14:領主のターン
しばらくの沈黙の後、領主は重い口を開いた。
「ここからの話は他言無用にしてもらいたい・・・」
眼光鋭く、なぜか僕だけを見つめるガスタルバーグ領主――・・・領主と言う地位は本当に大変だと思った。それは大きいところも小さいところも変わらずにだ。
「もちろんお約束しましょう。口約束でご不満でしたら、魔術契約を結んでも構いません」
魔術契約とは、特定のワード、物事に対して魔力反応させる契約だ。破った場合のペナルティーは命がかかる事もある。
「・・・息子が連れて来た友人だ。信じよう」
そう言って領主は話し始めた。
違和感を覚えだしたのは3年前――・・・領主の子飼いの影に調べさせていたのだが、ちょうど同じ時期四ッ国連合〝つむぎ〟との海域問題が勃発。そちらにかかりきりになってしまい、ここ最近ようやくめどが立ったらしい。
「今度は〝つむぎ〟ですか・・・」
「今度はと言う事は、他にもあるのか?」
トレイフィヨンカンパニーとつながりのあったが四ッ国連合〝えにし〟だったことを伝える。すると、セバスと領主が大きなため息をつき、2人そろって
「持たなかったか」
「やはり無理でしたね」
顔に出ていたのだろう、ちょっと昔話をしましょうとセバスが話して聞かせてくれた話は、今から30年前のお話し――
第三次世界大戦終了後、各国はそれはそれは疲弊していた。だが、復興に向け前向きに動き出していたのだが、一国全く復興が進まないどころか、内乱が勃発している国があった。それが、四ッ国。当時は連合ではなく四ッ国という一つの国だった。しかし、心労により王が後継者を指名することなくお隠れになり、4人兄弟による王位争いが始まった。
戦いは3年に及んだが決着が付かず、国を四等分にして継承することでシブシブ話が付いた。そして、兄弟の中でも苛烈を極める二人の領地を離すことで何とか収まったそうだ。
「それが、〝つむぎ〟と〝えにし〟だと・・・」
「さようでございます。長男と次男になるらしいのですが、相性が悪く混ぜるな危険状態らしいです」
同族嫌悪というやつか?ちなみに、この連合の名前は兄弟の名前そのままらしい。ピリア王国に近い順から、つむぎ(長男)、ゆかり(三男)、つなぐ(四男)、えにし(次男)。三男と四男は頭は切れるタイプだが、争いを好まないらしい。まぁ、後継争いに巻き込まれて生き残っているところを見ると武の方も凄いのだろう。
「・・・考えたくない事ですが、手を組んでいる可能性は無いでしょうか?」
素人考えですが、とスピアの言葉に皆が黙り込んだ。それぞれ隣の国を落として領地を広げる。〝つむぎ〟はピリア王国、〝えにし〟はドラグーンデニア、お互い目的が別なら手を組むのは確かにいい。それに、周りの国の印象はこの二国が手を組むのはあり得ないと刷り込みがある。
「それなら、手引きした国か組織があるはずです。この二国が自主的に手を組むよう動くとは、・・・考えられない」
先輩の言葉に領主の眉間にぐっとしわが寄った。
「ここで机上の空論をいくら話し合ってもらちが明かないので、まずは目の前の問題から片づけて行きましょう」
こうして、領主も含め信頼のおけるメンバーのみで話し合いは進んだ。
※
あれからちょうど1週間―――・・・
「今朝は、いつもの定期便がお越しになりませんでした」
やはり読み通り敵さんは動いてくれたらしい。
「彼は・・・大丈夫でしょうか?」
面と向かっての面識はないが、ここ一週間、必死に役割を果たすエラの姿を見てきたスピアは心配げな表情を浮かべる。
「大丈夫。彼を信じましょう。今回のキーマンはエラです。彼の合図がないと僕たちは何もできない。信じましょう」
じっとしていても余計落ち着かなかったのだろう。仕事を片付けてきます。そう言ってスピアは足早に僕の部屋を出て行った。それから、部屋で取るとお願いしていた朝食が運ばれてきて、僕はひとり堪能していた。すると、中ほどまで食べたところだっただろうか?コンコンコン――っと控えめなノック
「どうぞ」
「食事中にすまない・・・」
そう言って顔を出したのはガスタルバーグ先輩だった。
「どうかしましたか?」
僕がそう尋ねると、イヤとか何とか歯切れが悪く、なんだか今までの先輩のイメージを覆した。
「・・・落ち着かないところですか?」
少し助け舟を出すと、ちょっと恥ずかしそうな照れたような、バツが悪いような、そんな表情をしていた。
「どうぞ」
そう言って、僕が食事をとっている前の席を勧めると、中に入ってきたので、僕が手ずから2人分の紅茶を用意した。
「味の保証はありませんが、少し落ち着きますのでどうぞ」
「ありがとう」
しばらく沈黙が続く――(僕は残りのごはんを食べていた)先輩は意を決したように話し始めた。
「後輩に、それも出会って間もない君に、こんな話をするのはどうかと思ったのだが、聞いてほしい」
そう言って先輩が話し始めたのは、胸の内の葛藤や恐怖だった。先輩の生まれ育ったこの街は、海に面しておりただの漁師町だったのを、先輩のご先祖が貿易で発展させた場所だった。もちろん、荒くれ者も多い。先輩自身が誘拐されそうになったり命を狙われたりなどもあった。だが、今回は規模が違った。
今まで頼りにしていた父親でさえも後手に回った現状を見て、心の整理が追いつかない――・・・
「クケルトもこんな話を聞いて、俺に減滅しただろうな・・・すまない。忘れてくれ」
立ち上がり去ろうとする先輩の背中に僕は言葉をぶつける。
「当たり前だと思います。僕たちはまだ子どもです。いくら体が大きく育とうと、経験と言うものでは大人には敵いません。これから知っていけばいいし、今のうちに寄りかかれるだけ、体重かけとけばいいんですよ」
「だが、」
「生きているうちだけですよ。寄りかかってられるのって、それに、表面に出ないだけで僕だってすごいんですよ?」
そう言って先輩の方により、その手を服の上から僕の心臓にあてさせる。ドクドクドクッ――、平時ではありえないほどの鼓動の速さだ。
「僕の領地は辺境のすぐ隣、打ち漏らした残党、野党、盗賊があふれる場所だったんですよ。だからピンチに慣れているだけ、それにあなたは、〝ナダルグ・ガスタルバーグ〟ではない。〝スカーレット・ガスタルバーグ〟です。あなたにしか付いて行かないと言う人たちも必ずいる。父上の背中ばかり見て、あなた自身のいいところを消してしまってはダメです」
先輩をもう一度、席に座らせお茶を入れ直した。僕の腕がいまいちでも、茶葉がいいとそれなりの味になる。
「なんだか自分が情けない・・・」
「言わせてもらいますけど、僕とあなた、年1個しか、変わりませんからね?大人ぶってても、まだまだ子どもだってことですよ。いいじゃないですか。子どもの特権使いましょう。失敗しても、いいと思ったら気が楽じゃないですか。思いっきり暴れてやりましょう」
そうして、しばらく話していると吹っ切れたのか先輩は業務に戻ると去っていった。