32:契約
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「スカー、どうした!」
そばにいたダンが、すぐに駆け寄って肩を貸してくれた。父上も、ソファーに座らせるように指示を出す。荒い呼吸を落ち着けながら、自分の肩がどうもなっていないことを、確認する。モアを呼ぶと、足元に現れたが、耳と尾が垂れていた。
「モリアだ。モリアに・・、何か、あったらしい・・。モア・・、目を、共有して、見に行ってくれないか?」
先ほどまであった痛みが、引いてきた。モリアとはまだ仮契約なので、ここまでの共鳴が来ると言う事は、よほどの何かがないとおかしい。
「モリアとは、クケルト男爵令息か?」
父上が聞いてきたので、頷くと、
「今日、オリビアとナディが王都の屋敷でお茶会をすると手紙に書いてあった。そこで、何かあったのだろうか?」
モアが、普段使っている俺の部屋から廊下に出た。やはり何かあったのだろう。メイド達が、布などを抱えながら、どこかに走っている。モアも同じ方向に走り出した。ついたのは、温室――。いつもは美しい植物が咲き乱れているが、今では一部、見る影もない。
1人の侍女がタオルケットを被せていたのは、母上と、妹のナディだった。
「父上、温室で何かあったみたいですが、母上とナディは無事です・・・。」
ほっと息をついた父の姿に、俺もひとまず安心したが、次に映し出された光景に、血の気が引いた――。床に広がる大量の血痕、メイドの持ってきたタオルで懸命に首元を押さえているバロル。倒れて、白を通り越して青くさえ見える顔色のモリア。
そして、なぜか展開されている魔術式回路――。だが、よく見ると、周りの魔力を吸収して、回復しようとしているのか・・・?ここからでは、これ以上の事は分からない。
「スカー、顔色が悪い。何を見た?」
「・・・、ダン、モリアが、血だまりの中に倒れていた。」
「!今から、早馬に乗って行くぞ!」
「それじゃぁ、間に合わない・・・。」
モアを、つけておくべきだった。無事に帰って来いと言ったのは、君だろう――・・・
「ヘス、どこまでなら大丈夫だ?」
「そうですね・・・、王都の門までなら大丈夫でしょう。」
「それなら、みんなで行った方が早いな。領主殿、今から私の幻獣で王都手前まで、飛びましょう」
「お手伝いいたしますので、すぐに出発の用意を、ここからなら、王都まで1時間ほどで到着するでしょう」
耳を疑うような話だったが、今は1秒でも惜しい。
「父上!」
「感謝する」
「続きは後ほど――、表の広い場所をお借りします。」
そう言って、ヴァディン殿とヘス殿は、足早に外へと出て行った。
「セバス、そういう事だ、後は任せた。」
「かしこまりました。それから、坊ちゃま、スピカの同行をお許しください。あちらで手の足りない時、何なりとお申し付けください。」
「わかった。」
外に出ると、そこにはドラクーンが2匹おり、背には3人乗り用の鞍が付いていた。
「ヘスの方にダン殿とスピカ、俺の方に領主殿とスカー殿がお乗りください。今回はスピードを重視しますので、多少の揺れは覚悟してください。」
※
☆
全然多少ではなかったが、あっという間に到着した。父上がすぐに門の兵士に馬車を用意させ、屋敷に急ぐため乗り込もうとした時、ヴァディン殿に呼び止められた。
「スカー殿、私たちの見た目は王都では目立ちます。しばらくの間、観光をしております。落ち着きましたら、これをお渡ししますので、連絡をお願いします。」
そう言って連絡用の石陣を渡された。
「わかりました。お気遣い痛み入ります。父に伝えておきます。」
屋敷に駆け込むと、手の空いている者たちは皆、誰かの指示に従ってか、清潔な布を用意したり、と走り回っていた。そばにいたメイドにバロルを呼びに行くよう頼むと、すぐにバロルが来た。だが、その姿は、初めて見るようなものだった。走って来たのか、息が上がっており、白だったシャツのいたるところには血が付着ている。いつもなで付けている髪も、崩れており、散々な有り様だ。
「どうしてこちらに?私は、夢でも見ているのでしょうか?本邸の方にいらっしゃるはずでは?」
「その話は後にしよう。まず、私を妻と娘の所に、そして、スカーを友人の場所に案内しなさい。」
父の言葉に、バロルが俺とダンを、近くのメイドに父の案内を任せた。
「こちらでございます。若様、大変申し上げにくいのですが・・、大変、危険な状態でございます。お覚悟を――・・・。」
バロルの言葉に、心臓がきしむ。案内された部屋のドアを開けると、そこには、ニック先輩、カタルフィー先生、アヴィ先生、がいた。
「どうやってこんなに早く来たのかは、後で話しましょう。――・・大変危険な状態です。」
「瀕死になって、中の幻精が暴走してる。これを止めないと、適切な治療もできない」
カタルフィー先生とアヴィ先生が、交互に今の状況を説明してくれた。仮契約を契約状態にしないと、暴走を止めることはできない。そして、このような状態の時の契約は、両方に苦痛があり、時間が掛かると言う事だった。それでも、助けるためにはこの方法しかない―――。
それから、俺は約半日、術式を構築し続けた。抵抗するモリアの中の何かが、術式に使う魔力を消費してしまうのだ。早く完成させないと、モリア自身の体力が持たない。最後は、ちょっと強引に魔力でねじ伏せて、契約は完了した。これにより、暴走していた状態は解除され、他の人がモリアに近づくことが出来た。
先生たちが治療のため側に寄り、傷の様子を見るため、服を脱がそうとしているところで、俺の意識は沈んでいった。目が覚めた時、丸1日寝ていたとダンに言われ、身支度を整えるとすぐに、モリアの部屋に向かった。顔色はずいぶん良くなったように思う。だが、布団をかけられ、ベッドに寝ていると、本当に息をしているのか、心臓は動いているのか不安になり、頬に手を当てた。
温かい。間に合った。よかったと、涙が一筋ほほを伝ったのは、誰にも秘密だ。
それから、2日、4日、6日たったが、一向に目覚める気配がない。実は、モリアが眠りについて、すぐ、彼の母親に連絡を入れたのだが、来るのに時間が掛かると返事が来た。母君が来るまでに目が覚めてくれればと思ったが、7日目に到着し、モリアは未だ目覚めない―――・・・。




