Case13:依存(2)
◆side テオドール◆
かつての同僚から「ヒックス公爵夫人が何かを仕掛けてくるかもしれない」と警告を受けた十日後の夜、俺は酒場にいた。
あの日からレイラ様には自宅で待機してもらっている。
ヒックス夫人や侍女はあれからも毎日のように訪れてはレイラ様との面会を申し入れてきたが、もちろん全て断っている。
「私を誰だと思っているの!?」
そうやって家名を盾にしてきたことで、こちらも堂々とマクスウェル公爵家の名が使えるようになった。
マクスウェル公爵家からの抗議の手紙が届いて以降は一旦おとなしくなったものの、今度は俺を買収してこようとしてきた。
それも断ったから、おそらく次は俺を排除する方向に向かうだろう。
少しだけ平和ボケしていた自分を疎みながら、酒場のカウンターで酒をちびちびと飲みつつ精神を集中する。
背中に感じる視線。誰かが俺を見ている。
そろそろ頃合いだろう。席を立って店を出る。
しばらく歩いていると後を付けてくる人の気配。
一人じゃないな。複数だ。
大通りの角を折れ、人通りの少ない方に向かう。
王都の道は熱知している。この辺は夜遅くまで起きている人が多く、騒ぎがあればすぐ通報される。
俺のような裏を知る人間ならここではまだ声をかけずに様子を見る。だがーー
「おい、ちょっと待て」
ここで声をかけてくるのは素人だ。
それなら何人いても問題ない。
笑いそうになるのを堪えて振り返ると、ガタイのいい男が三人、ニヤニヤしながら立っていた。
三人か。少し物足りなく思いながら「何か用か?」と問う。
「悪いがお前を痛めつけてほしいって依頼を受けてな。何やったんだか知らんが、恨むなら自分を恨めや」
依頼内容を口にするとは素人どころか阿呆の所業だ。
真ん中の男が「うらあぁ!」と叫びながら殴りかかってきた。
後ろに引きながら相手の拳を顔に受ける。後ろに力を逃しているので、ダメージは深くない。
よし。これで正当防衛だ。
渾身の一撃だったらしい男がバランスを崩したのを見て、懐に入りみぞおちに一撃。蹲った男の顔面に蹴りを入れる。
くぐもったうめき声をあげる男を転がすと、残り二人が手にナイフを持って襲い掛かる。
こちらもナイフが持てたなら容易く倒せるのだが、後々のことを考えると武器は持たない方がいい。
ナイフを振り回す二人を避けながら、隙をうかがう。
一人の男に足をかけて転ばせて、もう一人の顔面を裏挙で殴ると派手に血が出て動きが止まる。
転ばせた男が立ち上がろうとしたところで、側頭部に回し蹴り。脳震盪を起こして倒れた。
その瞬間「うるせえ!何時だと思ってやがる!」と中年男が近くの家から出てきた。
「すみません。夜道でこの三人に襲われて。警備隊を呼んでもらえますか」
「そうか、兄ちゃん、大丈夫か?ちょっと待ってるよ」
気のいい中年男は大通りの方に駆けて行った。
逃げようとした鼻血男の股間に蹴りを入れる。あとの二人は倒れたままだ。
しばらくして駆け付けた警備隊の中にエドワード様がいた。
驚かないところを見ると、既に事情を知っているのだろう。
「道を歩いていたら男たちから声をかけられて突然襲われた。誰かから依頼を受けたと言っていた」
正直にそう伝える。
俺はレイラ様の護衛兼助手という立場だが、正式な身分はマクスウェル公爵家の使用人だ。
エドワード様が同僚にその旨を伝える。
『誰かから依頼を受け』『公爵家の使用人を襲った』ということで少々大きな事件になりそうだ。
捜査の過程でどこかの貴族家がもみ消そうとしても、それは容易ではないだろう。
独断で動いたことでレイラ様には怒られるだろうが、俺はレイラ様を守るためなら俺の持つ武器はすべて利用する。レイラ様を苦しめるのは誰であろうと許さない。
三人を警備隊に引き渡した後、事情聴取という名目でエドワード様に別室に呼ばれた。
「大丈夫か」
「見ての通りです。一発殴られましたが、大した怪我ではありません」
頬が少し腫れている程度だ。訓練に比べれば、児戯に等しい。
「依頼を受けたと言っていたそうだな。誰からの依頼か聞いていないか」
「名前までは。でも、想像はつきますよね?」
