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滅びの世界の調停者~迫害された魔女ノエル、最強になり世界を一つにする~  作者: 鴻上ヒロ
第6章:救世の魔女と人工神と世界の危機【異世界編】
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90.違う世界の魔女の家

 宿に戻ってカイの部屋に入ると、彼女はぼうっと天井を見上げていた。床には工具が散乱しており、フォトンブレードも置かれている。

 しっかりと磨かれた柄に、彼女の顔が湾曲して反射していた。


「あ、ノエちゃん」

「どうしたの? ぼうっとして」

「ん~、わたしにできることはなにかなって色々考えてたとこ~」

「そうなの?」

「うん」


 カイはそう言いながら笑って、工具を片付け始めた。それからため息をついて、フォトンブレードを手に取り、眺めている。

 カイが戦闘面でのことなどを気に病んでいたのは、ノエルも知っている。ノエルからすればカイが役に立っていないわけがないのだが、それでも悩む気持ちは理解できるつもりだった。


「ノエちゃん、ひとつだけお願いしてもいい?」

「うん、いいよ」

「あのね……この先、師匠と戦うことがあったら、わたしに譲ってくれないかな」

「ああー……」


 カイの師匠、トルマリンは四神教の司教だ。名古屋での一件から少し経ち、彼女の動向が掴めないままいるが、アランを追えば必然的に戦うことになるだろう。

 そのとき、ノエルが彼女を殺してしまうのは、よくないと思った。

 ノエルはカイの真っ直ぐな眼差しを見て、頷く。


「わかった」

「ま~負けそうになったら助けてほしいけどね、死にたくはないからさ」

「もちろんだよ」

「ま、負けないし先の話だと思うけどね~。まずはルーちゃんを見つけなきゃ」

「頼りにしてるよ、カイちゃん」


 ノエルが言うと、カイは「えへへ」と笑った。


「知ってる~」


 つられて、ノエルも「へへへ」と笑う。

 少し和やかな時間が流れたが、すぐにノエルは真剣な顔に戻った。


「早速だけど、これから正史世界のルミの部屋に、一緒に来てほしい」


 ノエルが言うと、カイも顔が引き締まったようだった。


「やるの? 今から?」

「うん、決意が鈍らないうちにね」

「わかった、ノエちゃんが決めたならわたしは何も言わないよ」

「ありがとう、カイちゃん」


 二人で部屋を出て、ルミの部屋の扉を叩く。

 するとすぐに、彼女が出てきた。ノエルの顔を見て、ルミは「そうか」と頷き中に入る。部屋の中に入ると、うつろも影から出てきて、ノエルの隣に並んだ。

 ルミがまた、エンブリオの魂を手の上に出す。いざ対面すると、やはり緊張した。強大な力を感じると共に、さまざまな人の願いのようなものが伝わってくるようだ。


「最後にもう一度聞くが、本当にいいんだな?」

「うん、正直怖いけど、やらない理由がないなって思ったんだ」

「そうか……やはり、違う世界でもノエルはノエルだな」


 ふっと笑うルミに、ノエルは笑顔を返した。

 それから彼女の右手を両手で包み込むようにして取り、エンブリオの魂を掬い上げる。手に取ってみると、威圧感がより大きく感じられた。

 ごくり、と生唾を飲みながら、じっと見つめる。思い切り、深呼吸をした。


「エンブリオ……」


 呼びかけてみるも、返事はない。この状態では、話はできないのかもしれないと思いながら、もう一度深く呼吸をする。

 この魂を自分に託すために、正史世界のノエルはこの世界をつくり、ルミは一人でずっと戦ってきたのだ。凄い話だ、とノエルは思った。凄まじい覚悟だ、と今でも思っている。


 私は、その覚悟に応えたい。


