてみるも、使い方がわからなかった。
「ここを押すんだ」
ルミが、リンゴのようなマークの付いたボタンを押す。
「使ったことあるの?」
「騎士団員はたいていあるぞ」
「へえ、すごい」
ルミがカタカタとなにかを打ち込んでいく。パスワードを入力してください、と画面に表示されていた。
二度失敗し、あと一度失敗するとロックされてしまうらしく、ルミは考え込んでいる。ノエルは何がなんだかわからず、周囲を見渡す。周囲には本棚があり、いくつかの本があった。
「スカスカだなあ、本棚」
本の背表紙を見てみると、悪魔や魔族関係の文献ばかりだった。
あとは、異世界に関する研究書が一冊。ノエルはそれを手に取り、ぱらぱらと捲り始めた。
――――。
世界には、無数に近い異世界が存在する。この世界を核世界と呼び、その他の世界を枝世界と呼ぶこととする。
異世界を生み出したのは、英雄が生み出したとされる人工神エンブリオ。彼は核世界を分岐させることで、世界のさまざまな可能性を模索した。
だが、何者かの手によりバラバラだった世界同士が繋がりを持ち始め、漂流物と漂流者が現れるようになった。
また、核世界を全ての始まりとする説が有力であるが、核世界のほかに中核となる世界がかつて存在したという説もある。
本書では、中核世界存在説について考察していく。
――――。
「お、突破したぞ!」
「え、本当? すごい!」
ノエルは本を閉じて、手に持ったままルミに向き直った。ノートパソコンの画面には、草原と青空が表示されている。
ルミは誇らしげに鼻を鳴らし、何かを操作した。
文章ファイルが表示されると、ルミは「は?」と低い声を出した。
「どうしたの?」
「ロイ達の目的がわかった」
ノエルは、ノートパソコンに表示された文書ファイルのタイトルを読み上げた。
「全世界合一計画……?」
文書の中身は、とんでもない話だった。
全ての異世界を核世界に合一化し、世界を一つにする計画が記載されていたのだ。世界を一つにすることで、全ての人間に魔族としての魂と人間としての魂、悪魔としての魂が宿る。
この世界では人間だとしても、異世界では魔族や悪魔になっている例が多数確認されており、理論上は全員がそうらしい。
ロイは文章の最後をこう締めくくっていた。
英雄様の真の狙いはわからないが、俺はこの計画で種族差別を無くし理想郷を作る、と。
ノエルは、寒気がした。
「うつろ、これってすごく危険じゃないかな」
「ああ、同一人物の魂でも、歩んだ歴史が違えば他人の魂とそう変わりない」
「自分と違う魂が無数に体に入るってことだよね」
「ああ」
そのうえ、種族までも違う。種族が異なれば魂の形が異なるというのが、核世界における主流な説だ。魂の形が異なるため、身体的特徴や能力も大きく異なるのだと。
たとえば魔族であれば、人間にはない小さな角が額にある。神通力という、物体や人を浮かせて操る力もある。
悪魔であれば、微翼と呼ばれる小さな小さな翼がある。翼の形は魂の形を映すと言われており、悪魔によって異なる。能力は、魔法と転送扉と影の触腕……通称影腕だ。
それら全ての身体的特徴が現れる。考えただけで、体が痛みそうだった。
「そういえば……」
ふと、ノエルはルミが語ったロイのことを思い出した。
「ルミのお父さん、人間と魔族と悪魔の特徴があるんだっけ」
「うん、つまりはそういうことだろう」
「実験したんだ、自分の体で……」
「全世界の魂を入れたわけじゃないだろうが、そうだろうな」
ノエルは、ルミが生まれた経緯についても察しがついたが、これは言わないでおいた。
ルミの肩を優しく叩き、頭を撫でる。照れくさそうにしている彼女を、きつく抱きしめたくなった。
「どうしてそこまでして……」
「ひとまず、これは持って帰ろう」
「だね、まだ何かあるかもだし、ここからは早く出たほうがよさそう」
「戻って来ないとも限らないからな」
ノエルはこくりと頷く。
うつろが転送扉を出し、ひとまず宿の部屋に戻った。
部屋に戻るなり、ルミはノートパソコンを弄り始めた。ノエルは機械の操作では役に立てないからと、ギルドに行って仕事を探し金策をすることにした。