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case0:小さなぬいぐるみ(4)牢の中の囚人

後日談その1

捕まったハゲ(偽霊能力者)の話です

こんなはずじゃなかった。そう思いながら固いベッドの上に腰掛ける。

せっかく上手く行っていたのに、あのおかしな女のせいで。


霊が見えると偽って公爵夫人を騙し、大金を掠め取っていたことが明るみに出ただけでなく、霊能力者としてボロ儲けした十数件の仕事も、以前、隣国で別の詐欺事件に関わっていたことも芋づる式に出てきてしまった。


「クソ!」


ガン!と拳でベッドを叩く。


「あら、元気そうね」


声がした方を向くと、あの女、俺をこんな目に合わせた女が檻の外にいた。


「お前!」


ベッドから立ち上がり、女の方ーー檻のところに行く。


「看守に頼んで入れてもらったの。あなたと二人で話がしたくってね」


黒いベールで目元が隠れているが、妖しく光る紅い唇、黒のドレスから覗く深い胸の谷間はあの女に間違いない。


「俺に話すことはない」


「あなたも下手打ったわね。お金だけで満足しておけばよかったのに、夫人に手を出すなんて。私がいなくたって遅かれ早かれ捕まってたわよ」


「はん。お高く止まった公爵夫人を好きにできるんだぞ。お貴族サマが平民の俺の言うなりになるなんて、あんなチャンスを逃せるもんか。捕まる前に逃げてたはずなんだ。お前がいなきゃな」


「話すことはないって言った割にはよく喋るわね。あなたの調書を見たけど、3年前からこの国で霊能力者としての活動をしていたようね。詐欺として立件できそうなのは2件しかないみたいだけど、他にも何件も霊能力者としての仕事をこなしていたのでしょう?幽霊の姿も見えないくせに」


「あぁ。見えもしないものを怖がったり、ありがたがったりしているのは滑稽だったよ。お前らは詐欺だって言うけど、俺は人助けをしたんだ。金は向こうが勝手に払っただけ。見えなくて何が悪い。俺の話を信じたのは俺の話を信じたいと思ったからだろう。俺は悪くない」


「そう。あなたの考えはよくわかったわ」


「ふん。お前だって同じ穴の狢じゃないか。見えないものを見て貴族から金を巻き上げる。同類だろ?」


「そうね。あなたは捕まるヘマをして、私はまだしていない。それだけの違いかもしれない。ねえ、あなたはどうやって降霊しているの?何か儀式のようなことをしてるの?参考にさせてよ」


女はにっこり笑ってそう言う。この甘い匂いはこの女から漂ってきているのだろうか。ちくしょう、いい女だな。この檻がなければこの場で襲いかかるのに。


「ふん。ガラス玉のついたペンダントを吊るし持って、降霊する人の名を呼び、でたらめな呪文のような意味のない言葉を呟くだけだ。そのうちガラス玉が揺れるから、それを降霊の証として『霊が降りてきた』と言うだけだ」


「なるほど。小道具を使うのは有効ね」


「そうだろう」


「でもあなたには降霊術師の才能があるわ。きちんと降霊できているもの」


「は?」


「ああ、あなたは見えないんだっけ。あなたはその降霊術で、ちゃんと霊を降ろせているようよ。あなたの周りに何人も霊が見える」


「な……」


周囲を見回すが、もちろん誰もいない。いや、()()()()()()


「私は見えるのよ。あなたと違ってね。いち、に、さん……6人いるわね。お年を召した男性にかわいい女の子……。貴族かしら?みんないい身なりをしているわ。あなた、降ろすだけ降ろしてお帰り頂いてないんでしょう?あなたがこの世に彼らを縛り付けているから神の国に行けずに困っているわ」


何も言えずに女の顔を見る。女は何か考えるように顎に手を当てた。


「6人しかいないのは、上手く呼び寄せられたのが6人しかいなかったのか、それ以外の人がいなくなって6人が残ったのかはわからないけど……早くその人達を解放してあげたほうがいいわよ。意味もなくこの世にとどまらせて、あなただいぶ恨まれているみたい。みんな怖い顔であなたを見ているもの」


ぬるい風が首元を撫でる。そんな馬鹿な。周囲を見ても誰もいない。窓のないこの牢の中でどこから風が吹くというのだ。


女の言葉がぐるぐると頭を巡る。体が震えだし、足に力が入らない。


「そんな、どうすれば」


「私にはわからないわよ。降霊の方法も私とは全く違うもの。あなたにはあなたの解放の仕方があるんじゃなかしら。だってあなたは私と違って見えないし、聞こえないんでしょう?」