 ノエルは手の上で浮遊する人工の神の魂を、自分の胸に押し当てた。ひんやりとした感触と共に、確かな抵抗感を感じる。

 それでもノエルは、押し込んだ。


 エンブリオの魂が、ノエルの中に入り込み、ノエルが青白い光を放った。

 瞬間、痛みや苦痛を感じる暇もなく、意識が途絶えた。



 ◇◇◇◇◇◇


 気がつくと、真っ白い空間に青白く発光する美少年が立っていた。ノエルよりも背が低いその少年は、神秘的な雰囲気を纏いながら、親しみやすそうな笑顔を浮かべている。

 真っ白く薄い生地の装束を身にまとっており、少し寒そうだった。

 あのとき感じた威圧感は、今は感じられない。


「やあ、ノエル」


 彼の声は、ラムネの瓶の中で転がるガラス玉のようだった。


「君が、エンブリオ?」

「ああそうだよ、僕が人工の神エンブリオさ」

「なんかイメージと違うね」


 人工の神というのだから、もう少し機械的な見た目で威圧的な性格だと思っていた。実際、魂の形が歯車だったということもある。

 だが、今相対している彼は、気さくで人間らしかった。


「人々が望んだ姿と振る舞いが、これなんだよ」

「望んだ?」


 彼は肩を竦めて、微笑んだ。


「人々は僕に、神聖であることを望んだと同時に、親しみやすい存在であることも望んだんだ」

「なんだか難しいことを望んだんだね」

「無理もないさ。当時の人々は三神に辟易としていたからね。彼らは皆高圧的で、人々に易を齎さないくせに偉ぶっているんだ」


 だから、その逆の存在を求めたのだとエンブリオは笑う。自嘲しているかのようだった。

 ノエルは、当時の人々の事情を知らないが、なんだか身勝手な話だと思った。それでも、人々の気持ち自体は理解できたから何も言わなかった。


「僕が誕生した途端に三神は世界に牙を剥き、人々は僕により善い世界をと望んだ。そして僕は平行世界を作ったのさ」

「なるほど」

「そして今から君に、平行世界を体験してもらう」

「今いるここも私からしたら並行世界だけど」


 ノエルが言うと、エンブリオは「そうだね」と静かに頷いた。


「だけど、君を試させてほしいんだ。ノエルと言っても君は僕の知るノエルとは違うからね。そのために最適なのは、この世界F000004じゃないんだ」


 ノエルはよくわからなかったが、それでも頷いた。試されるということは、覚悟していたことだ。精霊のときも、合一の際には必ず何らかの試練があった。

 エンブリオともなれば、当然何かしらの試練を課すだろうことは想像に難くない。


「じゃあ行くよ」


 エンブリオがパチン、と指を鳴らした。


 その瞬間、世界が急速に色づき始め、風景を形成し始めた。見えるのは、ノエルの実家だ。アルバートと過ごした家に、アルバートとルミが一緒にいるのが見える。

 いつの間にか握られていた包丁を手に呆けていると、アルバートが顔を覗き込んできた。殺されたはずの、いないはずの父親の自分を心配するような顔。

 自然と、目頭が熱くなった。


「どうした? ぼけっとして」

「え? あ、ううん」

「ルミちゃん、昨晩は激しくしすぎたんじゃないか?」

「お義父さん、あまりそういうことは言わないでくれ」


 顔を赤くして言うルミと、愉快そうに笑うアルバート。とても当たり前で、不思議な光景がここにあった。


『ここは君のお父さんが生きていて、ルミと結婚した世界だよ』


 突然、エンブリオの声が脳内に響いた。姿は見えないが、自分の内側からしっかりと声が聞こえてくる。

 この世界は、アルバートが一度殺された後、アランが連れてきた別世界のアルバートの体に魂が乗り移ることで、彼が蘇った世界なのだという。最初はアランに操られていたが、ノエルが戦って正気を取り戻させたそうだ。

