11.対決! 京都市長ロイド・フラーマ
ノエルとアイコはギルドに例の注射器を託し、ひとまず宿に戻った。ネルドラゴンはただ寝ているだけで脅威にはならない、起きたらまた勝手にどこかへ歩いていくだろうと説明すると、ギルドの受付嬢は納得した。
金貨2枚の報酬を受け取り、宿の部屋でルミを待つも、彼女はなかなか戻らない。
ノエルは退屈になり、一人で外に出た。
「さて、ルミがいそうなところを探そう」
うつろがノエルの影から「そうだな」と短く同意した。影からの声は周囲にも聞こえるため、小声だった。
ノエルは通行人に酒場の場所を聞き、いくつかの候補を得た。ギルドのすぐ隣のボアビア亭という酒場が、この街で一番大きな酒場らしい。
酒場に入りあたりを見渡すと、カウンター席にルミの姿があった。
「やっぱり酒場にいた」
「ん? ノエルか、早かったな」
ルミが振り返り、はにかむ。カウンターに置かれているのは水らしかった。
「お仕事終わったよ、そっちはどう?」
「竹下では四神教の騒ぎはあまりないらしいが、北の街道の外れに最近所属不明の教会が出来たらしい」
「おお、怪しすぎるね」
「実は私が目星をつけていた心当たりと同じなんだ」
つまりは、ルミが最初から持っていた情報しか集まらなかったということだった。
だが、ノエルはルミの肩を叩いて微笑む。
「怪しさがより増したってことだね」
「ふっ……そうだな、行くか」
「うん、ああそうだ、このまま二人で行くよ」
「アイコは……いやなるほどな、わかった」
頷くと、ルミは立ち上がった。
会計を済ませ、大通りを北に進む。北門から街を出て、ルミの案内で件の所属不明の教会へと辿り着いた。
それは漂流物だった。継ぎ目のない真っ白な硬い壁。天井付近には、見慣れない男性の像が飾られている。白教の教会であれば、あの位置に飾られているのは救世主の姿だ。
明らかに白教の教会ではなく、この世界の建造物でもなかった。
「これが最近現れたのかあ」
「隠れ蓑には最適だな」
「でも長くは使えないよね、行政側に協力者がいない限り」
ノエルの指摘に、ルミが頷く。
建造物の漂流が確認された場合、一ヶ月以内に行政が調査を行い用途を決める取り決めが倭大陸全土で交わされている。もっとも、一ヶ月という期限のせいかギリギリになることが多い。
考えられるのは、それまでの間の仮の拠点として使っているのか、それまでの期間で十分と判断しているのかのいずれかだった。
「もしかして、ラインハートさんここにいたりしないかな」
「あり得るな……捕らえておくための一時拠点として使っている可能性」
ノエルは深呼吸をし、精霊の剣の柄に手をかけた。
「乗り込むよ? いい?」
「もちろんだ」
二人で扉に手をかけ、思い切り押した。
意を決して中に入ったが、誰の姿も見当たらない。中は普通の教会といった内装だった。長椅子がいくつも並べられており、奥には講壇がある。
「拍子抜けだな」
うつろが影から飛び出して行った。ノエルは頷きながら、講壇に近寄る。注意深く観察するも、特に何かがありそうな感じはしない。
そう思った瞬間、ふと何か音が聞こえたような気がした。床に耳をつけ、目を閉じて耳を澄ませる。
コツ、コツ、と足音のような音が聞こえた。
「ルミ、地下があるよここ」
「本当か? だが階段は……」
「怪しいのはやっぱりこれかなあ」
言って、ノエルは講壇に両手をつき、全体重をかけて押した。すると講壇はズルズルと動き、下に階段が見えた。
「うわ本当にあった」
反対側に回り込み、今度は講壇を思い切り引っ張る。
人が一人通れそうなほどの幅の階段が、地下へと続いていた。
「よし、行ってみよう」
「よくわかったなノエル」
「昔から感覚が鋭いらしくてねえ」
得意げに鼻を鳴らしながら階段を降りる。
一歩一歩と降りる度、空気が冷ややかになっていくような気がした。背筋に何かが這ったような感覚がして振り返るが、何もない。
「嫌な感じだね」
響かないよう小声で言うと、ルミも「うん」と短く同意した。
うつろがノエルの影から少しだけ顔を出し、周囲を警戒している。
だが、特に何もないまま階段の終着点へと辿り着いた。眼の前には、重厚そうな鉄扉がある。ゴクリと唾を飲み込みドアノブを捻るも、開かない。
「鍵がかかってるみたいだな」
「だね、こういうときは……」
ノエルは精霊の剣を引き抜き、瑪那を送り、ドアを叩き斬った。ドアは真っ二つに斬れ、崩れ落ちる。大きな音が鳴ったが、気にせずドアの向こう側へと飛び込んだ。
