幕間 ライナス・マクスウェル公爵の回想〜二年後の公爵家〜
「おかえりなさいませ」
少し疲れた表情をした妻が出迎えに立っていた。
「アマーリア、出迎えなどしなくてもいいと言ったのに」
「今朝もお会いできませんでしたから」
「ああ、すまない。寝ているところを起こしたくなくてな」
妻は疲れている。ここ数ヶ月は睡眠もままならないほどに。
無理はしないように言っているのだが、妻の気持ちもわかるから強くは言えない。
「天使たちは今日も元気だったか?」
「ええ。今は寝ていますが、寝顔を見に行きますか?」
「もちろん」
長男のクリスが亡くなってから二年半。再び私達の元に天使たちがやってきて私達夫婦も、弟も、使用人たちも大きな喜びに包まれた。
すやすやと眠る双子を見ると仕事の疲れなど吹き飛んでしまうようだ。
貴族社会では双子は不吉だとする向きもあり、双子が生まれた場合はそれを隠し、片方をひっそりと養子に出すこともあるようだが、私達にとっては二人とも大切な宝物で、かけがえのない天使だ。
先に生まれた女の子ヴィクトリア――ヴィーはとにかく元気で、泣き声も大きく、起きているときにもバタバタとよく動く。乳もたくさん飲むらしい。
ヴィーの顔立ちは弟エドワードによく似ている。エドは母親似だと言われている(母はエドを産んだ時に亡くなっているため、私もよく覚えていない)から、ヴィーは祖母似だということだろう。
父の若い頃に生き写しだと言われている私にも、ちゃんと母の血が流れていて、それがヴィーに伝わったと思うとどこか嬉しくなる。
後に生まれた男の子のセドリック――セディはマイペースで、乳を飲んでいる途中で寝てしまったり、大泣きするヴィーの隣で機嫌よく遊んでいたり、かと思えば一度ぐずりだすとなかなか泣き止まなかったり。だがそんな時もアマーリアが抱くと泣き止むので、アマーリアは社交も仕事も控えていつも双子のそばにいる。
子供の世話は乳母や世話係に任せるのが普通の貴族としての在り方だが、クリスが亡くなった時に「もっと一緒にいればよかった」と泣いて後悔していたのを知っているから、睡眠時間を削って子供たちの世話をしているのを止めることはできなかった。
疲れた顔をしながらも子供たちと触れ合い、日々の様子を楽しそうに語るアマーリアの姿は言葉で表現できないくらい尊く、愛おしい。
こんなかけがえのない日々が送れているのも、悪質な詐欺師に騙され、現実から目を背けていたアマーリアの目を覚まさせてくれた人がいたからだ。
◆◆二年前◆◆
「一体、何があったんだ」
仕事から帰ると、妻が出迎えてくれた。
息子が亡くなって半年、部屋にこもることの多かった妻がずいぶんスッキリとした表情をしていたことに驚き、夕食の後に「霊能力者に騙され、取り返しのつかないことになるところだった。これからはちゃんとあなたと向き合って、前を向いて生きていきたい」と言われて驚いた。
「今日は疲れたので」と妻は先に寝てしまったが、あまりの変容にむしろ私が眠れなくなった。
妻が眠りについたことを確認し、部屋を出て執務室に向かう。この時間ならまだベンも起きているだろう。
通りかかった使用人に家令のベンを呼ぶよう言付ける。
「今日、アマーリアに何があった?」
ベンが執務室に入って来てすぐに問いただす。
「エドワード坊ちゃまの紹介でいらした方が、奥様の目を覚まさせてくださいました」
「そうか!でもどうやって」
「坊っちゃまの霊を呼び出し、奥様を諭したとか」
ため息をつく。正気に戻ったと思ったのに。エドも何をしているんだ。
「今度はそいつに騙されているというわけか」
「いえ、それがそうとも言えません。以前の霊能力者とは違うようです」
「違う?」
「それが……その場に立ち会った侍女のアンナが言う事には、あのハ……霊能力者の偽りを看破して奥様の窮地を救い、奥様とクリス坊ちゃましか知らない話をしたとかで」
「エドの仕込みか?エドが情報を流して知人にクリスが見えるふりをさせたとか」
「いえ、先ほども申した通り奥様とクリス坊ちゃましか知らないことを言い当てております。エドワード坊ちゃまはそこに関与していないかと」
「ふん。まぐれ当たりだろう」
「まぐれというには些か具体的すぎるようで。また、いつまでも奥様が悲しんでいると坊ちゃまが安心して神の国に行けないと諭されたとか」
「言っていることはまともだな」
