49:事件解決
「そろそろ観念したらどうだ?」
「何を言っとるか!ここまでやってこれたのも、このねちっこさのおかげじゃい」
老師と呼ばれている、あの爺さん、僕の想定より強いのかもしれない。3人に詰め寄られても、うまい具合にいなし、捕まる気配がない。幻獣はどうしたのかと思ったが、少し離れた場所で、苦戦している。もともと相性が悪い組み合わせだ。
「おッ!小童、ユリウスはどうなった?」
「心配しなくても、捕まりましたよ。」
「やはり、ちと修業が足りなかったの~」
そう言って、アヴィ先生たちから距離を取り、
「のぉ、おまえさん、こんな狭い所にいるより、ワシとこんかね?」
「僕は狭いところが落ち着くので、お断りします。」
「そんなこと言わずに、もう少し考えてみんか?もしかしておまえさん、本が好きか?世界中のあらゆる書物、禁書も見られるぞ!どうじゃ?」
「僕と縁がある本なら、何もしなくても手元に来るはずです。あれもこれもと、欲を出すから身を滅ぼすんですよ?」
あちゃー一本取られた!みたいな仕草をしたあと、老師はニヤリと笑い、
「次見かけた時にも勧誘するからな~!ほいじゃ、そろそろワシ、帰るわ。」
アヴィ先生たちが吠えたが、どこ吹く風で、老師には逃げられてしまった。あの老人、初めから自分一人だったら逃げられるルートを確保していたのだろう。結局ユリウスも切り捨てられる駒だったということか・・・。
とりあえず終わった―――。早く後片付けを終わらせて、1週間は書庫に籠る!僕はひとりそんな決意をしていたが、まさか事後処理がひと月かかるとは、予測していなかった。
※
☆
今の心情を、言葉で表現するのは難しい。ただただ、複雑としか言えない語彙力を許して欲しい。だが、必ず待っていてくれる、絶対信じてくれる誰かがいる事とは、こんなにも、精神の支えになるのだと言う事を改めて理解するとともに、ユリウスがどれほどの苦しみの中にいたのか、ほんの少し、わかった。
檻の前に戻ると、ユリウスは膝を抱えて項垂れていた。その様は、幼い子どものようだった。幻獣は帰したのか、見当たらない。
「ねぇ、スカー・・・」
力ない声で俺の事を呼び、話しているというより、自問自答しだした。
「僕は、どうすればよかった?あそこで死ぬべきだった?でも、死ぬのは・・・、こわいよ。」
絞り出すような、悲痛だった――。
「母さんが死んで、途方に暮れて。でも、父親が探してくれたと喜んだら、そこに待っていたのは地獄。僕の居場所なんてどこにもなかった。君と仲良くなれた時、居場所が出来て、本当にうれしかった。でも、その幸せも、奪われた。恨みの矛先である父は死んだ。恨みを糧に生きて行けないのなら、幸せだった頃の想いにすがるしか、ないじゃないか――・・・・・・たすけてよ」
心の片隅の、弱い俺が聞かなければよかったと、知らなければ、俺自身もただ犯罪に走った元友人を捕まえただけで、終われたはずだったのに・・・。
まだ友人だった頃、彼の家庭事情を知っていれば、正当な方法であの家から離すことが、あの時できていれば――、〝たら、れば〟が頭を駆け巡るが、事はもう起こってしまい、彼は取り返しのつかないところまで、走ってしまった。
「ユリウス・・・、罪を認めて、素直に話してくれ、俺も父上に掛け合ってもらい、減刑を願い出る。君は幼かった。決して君だけの罪ではない。だから、取り調べで素直に話してくれ。頼む――」
「―――わかった。話す、話すよ。・・・お願いがあるんだ。スカー、連れて行かれる前に、握手してくれないか?そうすれば、僕はまたがんばれる。」
ユリウスは立ち上がり、柵のそばまでより、こちらに向かって、手を差し伸べている。それで彼の心が少しでも軽くなるのならと、了承した。
握ったユリウスの手は、子どもの頃につないだ手とずいぶん様変わりしていた。あの時の俺は、完全に油断していたのだろう。急に手を握る力が強くなり、引っ張られバランスを崩した。そのとき目に映った顔は、一生忘れないだろう。
振りかぶったナイフ、完全に首を狙っていた。刺される!そう思った瞬間――、モアがナイフを持つユリウスの腕に深く噛みついていた。
「ああああああああ!」
ぼたぼた落ちる鮮血、鉄の匂いが鼻についた。俺はすぐ檻から距離を取り、腕を押さえるユリウスを呆然と見ることしかできなかった。
…
「あっちは終わりました。すごく心が乱れましたが、何かありましたか?」
そう言って入ってきたモリアは、すぐさま事態を把握したのだろう。
「スカー、僕はもう何も言いません。自分でわかってますもんね?」
そう言ってちょっと困ったように、口角が上がった。呆然としている、俺の肩をぽんぽんと叩き、頬に手を置いた後、今度は頭を二回なでられた。
「あっ、僕が落ち込んだ時、よく母様がするので、クセになってしまいました。」
そうして俺の横を通り、ユリウスの檻の方へと近づいた。
「――、モアにやられたんですね。スカーを刺そうとでもしましたか?あの子にとって、あなたも大事な仲間だったんです。嚙み千切られていないのが、その証拠です。それなのに、その心に傷をつけましたね。死なれたら困るので、応急処置はします。あぁ、それから、もう一つ。老師は逃げました。失敗したら、あなたは切られる予定だったみたいです。」
もうこれ以上、何も言う必要はないとモリアが踵を返すのと同時に、外が騒がしくなった。
「王国騎士団が到着したんでしょう。あとの事は、任せましょう。」
そう言って、外に出ようとするモリアに、手を引かれながら、ちらっと後ろを振り向くと、俯き座り込んでいるユリウスを最後に視界に収め、振り切るように前を見て、この場を去った。
外には、30名ほどの王国騎士が物々しい雰囲気で走り回っていた。モリアが側にいた騎士に、檻の中にユリウスが囚われており、負傷している事も伝えると、あとは任せるように言われ、後日、事情聴取のため登城するように指示を受け解放となった。
長年、悩み続けていた問題に終止符が打たれた。だが、その終わりは決して、すっきりとするようなものではなかった。むしろ、シコリのように痕になり、いつまでも残り続けるだろう。
それでもいい、今回の事でどこかで諦めていた理解者が俺の前に現れた。お互い心情まだわかってしまうというちょっと厄介な関係だが、モリアとならうまくやれそうな気がする。
彼は今、疲れた。お腹が空いた。眠い。と感じているようだ。先ほどまで、国の危機を救っていた人物とは到底思えないと笑みがこぼれた。




