旅
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京都駅の新幹線乗り場の改札口前で二人と待ち合わせすることになった。あれから色々話し合った結果取りあえず新幹線で博多まで行って泊まるのは別府温泉にしようということになった。ネットで大分県の観光情報を一通り調べて、どこのスポットを回るかも予めある程度決めて、皆初めての旅行を楽しみにしていた。僕の療養のために百花と蒼まで学校サボらせて何だか悪い気がするとは思ったものの二人と実際に会えるのが楽しみで仕方なかった。時計を見るとそろそろ待ち合わせ時間だ。いよいよ初対面かと思うとドキドキした。ネット上では付き合いだして既に2年以上になるけど、リアルで会っても仲良くなれるだろうか、という不安はあった。二人の顔すら僕はまだ知らないのだ。写真でも見たこと無い。どんな顔してるんだろうなと思いながら、スマホをチラチラと見て待っていた。
僕の地元で待ち合わせたので僕が一番早く到着した訳だが、待っている時間が妙に長く感じた。そうこうしている内にまた電車が着いたみたいで改札から人が駅内に流れ混んでくる。人の流れをぼんやりと眺めているとスマホが振動した。蒼からのLINEだ。
「着いたぜ。どこにいるんだ?」
心臓が跳ねた。
「改札口の前にいるよ。無地の白Tシャツに、ブルーのジーンズ履いてる」
「OK」
大勢の人が駅へと流れ混んでくるが、どれが蒼だろう、と僕は目を凝らしていた。確か以前に金髪に染めているとは聞いていたが。一人の金髪を逆立てた鋭い目つきの少年が歩いてきた。緑のポロシャツにチノパンという格好で、首にはゴツいヘッドフォンを付けていた。彼と目が合った。
「よ、初めましてだな、陽太」
ニカッと彼は笑った。
「蒼だね?初めまして」
しげしげと蒼は僕を観察していた。
「なんか、思った通りの見た目だな、お前」
「そうかな」
「まさに、儚げな美少年って感じだ」
「蒼も金髪の音楽少年って感じだね」
「まあな」
僕らは会って早々にネットで話すのと同じ感覚で笑い合っていた。
「百花はまだか?」
「うん。そろそろ着くってLINE着てたけど」
「あいつもお嬢様って感じなんかな?」
「どうだろうね」
東京の裕福な家庭で生まれ育った百花はネットで話していると深窓の令嬢というイメージだったが果たしてどんな容貌の持ち主なのやら。
「あ、着いたってさ」
「じゃあもう来るな」
一応、蒼とは既に合流したと送っておいたけど、百花の特徴についてはまだ分かってない。またホームから改札を抜け来る人達の中からそれからしき少女を探す。しかしさっぱり分からない。
「こっちの服装とか教えたのか?」
「なんか分かるからって言ってたから教えてないんだけど」
「なんだそりゃ?」
「こんにちわ」
急に横から声がしたので二人でびっくりして振り向く。白いワンピースを着たサラサラの長い黒髪の可愛らしい顔立ちをした女の子がそこにいた。大きくてつぶらな瞳で鼻は小さく背は少し低めだったが、雑誌にでも載っててもおかしくないレベルの美少女だった。
「百花か?」
「そうよ。初めましてね、陽太、蒼」
百花はニコッと笑った。
「お前、何で俺たちが分かったんだ?」
「蒼は金髪でヘッドフォンつけてるし、陽太は小柄な美少年でしょ?こんな所に突っ立っているそんな人物は多くないわ。後は勘かしらね」
「そっか。でも百花もイメージ通りだね」
「あら、どう想像通りなのかしら?」
「大人しそうに見えてちょっと人を揶揄うような感じの美少女ってとこか」
「それは褒めているのかしら?」
「よく告白されるっていうから可愛いだろうなとは思ってたよ」
「ふふ、ありがとう。ともかく、これで三人揃ったわね。時間も勿体ないし続きは車内で話しましょうか?」
「ああ、じゃあ早速乗るか?」
「そうだね。行こう」
そして僕らは博多行きの新幹線に乗り込んだのだった。
窓際の席で流れていく景色を眺めながら、僕は正面の二人の話を観察していた。蒼は音楽を聴きながらガムを噛んでいて、百花は上品に蜜柑を剥いては口に含みながら旅行雑誌を開いていた。蒼の方は髪の色でちょっと悪そうに見えるが、結構整った顔立ちで目は釣り上がっているが優しそうな色をしていた。百花はまさに正統派美少女という感じ。さぞ男子にモテるだろうなと思った。
「着いたらすぐにホテルに向かう?」
「昼飯食ってからでいいんじゃねえか?」
「僕はちょっと部屋でゆっくりしたいかな。温泉にも浸かりたいし」