長期間かけて金を引っ張る意図もなさそうだ。
「坊ちゃまが生前好きだった絵本に、神の国では天使たちが生まれる家を選ぶと言う話があるようで、またこの家に生まれてきたいから、旦那さまと奥様に仲良くしてほしいとお願いされたとか」
その言葉を信じる訳ではないが、クリスが亡くなる少し前に『弟が欲しいから、父様と母様は仲良くしてください』とアマーリアと手を繋がされたのを思い出した。いつから『仲良く』していなかっただろうか。
「……請求書は?」
「?」
「そのエドの紹介で来た者にも何かしらの謝礼を支払っているんだろう?請求書は?いったいどれだけの金額になった?またアマーリアが払ったのか?」
「エドワード坊ちゃまがご依頼されたとのことで、支払いの請求書はこちらに来ておりません。金額も聞いてはおりませんが、坊ちゃまが払いきれない場合はこちらに請求書が回ってくるかと」
「エドに金額を聞いておけ。その支払はこちらが持つ」
2週間後、エドワードが持ってきた請求書の金額を見て、心底驚いた。
「エド、これは何なのだ?」
「先日の降霊術の請求書ですが」
「金額がおかしいだろう」
「ですが先方から指定された金額が10万ゴルドでしたので」
「桁が違うのではないか?安すぎるだろう。あのハゲには100万ゴルド払っていたのだぞ」
「私にそう言われても」
これまで数千万ゴルドをあのハゲに支払っていたというのに、10万ゴルドだと?
たった10万ゴルドで全てが解決してしまったというのか?
「まさかそのまま10万ゴルドのみの支払いで済ませたわけではないだろう?」
「10万と言われたので10万を払いました」
その人物のおかげでアマーリアがあのハゲの洗脳から解けた。クリスを思って泣くこともなくなり笑顔が増え、食欲も戻り体調も良くなったようで、従来の落ち着きを取り戻し過去ではなく未来に目を向けるようになった。
私達も互いに歩み寄り、夫婦仲も以前通りとまではいかないものの徐々に良くなってきている。
クリスが亡くなってから狂い出した歯車を修正し、正しく回るようにしてくれた公爵家の救世主であり恩人でもある人への謝礼がたった10万?それではいけない。公爵家の、そして私の沽券に関わる。
「何かその人物に礼がしたのだが」
「私もそう言いましたが、本人が固辞しているそうです。請求書の金額以上は必要ないとヘンリーが言ってました」
「ヘンリー?それが名前か?」
「違います。ヘンリーはローエン伯爵家の嫡男で私の学生時代からの友人です。今回、レイラさんはヘンリーの紹介で来てもらいました。彼女との連絡は全てヘンリーを通して行っていますので」
「ヘンリー卿はお前が友人だからということで安く見積もっているのでは?そのレイラとやらの要求ではなく」
「まぁ、その可能性はありますね。うちの財政状況と、ローエン家の財政状況を考えれば100万ゴルドだって請求してきてもいいのに、なんとも欲がないというか……。あのローエン家の嫡男ですし、それがヘンリーの美点でもあるのですが」
ローエン伯爵は良く言えば実直で誠実で欲がない、悪く言えば融通が利かず金儲けが下手な家だ。
あくどい男ならうちに100万請求して、90万を懐に入れることだってできただろうに。
「そうか。なかなか難しいな。どうすればこの恩を返せるのか」
たった10万の請求書を見ながら思いにふける。
◆◆◆◆
その後アマーリアの要請で、『降霊術師レイラ』の仕事場として公爵家が所持するホテルの一室を与え、護衛兼従者を一人派遣することになった。
これで恩は返せただろうと当時は思っていたが、アマーリアが代表を務める女性向けの商品を扱う商会の顧問に彼女が就任し、売上が爆発的に伸びて周辺国にまで商会や当家の名前が知れ渡ったことや、私たち夫婦の関係も以前より良くなって双子が生まれたことを考えると、まだまだ恩は返しきれていないような気がする。
すやすや眠る双子の寝顔を見て思う。
誰もはっきりとは言わないけれど、セディは亡くなったクリスによく似ている。
生まれ変わりというものが本当にあるのかどうかはわからないけれど……
―――順番を待ちきれなくて、むりやりヴィーと一緒に生まれてきたのかもしれないな―――
口に出しては言わないけれど、きっと妻もそう思っていることだろう。
3才(享年)に順番待ちは難しかったのかもしれません