エドワード様は顎に手を当て、しばし黙り込んだ。
「義姉上から話は聞いているが……こんなにわかりやすいことをするものかな」
「ヒックス公爵は思慮深い方ですが、夫人はわりと短絡的で歳の割に幼い印象です。それにこれまでは母親の言うことに従っていたようですが、母親が亡くなってからは誰も止める人がいないのかと」
「なるほど。ではその方向で捜査に当たろう。ところで、レイラさんはどうしている?」
「ヘンリーさんを通して聞く限りでは、特に問題はない、と」
「そうか……。お前でもヘンリーを介さないと連絡は取れないのだな」
本当はレイラ様とは直接連絡は取れる。家に行けばいつでも会えるからだ。だが、レイラ様の素性を知るのは、レイラ様の家族以外では公爵夫人であるアマーリア様と俺だけ。もしかしたら母やリブたちは知っているかもしれないけれど、エドワード様には秘密にしておくように言われている。
「レイラさんには今日のことは伝えない方がいいだろうな」
その言葉に、俺も頷いた。今の段階で伝えても、レイラ様を不安にさせるだけだ。
「黙っておきます。この程度の怪我、心配をかけるほどのことでもありませんので」
俺の返事に、エドワード様は少し複雑そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
◆side ヘンリー◆
俺とエドワードは、王国警備隊の一室で資料を突き合わせていた。
「テオを襲った三人組、身元が割れた。前科持ちのごろつきだ。金で雇われて仕事を請け負う、いわゆる荒事屋だな」
「依頼主は?」
「そこが厄介でな。表向きは仲介人を通しているから、直接の証拠はない。だが――」
俺は懐から一枚の紙を取り出す。
「仲介人とヒックス公爵夫人の侍女が接触した形跡があった」
「やはりか」
エドワードが眉を寄せる。
「ヒックス公爵夫人の周辺を洗ったところ、今回の襲撃以外にも、予約を横取りするために先約者を買収していたという証言も取れている」
「レイラさんは知っているのか」
「予約の件はな。だが今回の襲撃については、まだ話していない。テオが黙っているのもあるだろうが」
しばらくの沈黙の後、エドワードが口を開いた。
「一度、レイラさんに正式に協力を仰いだらどうだ。捜査協力という形で」
「捜査協力?」
「夫人の母親の霊を、もう一度呼び出してもらうんだ。夫人がここまで依存的になった理由――何か背景があるはずだ。それがわかれば、対処の仕方も見えてくる」
その提案に、俺は少し考えてから頷いた。
「わかった。レイラに話してみる」
◆side アイリス◆
「もう一度、ヒックス公爵夫人の母親の霊を?」
家のリビングで紅茶を飲みながら、ヘンリーの提案に首を傾げる。
まだレイラとしての活動は自粛中だ。
「捜査協力という形でだ。夫人の依存の根本にあるものを、探りたい」
「依代は?もう夫人の依頼は全部断ってるから、こちらに何も無いわよ」
「実は、以前夫人が置いていったものがあります。母親の形見の扇子だそうです。返そうとしたが、受け取らずに帰っていきました。おそらく、レイラ様の元に訪れる口実を作るためのものかと」
テオが、鞄から布に包まれた扇子を出す。象牙の骨組みに、繊細な刺繍が施された、上品な品だった。
「これ、前にも依代にした物ね」
「頼めるか」
「ええ、もちろん」
扇子を手に取る。かすかに、白檀のような香りが染み付いていた。
しばらくして、上品な佇まいの初老の女性が姿を現した。以前と変わらぬ、穏やかで、少し困ったような表情をしている。
『あなたは……?』
「先日、あなたを降霊した、降霊術師のレイラ……の弟子です」
今はメイクをしていない。説明が面倒なので、弟子ということでごまかす。
『そうなのね』
「今日は、少し別のことをお伺いしたくて」
私はヘンリーとテオの様子を横目で確認しながら、慎重に言葉を選ぶ。
「ミリア様――お嬢様が、ここまで誰かに依存してしまうようになったのは、何か理由があるのでしょうか」
母親は、しばらく沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。




