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29:夫人と令嬢と王族、そして僕

案内されたのは、屋敷の中庭に作られていた温室だった。


「お招きありがとう、オリビア夫人。」

「ニック殿下、ようこそお越しくださいました。」

「モリア、スカーの母君で、オリビア夫人だ」


席を立ち歓迎してくれた、夫人は、白金の髪色に、深いブルーの瞳。スカーは母親似だったのだろう。そっくりだ。


「お招き感謝します。モリア・クケルトと申します。どうぞモリアとお呼びください。」


今日は、ニック先輩に言われて、馬車の中でコンタクトはとってきた。僕の瞳の色に気づいたと思うのだが、さすが夫人、表情一つ変えなかった。



「モリア様、どうぞ娘を紹介させてください。」


そう言って夫人の後ろに控えていた、女性が前に出てきた。


「ナーディア・ガスタルバーグと申します。愚兄ですが、よろしくお願いします。どうぞ、ナディとお呼びください。私も、モリア様とお呼びして、よろしいでしょうか?」



スカーの妹さんは御父上である、ナダルグ様に似たのだろう。意志の強そうなきりっとした目元が似ている。髪色は夫人より少し濃い金色。瞳の色は濃紺だった。



自己紹介が終わり、席に着席すると、見計らったようにメイド達がお茶とお菓子の用意をさっと済ませ、僕たち以外温室から出て行った。



「では、今からこの空間は無礼講。どうぞ、皆さま楽に過ごしてください。そして、モリア様、まずはお礼をさせてください。我がガスタルバーグ領の窮地をお救いください、ありがとうございました」


そう言って、夫人と、ナディ様は僕に深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと!顔を上げてください!僕は、少し手を貸しただけで、実際、守ったのは当主様や、スカー・・、先輩・・です。」



慌てふためく僕に、ニック先輩がくすくす笑いながら、


「夫人、僕の可愛い後輩を揶揄(からか)うのは、その辺にしてください。」



顔を上げた2人は、いたずらが成功したように顔を見合わせ笑っていた。僕は、ニック先輩がいてくれてよかったと、ほっと胸を撫で下ろした。


「息子から話を聞いていたので、初対面のような気がしなくて、ごめんなさい。でも、感謝の気持ちは本当です。」


「その気持ちは、受け取らせていただきます。それで・・・、スカー・・、先輩、は、僕の事を何と言っていたのですか?」


「お母様!私からお話いたします。」


そう言って、名乗りを上げたのは、ナディ様だった。今年12歳の女の子らしく、学園に行ってからなかなか会えない兄の事を、嬉しそうに話してくれた。


「お兄様は、モリア様の事を、読書が大好きで、知らない事を知るための行動力はすごいって、おっしゃってましたわ!書庫に籠って、日の光を浴びないのにはちょっと困るともおっしゃってましたが、あんなに楽しそうに、誰かの事を話すお兄様・・・、久しぶりにみました。」



12歳のする表情ではない顔を、一瞬見せたが、すぐ笑顔に戻った。もしかしたら、とても仲の良かった兄の友人を、思い出しているのかもしれない。彼女は当時7歳だ。覚えていない方が不自然だろう。



そんな風に和やかにお茶会の時間は過ぎて行った。その時―――・・・。


突然、不安感が胸の内に沸き起こった。不安になることなど何もない、それなのに、この心臓がバクバクして落ち着かない感じ・・・。肺いっぱいに空気を送り込んでも、心拍数が落ち着かない。僕の様子に気づいたニック先輩が、


「モリア、どうした?」

「先輩・・・、確信はありませんが、・・たぶん、共鳴です。スカーに何かあったのかもしれません。」



ここには、僕たちしかいないと、思い込んでいたので、素直に話していたのだが、その時、この温室の中に、突然現れた、気配を感じた。どこからだと探っていた時、()()()()()が合った。



そこにいたのは、植物の影に身を潜めている、幻獣ロウガとラクテルウルフだった。本物を見たのは初めてだったが、図鑑に載っていた特徴に一致するので、間違いないだろう。


ロウガ、体格が大きく、虎と狼の掛け合わせのような生物。

ラクテルウルフ、小柄、素早いのが特徴。そして獰猛。



視線をそらさず、ニック先輩に尋ねる。


「先輩、あそこの茂みの所、何か見えますか?」

「・・・、気配が増えた感覚はあるが、何も見えない。」

「夫人とナディ様をお願いします。」

「・・・、何がいる?」

「ロウガとラクテルウルフです」



そばで、息をのむ音を聞いた。ラクテルウルフの獰猛性は、それほどまでのものだ。敵さんにゆとりが無くなったか、元からの計画なのか、消しに来ているとしか思えない。



「どこから情報が漏れたんでしょうね?」

「このピンチを切り抜けたら、思う存分、考察し合おうじゃないか。」

「もちろん、答え合わせもセットですよね?」

「あぁ、もちろん。」



ニック先輩と軽口をたたきながら、僕は幻獣から視線を外さなかった。きっとこの幻獣は、主人からの合図を待っているのだろう。その合図が来た時、きっとここに居る全員に、姿が見えるようになる。僕たちのやり取りを訳が分からず、しかし、緊急事態なのだけは察したのか、夫人もナディ様も大人しく座っている。さすが、防衛の要の街の領主夫人とその娘だ。



動きがあったのはすぐだった。伏せの姿勢だった幻獣2匹の耳がぴくッと動いた。


「先輩!来ます!!」



僕が言葉を発した直後、2匹はこちらの世界に実態を持って現れ、夫人とナディ様の方に向かって行った。ニック先輩は自分の幻獣を呼びだし、2人を守るように命じたが、想像以上に、ラクテルウルフが素早かった。


あッ、これじゃ間に合わない。そう思ったのも一瞬だったが、体が動いたのも一瞬だった。大きく開いた、のこぎりのような歯が並んだ口。まず初めに来たのは、痛いより、熱いだった。


後ろで、悲鳴が聞こえる。あの時、僕の脳ミソは、〝痛い〟に支配されていて、よく覚えていなかった。出血がひどすぎたらしく、朦朧とする意識の中で、これだけは頭をよぎった。――・・死。おぼろげな意識の中、僕は誰かに命令したような気がした。



【僕の命を脅かす敵を排除しろ】

この直後、僕の意識は暗転した―――。


顔晴~

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