10:訪問者
そこはさながら戦場だった。
「これはあの洗剤で洗ったらダメだって教えたでしょう」
「すみません」
「そこ!口を動かす前に手を動かす」
「はい!」
どうも、おはようございます。モリア・クケルトです。僕が今どこにいるのかって?朝のメイドさんたちの集う洗濯場です。回収する人、洗う人、絞る人、干す人――朝から大忙しの場所に僕はメイド服を着て参入しています。
この洗い場は、上級メイドの品を洗うための洗い場で、下級メイドには練習の場になっている。まぁ、雲の上の方々の着るものをペーペーに任せるなんて土台無理な話だ。そのため、指導係もベテランの仕事らしく張り上げる声量に新人はビビりまくりだ。
「・・・あんた、筋がいいね。どこかで働いてたことでもあるのかい?」
「?いえ、ありません」
褒められた。
だが、僕はこんな事のためにここに来たのではない。早速お目当ての子が・・・いた!
「ねぇねぇ、聞いて聞いて・・・」
「ミザリー!!ちゃんと働かないと今度こそクビにするからね」
「えっ!マーリさん、勘弁してください~」
そこでみんなからどっと笑いが起きた。なんだか憎めないタイプの女の子ミザリー。彼女とどうにか接触しなくてはと思っていたらチャンスは思っているより早く訪れた。
「今日は大物洗いの日だから2人一組でしてもらうよ。さぁ、時間が無いから早く組んで」
3人組の中にいたミザリーはひとりあぶれてしまったらしく、たまたま側にいた僕に話しかけてきたので、2人で組むことにした。
「見ない顔だね。最近来たの?」
まぁ、最近来たから間違いない
「そうだよ」
「他所からでしょう?しゃべり方が違うもの」
「わかるの?」
「ここで生まれ育ってきたんだから、よそ者はすぐわかるよ~」
「貿易の街だから、よその人は多いんじゃないの?」
「うん、でも、下町まで入ってくる奴らは貿易だけじゃないと思う」
「どういう事?」
「あのね、私の家の近くにトレイフィヨンカンパニーの社員寮があるんだけど、最近そこの従業員がどうもよその人っぽいんだ~見た目はね、ガスタル人っぽいんだよ?瞳の色とか、肌の色とか、でも、なまり?アクセント?言葉の言い回しがどうもおかしいって感じるのよ~」
あたしの勘だし、信憑性ないけどね~とミザリーは次の話題へと移ってしまった。それからも、手を動かしながら彼女の話に耳を傾けると、チラホラ僕の仮説を裏付ける話が出てくる。
この辺でいいかと思い、その場から退場するため、お手洗いに行ってくる、と告げ洗い場を離れた。先ほどの話と読み込んだ資料の事を考えながら歩いていたのだが、これがいけなかった。つい、いつもの癖で着替えて帰るはずが、そのままの恰好で部屋へと向かう道を歩いていると、向こう側から歩いて来る集団が目に入った。
僕はそのまま隅の方に寄り、頭を下げ相手が通り過ぎるのを待っていたのだが、世の中そんな風にうまくは行かないらしい。
「――・・・ッ、クケルト・・?」
「・・・」
チラリと視線を向けると、唖然とこちらを見ている先輩、肩を震わせながら笑いを堪えるニック先輩、遠慮なく爆笑しているダン先輩、青ざめているスピア、その横で怒り心頭のセバスという図が出来上がっていた。
※
「誓って、趣味とかではありません。誤解です」
ここは応接間、とにかく着替えて事情を説明しろとスピアを伴い、一度部屋へと返された僕はここ数日、自分でまとめた資料を手に先輩たちの居る部屋へと急いだ。そして冒頭のセリフである。誤解は解いておかないとと思い開口一番伝えたのだが、ニック先輩は今までに見たこともない大笑い。先輩は深いため息をついた後、一周まわって可笑しくなってきたのか、ニック先輩につられてか笑っていた。ダン先輩は隅の方でうずくまっていた。放っておこう
「先輩、ここに居るメンバーはこの領に対して不利益をもたらすような方はいらっしゃいますか?」
僕のこの一言に先ほどまでの空気が一転、ピリッとした緊張感のある空間が出来上がった。
「・・・言葉の意味をちゃんと理解して発言しているのかい?モリア」
つい今しがたまで、ふにゃふにゃの形無しだったニック先輩。その瞳の奥には青い炎が燃え盛っているように見えた。さすが王族、気を抜くとこちらが気圧されそうだ
だが、こんなのでも僕だって貴族の端くれだ。端過ぎて見えないかもしれないが・・・
「もちろん理解しています。その上で問います。今からする話をここに居る方たちのお耳に入れても大丈夫ですか?」
確かにニック先輩は王族だ。だが、この領に決定権があるのはあくまで先輩だと思っている。だからこそ再度確認したのだ。
「あぁ、このメンツなら構わない」
それからは、まとめた資料、耳にしたうわさ話、変わってしまった担当、どうにもおかしいと感じる荷物、貿易先、それらを踏まえて僕がまとめた仮説を話した。
「これ、良くてクーデター、最悪、戦争が起きるかもしれませんよ?」
☆
冗談にしては笑えなかった。皆の顔が強張っているのに気づいたのだろうクケルトがすかさず、
「とは言っても、今すぐと言う訳ではないと思います。このまま気づかれていないと仮説して、準備にあと2,3年はかかる計算です」
彼の話によると、計画が始まったのがたぶん5年ほど前から、本格的に計画が軌道に乗り出したのは4年ほど前からだろうと仮説。その間に運び出した鉄と魔石で出来上がるであろう武器を計算すると、とても戦争を起こせるほどではない。なのでクーデターを視野に入れたとのこと
「でもよ、いったいどこがクーデターなんて起こすんだ?」
復活したダンがクケルトに食って掛かる
「そう、クーデターが起きるような政策をしている領がピリア国にはない。それなら、隣国であるエルラドが攻めてくるタイミングで海側のこちらの領域で何か起きたらどうなるのでしょうね?それにより得をするのは誰か」
「セバス、例のカンパニーが取引をしている場所は主にどこだ?」
「はい、ニック様。トレイフィヨンカンパニーの主な輸入国は――四ッ国連合〝えにし〟でございます」
四ッ国連合〝えにし〟は、ピリア王国から一番遠く、ドラゴンと共存する国ドラグーン〝デニア〟の隣国だ。もうこれは、俺達だけでどうにかできる問題ではない。早く父上に知らせなければと、焦りが募ったその時――パンッ!!!
大きな音に皆が注目した
「いきなりの情報に焦る気持ちはわかります。でも、人が手を伸ばせる範囲など所詮このくらいです」
そう言って両手を広げた後、いったんお茶にしましょうとセバスとスピアに頼んでいた。
入れたての紅茶を口に含むと、いつもの香りと風味にほぉっと肩の力が抜けた
長くなってしまいました。NEXT