「た、助けてくれ!頼む!」


女に近づき、檻の前で膝を折る


「頼む!」


「ねぇ、あなたは今まで無料で依頼を引き受けたことある?」


ニヤリと女が笑う。


「金は出所したら払う!絶対に!だから助けてくれ」


「あら、あなたは騙し取ったお金はすべて使い切った、もう手元に残っていないって言ってたんでしょう?あなたが詐欺師だとわかっているのに、やすやすと口車に乗るほど馬鹿じゃないわ」


俺が言ったことは全て知られているのか、でも俺にはまだ切り札がある。


「……家の本棚、王国法の厚い本の中身をくり抜いて、その中にルビーを隠している。それでどうだ」


「それだけ?そのルビーが全財産ってわけじゃないんでしょう?」


あっさりと看破される。


「な!全財産取るつもりか!?」


「あなたが自分の命を安く見積もろうとするならそれでいいんじゃない?それだけの価値だったってことでしょ。私は別にいいのよ。ここから立ち去るだけだし。じゃあね、詐欺師さん」


そう言って女はスカートを翻し、出口に向かって歩いていく。


手に薄絹が触れる感覚がした。もちろんそこには何もない。

体の震えが止まらない。ゾクゾクと寒気がするのに汗が出る。


「待ってくれ!家の厨房に床下収納がある!その床下収納のさらに下、床下収納の床板を剥がしたところに木箱が埋めてある!その中に私の全財産がある!それで助けてくれ!」


我慢しきれず、全財産の在処を吐く。


「ですってよ、ヘンリー」


彼女が立ち止まり、出口に向かって語りかける。


「証言はしっかり記した。これから潜伏先だった家に捜索を手配するよ」


こちらから死角になる場所に誰かいたようだ。

あの日、私を捉えてからずっと事件を担当している特徴のない顔をした若い男が現れた。

ああ。終わった。出所後に他国に逃げるための資金もなくなった。

それでも、俺に取り憑いている霊を祓ってくれるのなら……


「じゃあ帰るわ。家まで送ってくれる?」


「俺は捜索に加わらないと。馬車を手配するからそれで帰れよ」


二人はそう言いながら出口に向かって歩き出した。


「待て!待ってくれ!助けてくれるんじゃなかったのか!?」


女が立ち止まってこちらを見た。


「さっきからずっと言ってるじゃない。私にはあなたの呼び出した霊の解放の仕方なんてわからないって」


そう言い残して女は去っていった。


◆◆◆


「お前、いつの間に依代なしで霊が見えるようになったんだ?」


地下牢から出る途中、『レイラ』として一仕事終えたアイリスに問う。


「見えないわよ」


あっけらかんとアイリスが答える。


「だってあいつの周りに霊が見えるって」


「あの男がいつもやっていたことをやり返しただけ」


「年寄の霊と女の子って……嘘だったのか?」


「だいたい降霊術を頼む人が呼び出すのは、寿命で死んだ自分の親か若くして死んだ子って相場が決まってるのよ。霊能者として手広くやってたなら、その2つは絶対に受けたことがあるはずだもの」


そう言ってケラケラ笑う。


「かわいい女の子って言うからてっきり見えてるのかと……」


「男の子だと『かわいい』って言える年齢は限られてるけど、女の子なら20歳そこそこの子でも『かわいい女の子』だし、3歳の子でも『かわいい女の子』だし。一番ごまかしが効く言い回しだから」


「お前も詐欺師の才能あるんじゃないか?」


「あら失礼な。見えもしないものを怖がったり、ありがたがったりしているのは滑稽だってあのハゲが言ってたから、見えないものを怖がってもらおうかなって思っただけよ。騙した人の気持ちがわかれば同じことは繰り返さないでしょ」


「途中で周囲をキョロキョロしてたのは何だったんだろうな。気配でも感じたんだろうか」


「ちょうどいいタイミングで隙間風でも入ったんじゃないかな。あそこは窓はないけど密室ってわけでもないし、牢と牢の境目も石だから隙間もあるだろうし。あんな話をしている最中だから神経も過敏になっていただろうし。これまでも何度も隙間風なんて入ってきてたと思うんだけどね。幽霊を意識しちゃうと、なんでもそれに結びつけちゃうものよ」


「なるほど」


「まぁ、もちろん、『本物』がいた可能性もあるけどね。私には見えないからわからないな」


そういってアイリスは首をすくめた


もうひとつ後日談が続きます

『降霊術師レイラ』が誕生します

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