 そして、戦いが終わり、ルミとアルバートと三人でここに暮らしている。


 ノエルにとっては、妙な感覚だった。

 この世界は良い世界のように思える。それでも、決定的な何かが足りない。違和感がどうしても拭えなかった。


『どうだい? この世界で暮らしていかないかい?』

「いや……」

『そうかい? まあもう少しゆっくりしていきなよ。君の意識をこの世界の君にコンバートするからさ』

「え? それってどういう――」


 エンブリオの声が聞こえなくなった。

 ノエルはハッとして、二人の家族の顔を見る。二人がなぜ心配そうな顔をしているのか、理解ができなかった。


「どうしたんだ? 大丈夫か?」

「ん? ううん、大丈夫大丈夫。包丁持ったままぼうっとするなんて、ダメだねー私」


 心配するルミの言葉に応えながら、目の前の料理に向き合った。昼食を作っている最中にぼんやりとするなど、どうしてしまったのだろうか、と自分が不思議になる。

 まだ、色々と整理がついてないのかもしれない。そう自分を無理やり納得させながら、どこか遠くの世界を見ているかのように自分の手元を注視した。

 相変わらず、世界がモニター越しの映像のように見える。


 アランを倒した日からどうも、現実味が感じられないのだ。

 非日常に身を置きすぎたからかと思った時期もあったが、どうもそういうのとは違う気がした。

 しかし、考えていても仕方がないからと蓋をしたのだ。蓋をしたつもりだったのだ。


 昼食を摂り終えて、外に仕事に出る父親を見送った後、家に戻ってルミとコーヒーを飲む。毎日の習慣だというのに、違和感がある。

 自分の中に知らない自分がいるような、奇妙な感覚があった。


 コーヒーを飲みながら一息つくルミの顔が、目の前にある。髪が随分と伸びた。ノエルはというと、アランとの戦い以来ずっと短くしている。


「ねえルミ」


 ふと、疑問が沸き起こってきた。


「なんで私達、こっちに住んでるんだっけ……?」

「え?」

「どうして魔女の家で暮らしてないの?」


 言ってから、ノエルはハッとした。

 自分が決して口にしない、口にしてはいけない疑問だったと気づき、咄嗟に謝ろうとしたがルミに抱き締められ、謝罪の言葉は出なくなってしまった。


「ノエル……大丈夫だ、私はずっと傍にいる」


 ルミの言葉が揺れている。泣いているのだ。

 あの言葉を口にしてはならないことはわかったのに、なぜ口にしてはいけないのかは、わからなかった。まるで自分以外の誰かが、思い出すのを邪魔しているかのようだった。

 代わりにあったのは、溢れ出る疑問だ。


 止めなければならないのは理解できるのに、止めることはできなかった。


「魔女の家のみんな、どうなったの?」

「……離散したよ」


 より強い力で、ルミに抱き締められながら、ノエルは魔女の家の顛末を聞いた。

 アランとの戦いの後、ノエルは塞ぎ込んでしまった。その理由をルミは語らなかったが、仕方がないことだと言っていた。

 はじめは魔女の家が全員で支えてくれていたが、皆それぞれやるべきことを見つけ、一人また一人と家を出た。ラウダはアランとの戦いで有耶無耶になっていた自身の罪を精算するために服役し、カイは逃げた師匠を追うことにした。