「随分と派手なエントリーをかます侵入者だと思ったら、娘がいるではないか」
ドアの向こうには、黒いローブを着た男がいた。フードは被っておらず、顔がハッキリと見える。立派な顎髭を蓄えた、優男風の中年。
だが、その瞳には冷ややかなものが籠もっているようにノエルには思えた。彼の視線はノエルではなく、ルミを指している。
彼は、ルミが追っているというロイ市長その人だった。
「あなたが京都市長……」
「ロイド・フラーマ!」
ルミが叫ぶと、ロイはにやりと笑い、剣を引き抜く。剣の柄には、瑪那回路が刻まれていた。
「魔導剣……」
「仲間を連れて来るのは賢かったな、娘よ……ドアを叩き斬るような脳筋バカじゃなけりゃあなお良かった」
「脳筋バカって私のこと?」
ノエルが精霊の剣を構えると、ロイはカッカッカと笑った。
「他に誰がいる」
「だよね……ん? 娘?」
「なんだ言ってなかったのか?」
ロイは剣を構えながら、ルミを見据えた。ノエルもルミを横目で見ているが、目を逸らされる。
「俺はそこのバカ娘の父親だ」
「すまない、騙してるわけじゃなかったんだ」
ノエルはふう、と息を吐き、隣にいるルミの右足を軽く蹴った。
「気にすることないよ、言いにくいのはわかるから」
「ありがとう」
「衝撃の真実のつもりだったんだろうが、生憎うちの契約者はこういう奴だ」
うつろが影から飛び出し、影で作った手で拳を作り構える。
ルミは剣を引き抜きながら、ロイを見据え、大きく息を吸い、吐き出した。
「覚悟しろ、ロイ!」
真っ先に駆け出したのは、ルミだった。一瞬にしてロイの懐に入り、一閃。姿勢を低くして突進する京都騎士団の剣だった。
ロイが剣を受け止める。ノエルの放った炎弾がロイの頭上から降り注ぐ。ロイは咄嗟に後方に跳躍し、躱した。
ルミは炎弾を気にせずに突っ込む。炎弾は全て、ルミに着弾する前に消えた。
「信頼の証か、いい仲間を持ったな」
「出会ってまだ一日だけどね!」
ノエルが駆け出し、精霊の剣に瑪那を送り、刃をより大きくする。さらに怒りの炎を纏わせ、ルミと打ち合うロイの頭上から振り下ろした。ロイはルミを蹴り飛ばし、振り返り精霊の剣を弾く。
弾かれたノエルに生じた一瞬の隙に、ロイは石柱を回転させながら射出。うつろがノエルを突き飛ばし、石柱は壁に激突した。未だ回転を続け壁を抉るのを見て、ノエルは冷や汗をかく。
「悪魔ってなァ感情に依らず魔法が使えるんだ、ただの魔法使いよりも有利ってこったなァ」
「くっ……」
「いい気にならないでもらおうか」
高笑いをするロイの背後からルミの剣。ロイはくるりと身を翻し、逆にルミの背後を取り手を翳す。
するとルミの体がふわりと宙に浮き、ロイが掌を返すと勢いよく地面に叩きつけられた。ルミのうめき声が響く。
「魔族の神通力に魔法に……本当に厄介だね」
「おいおい、身の熟しも褒めてくれよ」
腹立たしいが、ロイの言う通りだった。
彼は悪魔や魔族としての能力の以前に、軽い身の熟しと卓越した勘を持っている。この短い戦闘のなかだけで、ノエルは今の自分達には勝てない相手であることを実感させられた。
全身から冷や汗が吹き出るのを感じながらも、ノエルは剣を握る。相手の憎たらしい笑みを注視し、怒りと嫌悪を漲らせた。
ルミとロイが打ち合っている間に、壁に手をつき、ドレインフラワーの根を張る。嫌悪感と呼応する草魔法だ。根はどんどん伸びていき、やがて壁全体に張り巡らされた。
「なァバカ娘! なぜ俺に反抗する? 俺は理想郷を作るだけだってのによ!」
「理想郷だと? ふざけるな! お前は母さんを弄び廃人にした挙げ句殺した! ただそれだけの男だ!」
打ち合い続ける二人の叫びが聞こえる。ロイの理想郷という言葉に、全身の鳥肌が立った。ルミから聞いていた話では、彼は自身の妻であるルミの母親を魔族に蹂躙させ無惨にも殺した男だ。
そんな男の口から出てきた言葉に、反吐が出る。
「ルミ! 壁に!」
「わかった!」
ルミが激しく剣を打ち付け、ロイの体を少しずつ後退させた。
ノエルも加勢し、二人で交互に剣をロイに打ち込んでいく。ロイはそれを丁寧な所作で受け流し続けるも、猛攻にじりじりと後ずさりするしかなかった。
そして、とうとう壁まで追い詰め――。
ノエルが拳を握った瞬間、壁からドレインフラワーの蔓が伸び、ロイの体を拘束する。みるみるうちに体中に茨が食い込み、ロイの瑪那を吸い上げ始めた。
