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case0:小さなぬいぐるみ(2)

エドとの約束の日、アイリスは朝から部屋にこもっていた。

朝食を食べ、身支度をしてアイリスの部屋の前に立つ。


「もうそろそろ出ないと間に合わないぞ」


そう声をかけると内側からドアが開く。


「ごめんごめん。念入りに準備してたら時間かかっちゃった」


そう言って俺の前に現れたのは、とんでもなく妖艶な美女だった。


「えっ!?」


知性と落ち着きを感じさせる顔立ち。肌は透き通るように明るく、滑らかなのが見て取れる。

瞳は大きく、ヘーゼル色。目の輪郭を引き立てるような濃いアイラインは目尻でスッと上を向き、少しキツい印象だがとても良く似合っている。

赤くぽってりとした唇は艶かしく光り、緩くウェーブのかかった黒髪と白い肌によく映えている。

体のラインがハッキリと出る黒のドレスは、ウエストの細さと胸の大きさを強調していた。


「なんて顔してるのよ」


キョロキョロと周囲を見ても、どこにもアイリスはいない。なのにアイリスの声が聞こえる。


「私よ。アイリス」


「嘘だ」


「嘘なわけないじゃない。どう?妹には見えないよね?」


そう言って腰に手を当て、ポーズを取る。


「ちょっと待って、本当にアイリス?」


「アイリスじゃなかったら誰なのよ」


「アイリスには見えない……」


「そう。良かった。エドワードさんには前に会ったことあるけど、これなら気づかれないよね」


「気づいたらおかしいくらいだよ。何なの?何で?顔が全然違うんだけど」


「女はメイクで変わるのよ」


バチンとウィンクされる。


「いやだって……目なんて3倍くらい大きくなってない?髪の色も違うし」


「髪はカツラ。説明は後でもいい?時間ないんでしょう?」


「あ、そうだ。行かなきゃ」


「私のことはレイラって呼んでね。私も兄さんのことヘンリーって呼ぶから」


「レイラ?」


「偽名よ。アイリスって呼んだらバレるじゃない」


「あ、そうか。レイラ…レイラね」


全くアイリスには見えないけれど、喋ったら確かにアイリスで……でも俺とそっくりな特徴のない平凡な顔をしているはずのアイリスと目の前の美女がどうしても結びつかない。

兄の俺でもそうなのだから、エドだってきっとアイリスだとは思わないだろう。


◆◆◆


待ち合わせ場所のカフェの個室にはすでにエドがいた。

ドアを開けて入ると、俺を見て立ち上がったエドが固まっている。固まった原因は……おそらく俺の後ろを見たからだろう


「待たせたか?」


「いや、俺が早く来すぎただけだ、それより…」


「ああ、こちらが前に言っていた人。えっと…」


どう紹介していいか迷ってアイリスを見る。

アイリスは落ち着き払ってこう言った


「初めまして。レイラです」


いつものアイリスよりも少し低い声だ。


「レイラさん…」


エドはアイリスから目が離せなくなっているようだ。


「座ってもいいかしら」


「あっ、はい。もちろん。どうぞ」


アイリスはエドの向かいに座り、俺はその隣に座る。

飲み物を注文している間もずっと、エドはアイリスを見つめている。アイリスは頭から黒いベールをかぶっていて、目の辺りまで隠れているが、色っぽい口元は見えているし美女オーラは隠しきれていない。


ちょっと待て。美女オーラ、どこから出てきた?アイリスなのに。

なんの特徴もなく「3回会っても覚えられない」と言われる平凡な顔の俺と瓜二つの妹なのに。


向かい合うエドの頬がちょっと赤くなっているような気もする。

隣の美女が俺と同じ顔をした俺の妹だとは全く思っていないようでホッとする反面、もしかしてアイリスに惚れたんじゃないだろうかとハラハラする。


飲み物が来るまで何も喋らないエドに痺れを切らして咳払いすると、エドはハッと我に帰って口を開く。


「あの、あなたには幽霊が見えると聞いたんですが……」


「ヘンリーは何も説明していないのかしら」


そう言ってアイリスは俺を見る。


「言ったぞ?神の国に渡ってたらダメってことと、霊を呼び出す依代となるものがないとダメってことは。だよな?」


「あ、ああ。聞いた……いや、聞いてます」


「私は亡くなった方が見えると言うよりも、依代を使って亡くなった方を呼び出すのです。誰でも呼び出せるわけではないということだけ頭に置いておいてもらえればと思います」


これだけ堂々と言われるとそういうものなのかと信じてしまう。コイツ、詐欺師の資質があるな。


「依代は用意していただけました?」


「はい。これです」


エドは足元に置かれた紙袋から、慌ててぬいぐるみを出した。

体長20cmくらいの茶色い熊のぬいぐるみだ。


「あの、これ、いつも一緒に寝ていたみたいなので、たぶん大丈夫なんじゃないかと」


「そうですね。亡くなった方にとって思い入れのある物でないと上手く呼び出せないので。では始めてもよろしいかしら」


「え、今からですか?」


「まずは私がインチキではないと知ってもらわなければならないでしょう?それでは呼びますね」


そう言って熊のぬいぐるみを両手で持つ。


「いらっしゃいました」


席を立ち、テーブルの横に屈む。


「こんにちは。お名前は?」


何度見ても何もない空間に話しかけているようにしか見えない。でもアイリスが言うには『そこにいる』のだそうだ


「くりしゅ……?クリスくん?」


エドがハッとして俺を見る


「俺、甥っ子の名前言ったっけ?」


小さい声で聞いてくる


「聞いてない」


「え…」


こちらに構わずアイリスは続ける


「あの人は誰かわかる?……うん。『にーに』って呼んでたの?このくまちゃんも『にーに』のプレゼントだったんだ。優しいにーにだね」


「なんで……そんなことまで。本当に?本当にクリスがいるんですか?」


「いますよ。あなたと同じ金色の髪で茶色の目。髪は肩につかないくらいで切り揃えられてますね。3歳くらいかな?そう。3歳なのね」


エドは俺とアイリスの顔を交互に見ている。こっちは見なくていいって。


「ア……レイラは本当に見えてるらしいよ。大丈夫、俺には何も見えてない。お前と同じ」


何も見えない空間を見て微笑みながら話を聞いていたアイリス、いや、レイラの顔がどんどん曇っていく。


「エドワードさん、クリスくんが『かあさまとお話ししたい。かあさまを助けて』って言ってます。『かあさまはおじさんとばかり話して僕のことを見てくれない、おじさんは僕の話をしてるけど僕じゃない、おじさんは嫌い』だそうです。そのおじさんに心当たりは?」


「義姉さんが頼ってる霊能力者かもしれない。いや、絶対あいつだ。あのハゲのことだ」


「今から公爵家に行けませんか?クリスくんの言う通りなら、クリスくんのお母様が危ない」


そう言って、レイラは俺の元に来てそっと耳打ちする。

確かにそれは急がなくてはならないし、クリスくんのいる前では大きな声で話せない。


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