 結局、ノエルが元気を取り戻すまでに20年かかった。

 魔女の家にいるといろいろと思い出すことがあり辛いからと、実家に戻ったのだった。


 ノエルは「ごめんね」とルミに言った。

 そんな大事なことを、どうして思い出せなかったのか、自分を恥じながら涙を流していた。


 だが、もう一つ、解せないことがあった。

 その疑問を止める術は、今のノエルにはなかった。


「アイコは?」

「……死んだよ」

「そ、う……そうだったね」


 言われて、ようやく思い出し、寒気がした。

 アイコは、ノエルが殺したのだ。塞ぎ込んだのだって、それが原因だった。


 そして、ハッキリとわかった。自身の中に別の世界の自分が入り込んでいるのだと。その自分が表に出ようとして、記憶が判然としなくなっているのだと。

 そして、彼女が表に出る必要があるのだと悟った。


「ルミ、ごめんね」


 ノエルは、自身の内側にある別世界の自分の意識を引っ張り出した。長らくこういうことはしていなかったが、その感覚は覚えていた。

 エラと身体の主導権を交代していたときと、同じ要領だったから。


 意識を取り戻したノエルは、全てを理解した。今見ているこの光景は、決して幻などではない。現実なのだと。

 異世界の自分の身体の中に入れられ、一時的に主導権を交代していたのだと。ノエルはため息をつきながら、ルミの体から離れ、外に出た。


「エンブリオ、いるんでしょ?」

『早かったね』

「こっちの世界の私がずっと違和感抱いてたみたいで」

『流石だね』


 エンブリオが、姿を現した。

 その瞬間、揺れていた木々の動きが停止する。


「で、どうだった? この世界は、君にとって良い世界に見えたかい?」

「冗談じゃないよ」

「なぜだい? 父親は生きていて、愛する人もいる。戦いも終わって平和だよ。良い世界じゃないか」

「まあ、そうかもしれないね。だけど、アイコがいない」


 仲間達がそれぞれの道を歩んでいるのは、寂しいと思ったが悪いことではない。むしろ、良いことだとノエルも思った。

 父親が生きているのも、ルミと結婚しているのもそうだ。

 それでも、ノエルはここが自分にとって良い世界とは思えなかった。ノエルにとって良い世界とはただ一つなのだ。


「私は、私の世界が一番良いんだ」

「へえ、なぜだい?」

「みんなといるのが好きだし、アイコも生きてる。これからのことは、これからなんとかできるかもしれない」


 これまで見てきた異世界の自分たちの顛末は、どれもが誰かを犠牲とするものだった。この世界ではアイコ一人が犠牲になり、正史世界ではある意味ではノエルとルミを含める全員が犠牲になったと言える。

 ルミを追って辿り着いた世界も、ノエルがいなくなったという。


 自分のいる世界とて、そうならないとは限らない。


 だが、未来のことは変えられる。

 それは、ほかではないアイコが証明したことだった。


 だからノエルは、エンブリオを真っ直ぐに見据えた。


「私は私が好きな自分の世界を、自分にとって一番いい世界にしていきたい。ほかの世界に可能性を探るんじゃなくて、自分の生まれた唯一の世界をより良くしていきたいんだよ」


 その言葉は、かつての人々がエンブリオに望んだことの否定とも取れる言葉だったが、ノエルにそのつもりは特になかった。

 ただ、単純に、純粋にそう思ったから言った。


 一方のエンブリオは、口端を歪めて笑っている。愉快そうに腹まで抱えて。

 停止した時の中で、その笑い声がしばらく響いた。


「ちょっと、笑いすぎだよ」

「ごめんごめん、痛快だったからついね」

「それでどうなの? 私は合格なの?」


 唇を尖らせて問うと、エンブリオは腕組みをして頷いた。


「合格だよ、やっぱり君はどの世界でも君だね」

「そっちの私とは結構違うと思うけどね」

「そりゃそうだよ、歩んできた歴史が違うからね。だけど僕は、君を好ましく思うよ」

「そりゃどうも」


 言っているとなぜかおかしくなり、笑えた。

 目の前の人工の神は、やはり神々しい冷たい気配を放ってはいるが、気安くて面白い。人々の身勝手な願いを、少しだけ理解できた。彼となら、うまくやっていけそうだ。


「じゃあ、そろそろ元の世界に戻ろうか」

「目覚めたらめっちゃ痛いとかない?」

「安心していい、今頃君の魂と僕の魂は馴染んでいる頃だよ」

「ならよかったよ」


 そんなことを言い合いながら、また意識が途絶えた。途絶える最中、この感覚も久しぶりな気がするなあと呑気なことを思っていた。

 そして、身体の中に入ってしまったことをこの世界のノエルに詫びた。

 ごめんね、ありがとう、と。

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