「もう終わりだ、父さん……罪を認め大人しく捕まってくれ」
ルミの言葉に、ロイは目を尖らせながら大笑いした。
笑い声が寒々とした地下に長く響き渡る。
笑い声が止まると、ロイは鬼のような形相でルミを睨みつけた。
「言ったよなァ、殺す覚悟で来いと」
ルミは剣の切っ先をロイの首元に押し当てるも、手が震えている。
ノエルはそんなルミの腕を掴んで、降ろさせた。
「ノエル……?」
代わりにノエルが精霊の剣を構えた。
「いいねェ! 気に入ったぜ脳筋魔法使い!」
叫んだ直後、ロイの剣が紫色に輝き、気がつけば二人の頭上にいた。
咄嗟にルミを突き飛ばし後方に跳躍するも、一瞬にしてロイの姿が消える。
「ノエル! 後ろ!」
ルミの声に振り向くも、反応が遅れた。うつろが影の手で庇おうとするが、一瞬遅く、ロイの剣がノエルの胸を貫こうと迫る。
反射的に目を閉じた。
だが、痛みがない。
目を開けると、眼前には黒いローブを着た人間がもう一人いて、ロイの剣を受け止めていた。
「まだ殺すなって言ったよね!?」
「まさか……」
「チィッ」
認識はできないが、気配と口調でノエルは彼が誰なのか理解した。これまで二度戦った、父親の仇である。
ロイは剣を収めると、一歩下がった。
「おいバカ娘! 次会うときは殺す覚悟を決めてくるんだな!」
言って、ロイの姿が一瞬にして消える。転送扉は開いていないにも関わらず。ノエルは魔導剣が光った瞬間、彼の体が瞬間移動したように見えたことを思い出し、「なるほど」と納得した。
あれは魔導剣の能力だと。
そして、眼の前にいる仇に向き直り剣を突きつける。
ノエルの手は、先ほどのルミのように震えていた。
「ねえ、どうして私のお父さんを殺したの?」
「計画の妨げになるから」
「どうして私を殺さないの?」
「計画に必要だから」
ノエルは目に涙をためながら、震える右手をまた震える左手で必死に押さえつけ、剣を握り続ける。
相対する仇の表情は、ローブのフードに阻まれて見えない。声色さえも認識することは叶わない。
それでも、ノエルにはフードの奥に彼女の表情が見えた気がした。
震える手で剣をより強く握る。
「私は悲しいよ……あなたは悲しくないの? アイコ」
ノエルが言うと、ルミが目を見開いて黒いローブの人間を見た。
「……早すぎるよ、ノエル」
眼の前の仇が、フードを脱いでいく。その所作が、ノエルにはとてつもなく緩慢とした動きに見えた。時間の流れが遅くなったかのようだった。
ごくりとつばを飲み込み、現れた顔を注視する。フードの奥にあったのは、親友の顔だった。彼女は唇を噛み、血を流している。
それから、ふっと鼻で笑い、アイコはローブの袖から短剣を取り出した。
「よくわかったね」
「最初は口調が似てるなあくらいだったんだよ」
「まったく、相変わらずの勘の良さだわ」
「私の記憶に何をしたの……どうしてお父さんを殺したの」
ノエルが問うと、アイコは一瞬目を伏せ、大きな声で笑った。
「あんたの記憶を封じたのはあたしじゃないわ、それに2つ目の質問にはもう答えてる」
ノエルは剣を振り、「ねえ!」と叫んだ。目からは、堪えきれない涙が溢れ出している。
「あたしは英雄アラン・プレイヤーの協力者……今はそれだけ与えておこうかな」
「アランだと?」
言って、アイコは転送扉を出した。
「ずっと私を騙してたんだね、アイコ」
「ううん、これからもあんたを騙し続けるの」
「わかんないよ!」
思わず剣を持って飛びかかったが、アイコは既に転送扉に消えていた。ノエルが着地した頃には転送扉も既に消え、広い地下室にはノエル達だけが取り残される。
ノエルは震える手で剣を腰に差そうとするも、腰のベルトにうまくささらない。
「ノエル……」
寄り添うようにして隣に立つルミの顔を見て、ノエルは大きく息を吸い、吐き出した。剣をなんとか腰のベルトにおさめ、また深呼吸をする。
「ごめん、まだ扉があるね、行ってみようか」
「う、うん……何か手がかりがあるかもしれんな」
しかし、意志に反してノエルの体は動こうとしなかった。足を前に進ませようと命令を送っているはずなのに、足が動かない。進むことを頑なに拒否している。
ルミは目を伏せながら、ノエルの肩を優しく抱いた。
「一度帰ろう、お互い気持ちの整理が必要みたいだ」
優しい声色に、ノエルはただ頷くことしかできなかった。




