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Case 1:からくり小箱(1)

「本日はようこそいらっしゃいました。私は降霊術師のレイラです」


目の前の美しい女性がそう言って妖艶に微笑む。いや、微笑むと言っても顔の下半分は布で隠されているので目元しか見えないのだが。

促されて円卓に座るがレイラと名乗った美女から目が離せない。ゆるくウェーブのかかった豊かな黒髪。濃い化粧で縁取られたパッチリとしつつも少しつり上がった目に黒い瞳、右目の目尻のホクロが色っぽい。目より下は黒地に金の刺繍が入った薄い布で覆われている。布の端に紐を通し、それを頭の後ろで結んでいるような感じでレイラさんが喋るとヒラヒラと布が揺れる。

顔は半分以上隠しているのに、黒いドレスの胸元は大きく開いていて、豊かな胸の谷間が見えている。肌の瑞々しさは10代にも見えるし、妖艶な雰囲気は30代とも思える。年齢不詳だ。黒髪黒眼に黒いドレスでしなやかな体つきがどことなく黒猫を連想させる。


「それでは詳しいお話をお聞かせください」


少し低い、落ち着いた声で促される。



その日、私と母は王都で一番の高級ホテルに呼び出されていた。

呼び出したのは私の父の養子のゴンザさん。年上だから私の兄になるのだろうか、それとも私より後に父の子になっているから弟になるのだろうか。よくわからない。


父は地方の都市部のごく普通の商人の三男として生まれたが若い頃から商才に長け、実家の店を手伝っていた時から頭角を現し、幼馴染だった母と結婚して実家を出て王都で小さな商店を開いたという。

王都でも成功を収めてみるみるうちに店を大きくしていったものの、家庭を(かえり)みない父と母の間には深い溝ができて私が5歳の頃に両親は離縁した。


憎しみあって別れたわけではないので父からは多額の財産分与があり、働かなくても充分暮らしていけるほどだったらしいのだけど、母は小さな食堂を開いて50歳の今でも元気に働いている。母に引き取られた私も父からの財産分与と食堂の稼ぎで何不自由なく育ち、母の食堂を手伝っている時に知り合った男性と結婚して子供が二人いる。しかし両親が離縁して以降、私は父に会っていないし、人を介してのやりとりすらない。


そんな父が1ヶ月前に死んだ。

母は知らせを受けて気落ちしていたけど、私は何の感情も湧いてこない。娘としては薄情なのかもしれないけれど、20年も会ってなかった人だから死の知らせにも「そうなんだ」としか思えなかった。


母と離縁して以降も父は仕事に邁進してどんどん店を大きくしていき、多種多様な商店を束ねる商会の会長となっていた。母との離縁以降は結婚をせず、目をかけていた部下を養子にして跡継ぎとして育てていたらしい。ところがまだまだこれからという時、50歳という若さでぽっくり死んでしまった。大きな病気や怪我をしたこともなく、本当に突然の死だったという。


そんな突然の死でありながら、しっかりと遺言書は残されていた。交流がなかったとはいえ血の繋がった私には1億ゴルドが遺された。私達家族が1年暮らすのに必要なお金がだいたい300万ゴルドであることを考えると、かなりの大金ではあるが父の総資産を考えるとごくわずかな金額だろう。しかし私には何の異論もない。むしろ「そんなにもらっていいのだろうか」と思ったくらいだ。


ちなみに離縁して財産分与済みの母には遺産はなく、父の遺言で古びた小箱が遺品として渡された。

母に聞くと、若い頃まだ父と仲良く暮らしていた時に二人で旅行した先で買った物らしい。

高級品を取り扱うような店ではなく、ごく普通の雑貨屋に売ってたものだそうだが、細かい模様が彫り込まれていて美しい。


そしてそれ以外の遺産、商会のさまざまな権利に加えて屋敷や現金や宝飾品などの個人資産は全て父の養子に渡るようだ。

私達母子はそれに関して一切文句はなかったのだが、逆に父の養子のゴンザさんが難癖をつけてきた。


どうやら、父は死ぬ少し前に個人資産から10億ゴルドを何かに使ったらしい。

その10億ゴルドで買った何かが、母に渡った小箱に隠されているのだろうとゴンザさんは言う。


「小箱は元奥さんに遺されたものだとしても、中身が個人資産であれば私のものだ」


というのはおかしくないか?と思うけど、そこまで言われたら中身を(つまび)らかにしなければならない。


ところが、その小箱は『からくり小箱』と呼ばれるもので、普通に蓋を開けることができない。

側面が少しスライドするけれど、それだけでは開かないらしい。正しい順番でスライドさせていくことで開くようなのだが詳しい順序は母も覚えていない。


購入した時に店の人から開け方を教えてもらい、父と一緒に開けたり閉じたりしていたらしいけど、それはもう30年ほど前のこと。

かすかな記憶を頼りに色々やってみたようだけれど、全然開く気配がなかった。


母は『開かなくても父との思い出の小箱だから』と大切にしたいのに、ゴンザさんがやいのやいのとうるさい。

だいたい、父の個人資産だってゴルドさんが相続したのは約50億ゴルドと聞いている。

10億ゴルド減っても50億ゴルドあるんだからいいじゃないか、と思うんだけど、どうやらゴルドさんはそうではないらしい。


貴族の間で話題になっている降霊術師の噂を聞いて、その人に依頼することになったようだ。父の霊を呼び出して、小箱の開け方を聞くという。

それで母が呼び出されたのだが、心配なので私もついていくことにして、二人でここにいる。


「お話はわかりました。呼び出すのはルドルフ・バーグ様ですね。事前にお知らせしていた通り、私の力には制限がありまして、亡くなったご本人様の愛用品や思い入れの深い物、亡くなる時に持っていた物などを依代(よりしろ)として霊を呼び出すことになります。持ってきていただいたお品がそういった物でない場合は呼び出すことができません」

そう言って私たちを見渡す。


「また、ご本人様がすでに神の国へ行かれていた場合にもやはり呼び出すことはできません。ご本人様が亡くなったばかりの場合、またはこの世に強い未練を残している場合、自分が亡くなったことに気づいていない場合など魂がまだこちらにいる状態でないとなりません。無事に呼び出せた場合は50万ゴルドいただきますが、呼び出せなかった場合でも10万ゴルドいただきます。それでよろしいですね?」


呼び出せなくても10万ゴルド払うのか…と思っていたけど、ゴンザさんが「わかっている」とお金の束を卓上に置き、レイラさんの前に滑らせる。

レイラさんの後ろに控えていた20代くらいの若い男性が白い手袋をした手でそれを受け取る。

50万ゴルドを先に払い、呼び出さなければ40万ゴルドを返却する仕組みのようだ。


「それから、降霊によって依頼者であるゴンザ様が利益を得た場合、その利益の1%をいただくことになります。こちらは契約書となりますのでサインをお願いします」


書類を受け取ったゴンザさんがサインをする。

もしこの小箱に10億ゴルド相当の物が入ってたら、レイラさんは1000万ゴルドを手に入れるということか。

降霊の代金と合わせて1050万。すごい商売だな。


「それでは、依代(よりしろ)となるお品をお出しください」


母が小箱をバッグから出し、レイラさんの方に差し出す。

レイラさんの後ろの男性が小箱を持ち、レイラさんに渡す。

レイラさんも黒い手袋をした手で小箱に触れ、目を閉じる。


10秒もしないうちに「いらっしゃいました」とレイラさんが言うが、私には何も見えない。


「ん?どういうこと?」

眉間にシワを寄せたレイラさんが言う「お二人、来てしまいました」


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