幕間 従者テオドールの回想
ずいぶん間があいてしまいましたが再開します。
諸事情によりタイトルも変更しました。
「10億ゴルドかぁ…」
窓辺のソファに座り、読んでいた新聞を折りたたんでテーブルの上に放り投げたレイラ様が言う。
新聞記事には近くの美術館に持ち込まれたあの箱が有名芸術家ヨクサール・デビュール本人の作品と認定され、推定評価額が10億ゴルドだということが報じられていた。
ヨクサール・デビュール氏の日記にはその小箱のことが書かれてあったそうで、本人が「人生の集大成」と記した作品がやっと見つかったと大きな話題になったのだ。
そんな「人生の集大成」が行方不明になってしまった理由は、日記が発見されたのが死後3年経ってからであり、デビュール氏が非常に悪筆だったことから解読にも時間がかかったことにある。
これまで絵画と金属彫刻をメインにやってきたデビュール氏の遺作が木製の小箱だと思わなかった遺族は、デビュール氏の死後にその小箱を含めたアトリエのガラクタを売り払い、彼が「人生の集大成」と評した遺作が木製の小箱だと知った時にはもう後の祭りだった。
その小箱が人の手に渡り、流れ流れて行き着いたのがとある町の雑貨店。そしてそれを購入したのが先日レイラ様が降霊された人だったという。
「1000万ゴルド入るはずだったのに、惜しかったですね」
紅茶を出しながら言うと、レイラ様は小さな声で「ありがと」と言って飲み始める。
「そもそも依頼人はあのオッサンだったから、契約書もあのオッサンとしか交わしてないし。奥さんが得た利益はどっちにしてもうちには入ってこないよ。それに『推定評価額』ってことは売ってないんだろうし。あーでも1000万ゴルドかー悔しいなー」
そう言いつつも全く悔しそうな顔をしていない。
そういうところが、俺のお仕えするレイラ様のいいところだ。
お金のために『降霊術師』という胡散臭い仕事をしながらも、不当な利益を得ようと悪どいことはしない。
降霊術師の仕事の合間に占い師の仕事もしていて、そちらの方では適当なでまかせも言っているようだから清廉潔白な人だとは言わないけれど、大事なところでは間違わない、信頼のおける人だと思っている。
降霊術は人を喜ばせることも悲しませることもある。
生前に伝えられなかった思いを伝えて幸せな涙を流す人もいれば、怒り狂ってこちらを怒鳴りつけて出ていく人もいる(だから降霊料は先払いなのだ)。
俺はレイラ様に救われた人間だ。
二年前に愛する人を目の前で亡くし、自分も大怪我を負い生死の境を彷徨った。
体の傷は半年ほどであらかた癒えたが、心に負った傷はいつまで経っても癒えることがない。
アイツのいない世界には何の未練もなかったから危険な仕事ばかりを請け負い、何度も命の危険に晒されながら死ぬことはなかった。
静かに狂っていく俺を心配した上司が雇主である公爵に相談し、夫人を通して紹介してもらったのがレイラ様だ。
最初は降霊術なんて胡散臭いと思っていた。
でももしアイツの声が聞けたなら、姿が見れたなら……そう思ってある日の午後に指定されたホテルの部屋に行き、レイラ様に対面した。
その時に言われたことは
「降りてきた死者の姿を見られるのも、話ができるのも私だけです。あなたの声は死者へ届きますが、死者の声は私にしか聞こえません」
というものだった。
姿を見ることも、声を聞くこともできない。
それなら降霊することに意味はあるのか?姿も見えないなら騙されていてもわからないんじゃないか?目の前の人間を本当に信じていいのか?頭ではそう疑いながらも、手が勝手に遺品のペンダントを差し出していた。
「いらっしゃいました」
そう言われても姿が見えない。でもレイラ様が言う霊の特徴は、正しくアイツそのものだった。
「ここにいるんですか?」
と聞いた俺に
「はい」
と答えたレイラ様。彼女の指し示す方向に向かって、生きている時に伝えられなかった言葉を告げる。
