Case 1:からくり小箱(2)
「お二人、来てしまいました」
二人?二人とはどういうことだ。
「少々お待ちください」
とレイラさんは言い、誰もいない空間を見ながら会話をする。
「どちらがルドルフさん?そうですか。ではあなたは?……ルドルフさんとどんな関係が?関係ない?…そう。わかりました。ええ。わかりましたから。順番に話をお聞きします」
そしてレイラさんはこちらに向き直り、説明する。
「お一人はルドルフさん、もうお一人はこの小箱を作った人のようですね。それならこの小箱が開けられないということにはならなさそうです。あ、呼び出した人が二人になっても料金は変わりませんのでご心配なく。では、ルドルフさんお話を聞かせていただけますか?…あー!もう一人の人!黙って!うるさい!」
レイラさんはそう言うが、何も見えないし何も聞こえない。
「そこに会長がいるのか?」
ゴンザさんが言う。父は『会長』と呼ばれていたようだ。
「いらっしゃいます。お聞きしたことがあればどうぞ」
「では、その小箱の開け方を」
「ルドルフさん?教えていただけますか?……『小箱の中に10億ゴルドなんて入ってない』と言ってますが」
「いやそれは開けてみないとわからないだろう。開け方を」
「『お前には関係ない』だそうです。あぁ、面倒なのでこれからはルドルフさんの言っていることをそのまま伝えますね。『ゴンザには充分なものを遺しているはずだ、私が生前に使った10億ゴルドなど関係ないだろう』」
「関係ないわけがない。会長の遺産は娘さんに渡す1億ゴルドとこの小箱以外は全て私のものということになっている。小箱に入ったものが10億ゴルドの資産だとすれば黙っていられない」
『10億ゴルドは寄付をした。ここにはない。この小箱に入っているものは、シノアと私の思い出の品だ。お前には1ゴルドの価値もない』
シノアというのは母の名前だ。この部屋に来てからレイラさん以外は誰も名乗っていない。名乗らなくていいと言われていたからだ。それなのに母の名前を知っているというのは、本当にここに父の霊がいるということなのだろうか。
「価値がないかどうかは中身を見て私が決める」
「強欲……」
ボソリとレイラさんがつぶやいた。父の言葉ではなくレイラさんの感想だろうか。私も同感だ。
ゴホン、と咳払いしてレイラさんがまた何もない空間に向かって語りかける。
「ルドルフさんが開け方を言わなくてもこちらの人が教えてくれるそうですし、どっちにしても開けられてしまうと思いますよ」
父を説得しているようなレイラさんを見て母が加勢する。
「開け方を教えてください。私も中身が見たいです。ゴンザさんには価値がないものだとしても私には価値のあるものなのですよね?あなたが私に遺してくれた物なのですから」
何もない空間の一点を見つめてレイラさんが何度か頷く。
「ルドルフさん、教えてくれるそうです」
そう言うと後ろを振り返る。「シノアさんのために開け方を記しておいてくれる?」
「わかりました」
後ろの男性が頷くと、レイラさんはテーブルに向き直り、私たちに見えるように小箱を持つ。
「まずは蓋の右側面の真ん中の板を左にスライド」
レイラさんはそう言いながら箱の側面、上中下の3つに分かれた板の真ん中を動かした。
「そして蓋を手前に引く」
え、上に開くのではなくスライドさせるのか。
「え、途中で止まってしまいましたけど、これでいいんですか?この状態で今度は逆の側面の真ん中の板をスライドして……」
喋りながら側面をスライドさせたり、天板をスライドさせたり。なるほどこれは30年も覚えていられるような手順ではない。
「わぁ!開いた!」
小箱の蓋が開き、レイラさんが歓声を上げる。妖艶な雰囲気の大人の女性には似合わない無邪気な子どものようで、なんだかかわいらしい。
ゴンザさんが立ち上がってレイラさんの側に寄る。
「ダメですよ。これは奥さんのものですから、最初に見るのは奥さんです」
と蓋の開いた小箱を母の方に差し出す。
またレイラさんの後ろにいた男性がそっと近寄り、小箱をレイラさんから受け取って母に渡す。
小箱の中に入っていたのは、古い手紙のような紙の束と銀色の指輪だった。
「母さん、それは?」
「……手紙ね。昔、私があの人に出した手紙。そして結婚指輪だわ」
母は紙の束を箱から出し、紙の表面をそっと撫でた。
「こんなものを大切に取っておいたの?この小箱に入れて」
そうつぶやいた母の言葉にレイラさん、いや、レイラさんの口を借りた父が応えた。
『こんなものとは何だ。私にとっては大事な思い出の品だ』
「そう…そうなんですね…」
そう言って母は涙をこぼした。部屋の中が感傷的なムードになったところでゴンザさんの声が響く。
「じゃぁ10億ゴルドは!?一体どこにいったのだ!」