33:幻獣主の末路
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「お初にお目にかかります。モリーニア・クケルトでございます。息子が大変お世話になりました。」
そう言ってお手本のようなカーテシーを見せているのは、モリアの母君だ。モリアは母親似だと分かるほど顔の造形は似ているが、髪色は赤茶、瞳の色は珍しく、赤茶の中に金が入っている様な色をしていた。話すスピードはとてもゆっくりで、どこか王族に近い気品を感じる・・・。
「いえ、クケルト夫人。ご子息には大変感謝しています。我妻と、娘を助けてくださった。どのような事でも、いたしましょう。」
「――そうでしたか、あの子が・・・。では、目覚めたら、たくさん褒めてあげなければ――・・。」
父上とのあいさつを済ませた後、クケルト夫人は、モリアの部屋の側に滞在してもらうことになった。夫人が退室した後、部屋に残ったのは、父上、母上、ナディ、ダン、ニック先輩、スピア、セバス、俺だった。当事者たちに詳しい話を聞くためだ。
「本当なら、すぐにでも話し合いたかったのだが、皆の時間を合わせるのに暇が必要だった。それでは、あの日、何があったのか、離してもらえるか?」
まずは母上から順番に、矛盾がないか当日の事を話してもらった。3人の証言に矛盾するところは無く、お付きの者たちを下げた後の話も、一致する。突然、何の気配もなく、幻獣があらわれ、母上とナディに襲い掛かった。
「モリア様が間に入って下さらなければ、どうなっていた事か――・・。」
「それに、僕ではなく、夫人たちの方を襲いに行ったのも、疑問が残るよね?」
確かに、継承権を持っているニック先輩が襲われるなら、腑に落ちるが、なぜ、母上たちの方に行ったのか?
「それとね、もう一つ知らせておかないといけない事が、あるんだ。」
そう言ってニック先輩が話しだしたのは、モリアを襲った幻獣のその後だった。肩すじに噛みついて、抵抗していたモリアが、動かなくなると、ラクテルウルフは牙を離し顔を上げた。その時、モリアの左目に小さく陣のような物が展開していた。それが一瞬で砕け散ったと思ったら、
抑え込んでいたロウガとラクテルウルフが踵を返し、温室から外へと走って行った。ニック先輩は慌てて後を追い、出口で警備にあたっていた騎士に、中の事を頼んだ。
それから程なく、見失ったと思ったら、茂みから悲鳴が聞こえた。ゆっくり近づき、のぞくと、契約主であろう者たちを、それぞれの幻獣が嚙み殺していた。もちろん、主が息絶えた段階で、契約無効になり、幻獣は消える。通常、契約獣は決して主人には逆らわない。
「主の居る幻獣まで操れる力を持っているとなると、モリアの今後もだが、主になったスカーの事も含めて、王族に目を付けられる可能性があるから、十分注意してくれ。まぁ、あれのおかげで、僕たちは助かった。モリアには感謝している。」
確かに、故意か、無意識かにもよるが、これは大変なことになった。だが、学生の俺には手の打ちようがないので、その辺りは、父上にお任せすることにした。共有しなければならない情報は、このくらいだったらしく、ニック先輩は帰り、俺も回路調節のためにモリアの部屋へと向かうため、部屋を出た。
「お兄様―――・・・」
廊下の半ばで声をかけてきたのは、ナディだった。いつもは天真爛漫で、お転婆、会えば必ず駆け寄ってきていたのに、うつむき元気がない。
「どうした?」
「――・・ない、よね?・・・」
聞き取れなかったので、側に寄り、片膝をつき目線を合わせる。すると、大きな瞳いっぱいに涙が――。
「モリア様、・・・大丈夫ですッ、よね?――ッぅ、しっ、死んじゃったり、しませんよね?」
ずっと不安だったはずだ。だが、言葉にすると現実になるような気がして、言えなかったのだろう。普段勝ち気で、涙など見せない妹が、堪え切れなかった涙を流している。
「大丈夫だ。信じて目覚めるのをまとう。ナディも、お見舞いに来て、声をかけてあげるといい。彼は、本を読むのが大好きだから、珍しい本を持ってきたら、読みたくて飛び起きるかもしれないな。」
そう言うと、ナディは涙ながらも、くすくす笑っていた。それなら書庫から珍しい本を探してくると、影に控えていたメイドと帰って行った。小さな声で、お兄様ありがとうと言って――。
妹と別れて、部屋に向かいながら、先ほど提案した方法、俺も実行してみようかと思いながら、軽くノックして、モリアの部屋に入った。誰もいないつもりで入ったので、ベッド側でたたずんでいる夫人を見た時、驚いてしまった。
「――・・、返事も待たず、入ってしまい、すみません。」
「かまいませんよ。・・・、この子、起きているのかしら?」
夫人が言うので、モリアに目を向けると、軽く目を開いて、ぼーっと天井を見続けている。契約を完了させてから、時々起こる現象だった。俺達も初めは目を覚ましたのかと思い、声をかけたが、無反応。しばらくするとまた目を閉じる。規則性は不明、幻獣との契約時、このような症状は起こらない。当たり前だ、人間と融合した幻精と契約を結ぶなど、人類初ではないだろうか?
「残念ながら、本人に意識はないみたいです。・・・幻精の事も、今回の事も、私の責任です。言い訳の仕様もございません。」
そう言って、俺はモリアの母君に深く頭を下げた――。
「なんでも、背負い込んじゃ、ダメよ?今回の事は、この子も、ちゃんと叱らないと。自分の体を使って助ける事は、自分も(体)、相手も(心)、傷つくのだと、起きたらちゃんと教えてあげないと、ね。」
その言葉に、泣いていた妹の顔が浮かんだ。確かに叱らないといけない。そのためにも、目覚めてくれ。
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