「ずっと好きだった。愛してた。お前がいなくなって本当に寂しい。つらい。もう生きていたくない。死にたい。でも死ねない。どうか俺をそっちに連れて行ってくれ。頼む」
涙を流しながら懇願した俺を見て、レイラ様がちょっと驚いた顔をした。
そしてレイラ様を通して返ってきた言葉はーー
『ありがとう。でも連れては行かないよ。私の分までテオには幸せになってくれなきゃ困る。私の分まで、私が生きられなかった分まで、精一杯生きてほしい』
俺が相手を思う気持ちと、相手が俺を思う気持ちが違うのは最初からわかっていたから、そう言われても落胆する気持ちはなかった。
それに、優しいアイツならそう言うだろうなと予想していた通りの答えだった。
嘘でも『自分も好きだった』と言わないアイツと、アイツの言葉をそのまま伝えてくれたであろうレイラ様。溢れる感情を止めることができず、床に蹲って号泣し、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。
アイツが死んでから夜もなかなか寝付けず眠りも浅かったことの反動なのか、深い眠りについてしまったようで、ハッと目を覚ました時には体には毛布がかけられ、頭の下には枕が差し込まれていて、目の前にはレイラ様の顔があった。
「ごめんなさいね。もう帰らなきゃならなくて。気持ちよく寝てるところを起こすのは申し訳ないと思ったんだけど、黙って立ち去ってあなたを一人にするわけにもいかないし」
どうやらレイラ様に揺り起こされたらしい。
窓の外は夕暮れ時が近づいてきており、なんと4時間も寝ていたのだという。
レイラ様に謝り倒し、金を払って公爵家に戻った(まだこの頃は後払いだったのだ)とき、俺の顔を見た上司は「よかったな」と言った。
まだ何も報告していないのに、顔を見ればわかったらしい。
レイラ様のところに行く前の俺は正気がなく痩せこけて、目の下には濃い隈ができているくせに眼光だけがギラギラしていて恐ろしい形相だったという。
だが今はスッキリとして穏やかな表情になったと言われた。
そしてその後、上司から配置転換を言い渡された。
新たな仕事はレイラ様の護衛だ。
レイラ様の仕事は閉じられた密室で行われるため、レイラ様に邪な思いを抱いた人間に襲われるということも無いことではない。
レイラ様を守る人間が必要であることは間違いないが、いかにも『護衛』という者を付けるのは客にも警戒されるし仕事の邪魔になるだろう。
口が固く、見た目で威圧感を与えず、いざという時にレイラ様を守れる実力のある者でなければならない。
公爵家の『影』として働いていた俺は、その条件にぴったり当てはまっていた。
レイラ様は護衛を付けることを最初は固辞していたのだけれど、レイラ様のパトロネス(出資者)である公爵夫人の強い要望と、俺の賃金も全て公爵家持ちということで、しぶしぶ俺を受け入れてくれた。
レイラ様の元で働くことが決まり、守秘義務に関する契約をしたあとレイラ様の秘密を打ち明けられた。
レイラ様は平民を装っているが実は伯爵令嬢で、当時はまだ16歳の学生だったのだ。
正直、とても驚いた。25歳の俺と同じか少し年上くらいかと思っていたのに、10歳近く下だとは。
ただ、化粧を落としたレイラ様は確かにあどけなく、年相応の顔をしていた。
あれから約半年。降霊の結果激怒した依頼者からレイラ様を守ったことが1回あったが、それ以外は特に護衛としての仕事はない。
レイラ様の元で働くことが決まってから公爵家で従者としての教育を受け、言葉遣いやお辞儀の角度から帳簿の付け方、手紙の書き方、紅茶の淹れ方などを習ったが、そちらの方がよっぽど役に立っている気がする。
レイラ様のそばで、レイラ様の仕事に関わっていると、命のやり取りをしていた『影』時代よりずっと、死が身近な存在になっている。
そうなってみて逆に「生きる」ということについて考えることが多くなった。
アイツはもう神の国に渡ったんだろうか。
お前の分まで精一杯生きるからな。
幸せになれるかどうかは……まだわからないが。