「そうだねー。花が綺麗な植物園があるみたいだから私はそこに行ってみたいと思うわ」
「まあ着いてから決めたらいいんじゃね?」
「ところで体の調子はどうなんだ、陽太?」
「そうだね。何かだんだん良くなってきたいみたいだ」
よく考えたらたった2,3日の旅行では大して変わらない気もするが、切っ掛けとしては悪くないだろう。何より二人の心遣いが嬉しかった。
「このまま学校からフェイドアウトしようかな」と僕は呟いた。
「駄目よ。一緒の大学行こうって約束したでしょう?」
「もう通えないくらい辛いのか?」
蒼も百花の蜜柑をつまみ食いしながら僕の顔を真剣な表情で見ていた。
「時々生きている事が無性に無意味に思えてくるんだ」
二人は食べる手を止めてじっと僕を見ていた。
「毎日、何かの言いなりのように学校言って、気の合わない連中に混じって、詰まらない授業を受けて、あと一年以上もこんな日常が続くと思うと耐えきれなくなるんだよ」
「なるほど」
「うん、うん。そうだよね」
二人は頷いて慈愛の表情で僕を見ていた。しばしの沈黙が場を支配した。
「どうしても辞めると言うなら私達も付き合うわよ」
「え?」
「皆で学校辞めていつか言ってたみたいに無人島でも買って三人で暮らしましょうよ。毎日優雅に海で泳いで、海辺でパパイヤのジュースを飲むの」
「誰もいない浜辺で夕日を眺めながらギター弾いたら気持ち良さそうだな」
そう言って二人は実に楽しそうな顔で笑っていた。二人の無邪気な笑い声を聞いていると胸の淀みが晴れてゆく気がした。僕も笑った。
「そうだね。それも悪くないね」
「まあ今はせっかくの旅行なんだし、そっちに意識を向けましょうよ。今後本当に高校辞めてもいいけど、それはまた帰ってから話し合いましょう」
百花がそう締めくくった。僕らを乗せた列車は遠く離れた九州という未知の土地へと運ばれていく。いつもは人と居ると落ち着かないのに僕らの間には長年連れ添った友人のように寛いだ空気があった。
到着
悩める僕らを乗せた新幹線が無事博多に着こうとしていた。僕は伸びをして体をほぐす。他の乗客と共に下車して、荷物の入ったバッグを背負いながら百花はしっかり者のようでスマホのマップで周辺情報を調べながら歩いていた。
「さてお昼食べましょう。有名なラーメンの屋台があるからそこでいいわよね?」
「任せる」
「僕もいいよ」
「じゃ、行きましょう」
博多のラーメンはどんな味がするんだろうなと内心楽しみにしていた。百花は食べ物にはうるさいらしく厳選した店を予めピックアップしていたと話ながら歩いていた。
「いらっしゃいませー」
「醤油豚骨ラーメン三つ」
席についてメニューも見ずに百花がまとめてオーダーする。ホームページで調べて既に決定済みだったらしい。まあ異論はないけど。彼女は既に僕らの長女のような貫禄だった。
「にしても、駅降りてちょっと歩いただけでこれだけ屋台だらけって凄いよな。まさに新天地に来たって感じだ」
「食べたらどこに行こうか?」
「私達三人の趣味からして事前に調べたこの辺のポイントは、植物園、美術館、博物館、図書館、公園って所かしらね」
「僕はどこでもいいよ。二人に任せる」
「俺は美術館かな。ホームページ見たら今ピカソ展がやってるらしいじゃん」
「私はさっきも言ったけど、植物園にお花を見に行きたいわ」
「じゃ、さきに植物園かな。多分閉まるの早いよね」
「いいぜ」
「じゃ、決まりね」
ラーメンがきた。いただきますと口を揃えて三人で同時に食べた。一口食べてスープの濃厚さに驚く。普段食べているレトルトのものとはまるで味が違う。まるで別の料理のようだ。
「美味いな」
「ほんと。凄い美味しい!」
三人とも黙々とラーメンをすする。食べていると僕の中で徐々に別の街でまったく別の空気を吸っている実感が湧いてきた。ああ、あの息苦しい日常から今の瞬間は解放されてるんだなと思うと体が何キロか軽くなった気がした。僕と百花は時間を掛けて食べ、お腹いっぱいだったが、蒼は若干食べたりないようだった。
「続きは植物園で何か食べるかな」
見た目によらず大食いらしい。
「じゃ、食べ終わったしそろそろ行きましょう」
「電車だっけ?」
「ここからホテルの最寄り駅まで乗って、後は徒歩で移動できるわ」
満腹による眠気を堪えながら駅まで歩きゴトンゴトンと電車に揺られた。車内には僕らと同年代の学生もチラホラと見受けられる。彼らを見ながら僕はぼんやりと考えていた。この子達は何を考えて生きているんだろうな?中には僕達と同じような悩みを抱え、苦悩して生きている子もいるんだろうか?と。