帰宅
家に帰っても母さんはいなかった。多分まだ仕事中なんだろう。僕は着替えて暇つぶしに受験勉強でもすることにした。中三になって、同じ高校には通えないとなった時、僕らは大学では皆で会おうと約束した。出来るだけ良い大学に行って、こんな僕らだけどせめて頭脳だけは他に負けない所を証明してやろうと誓い合った。僕達は皆灰色の青春を送っている事にコンプレックスを持っていたけど、どこか人より特別だと信じたかったのかもしれない。拭いがたい劣等感を持つ人間にはよくあることだ。
幸い勉強はそれ程苦にはならない。英文法の参考書を読みながら、所々怪しい単語と文法の知識を拾いつつ完璧なものにしていき、その後で長文読解の問題をいくつか読み解いていった。答え合わせをすると全問ではないが大体正答だったので気分を良くして次に掛かる。今度は古文をやることにした。アルファベットは若干苦手だが、国語は結構好きだ。古文の単語を覚えてこれも長文を読んで訳と照らし合わせて読解力を増していった。やっぱり古文や漢文の方が得意だな。一番は現国だけど。後で日本史と世界史もやらないとな。
静かだった。ふと窓の外を見ると、既に日が落ちていた。時計を見ると、七時を過ぎている。母さん遅いな。仕事がまだ終わらないのだろうか。まあ、顔を合わせない方が気楽でいいけど。しかし、夕飯はどうしよう。別に料理が出来るのでいざとなったら自分で作れば良いだけだけなんだけど、何となく帰ってくるのを待つことにした。
ちょっと休憩しよう、とコーヒーをいれてスマホをいじる。蒼と百花からLINEが届いていた事に気づいた。
「久しぶりにチャットでもしない?」と百花。
「僕はいいよ」
「塾終わった。陽太は勉強どうよ?ちゃんとやってるか?」
蒼も帰ってきたようだ。
「さっきまでやってたよ。今は休憩中」
「百花が久々にチャットで話そうってよ。陽太はどうだ?」
「じゃ、Skypeでいい?」
「いいわよ」
「分かった。じゃあインしておくぜ」
ポンと効果音がして、蒼と百花がログインしてきた。僕らは会議を開いて、最初は文字でチャットする。
「こんばんわー」
「よう」
「なんだか久しぶりな感じがするね」
「退屈で苦痛な一日が終わってようやくリラックス出来る時間が来たって感じだわ」
「それな」
「皆今日の学校はどうだった?」
「どうもこうもねーよ。授業中はスマホ開きながら聞き流して昼はぼっち飯で放課後になったらさっさとばっくれるだけだ。いつも通りだぜ」
「私は、今日また告白されたわ。三年の知らない人だったけど結構人気ある人だったらしくてね。体よく断ったけど、また噂になっちゃうかもしれないわ」
「へえ」
「またか。モテる女は辛いな」
「おかげで休み時間なんかは他の女子からコソコソ陰口叩かれてたわ。その内机の中にカッターの刃でも入ってそうね」
「本当男にはモテるよな、お前」
「興味のない人に好かれても仕方ないわよ」
「大変だね。僕は今日は午後からずっと図書室に籠もってたよ」
「おいおい。また授業サボったのか?」
「駄目よ、陽太。あまり問題行動ばかり起こしていると、退学になっちゃうわよ」
「大丈夫だよ。それに、ちゃんと図書室で自習してたからさ」
「まあ、陽太の学校は自由なのが売りらしいからな。ネットでの評判を見る限りは」
「蒼は塾で何やってたの?」
「今日は日本史と現国だったな。学校よりはマシな授業だったけどやっぱ家で本読んでる方が楽しいな」
それからも僕らはネット上で駄弁りあっていた。
「私、そろそろ落ちるわ。明日も早いしね。あー、学校やだなあ・・・」
「そうだな。俺も飯食って寝ねえと」
「じゃあ、またね」
二人とも表示がオフになった。結局2時間程話し込んでいた。明日も学校だな。百花じゃないけど、面倒なことこの上ない。
不調
ネットの情報を見ていると高校二年から不登校になる人も一定数いるらしい。一年生の間は通えていたのに、二年になって途端に行けなくなる人。どうやら僕もその例に近い人種のようで最近ストレスによる不具合があちこちに現れてきていた。何だか、前にも増して無気力になったり、イライラしたりするようになった。体の調子もあまり良くない。学校までの道のりが遠く思えるようになってしまった。丁度良い口実が出来たので、この頃は堂々と保健室へ行くようになっていた。
ベッドで寝転がりながら、スマホをいじる。蒼と百花にメッセージを送って寂しさと退屈さを紛らわしていた。
「ごめん。僕は卒業できないかもしれない」
「困ったわね。お医者さんには行ってみたの?」
「医者はあまり好きじゃないんだ。多分、行っても治すことは出来ないだろうしさ」
「何か気分転換でもしてみたらどうだ?何日か学校休んで好きな事をしてみるとかよ」
「そうだね」
二人とも心配してくれて、授業の合間にこうして返信をくれる。しばらくして二人は授業に戻っていった。僕も大人しくベッドの上で一人静かにスマホでKINDLE読んでいた。そうこうしてる内にいつの間にか眠っていたらしい。目を覚ますと机に先生からのメモがあった。
「会議に出てくるから起きたら早めに帰宅しなさい。後日ちゃんと病院に行くように」と。言われた通り今日はさっさと帰ることにした。
何だか最近やたらと眠くなる。鬱とか心の病気なんだろうか。ぐーすかと家でも夕飯時に母さんに起こされるまで眠りこけていた。
目を覚ましてスマホを見ると案の定蒼と百花からメッセージがきていた。
「具合はどうだ陽太?」
「さっきまでずっと寝てたよ」
「あなたは人一倍繊細なんだから、やっぱり専門家に相談した方がいいわよ。こないだ言ってたカウンセラーさんの所にもう一度行ってみるとか」
「・・・そうだね。多分また母さんに連れて行かれると思う。所で二人共時間あるならまたSkypeでもしない?」
本を読む気にもなれず、退屈だったから誰かと話がしたかった。
「いいぜ」
「私も今日は習い事も終わって時間あるからいいわよ」
「じゃ、今からログインするよ」
僕は机に向かい、パソコンを起動させた。
「よう」
「こんばんわ」
「陽太、今日学校には行ったの?」
「うん。保健室で寝てたけど」
「そうか。俺も授業中寝てたいぜ」
「私も。まあ、私達皆学校嫌いだしね。ストレス溜まってるのは三人共同じか」
「帰ってからは何してたの?」
「俺はギター弾いたりアニソン聴いたりちょっと作曲進めたりな」
「私はユング心理学の本読んでたわ。ほら、陽太が病気でカウンセリング受けてるっていうからちょっと興味を惹かれてね。知識があったら陽太の相談に乗ってあげられかもしれないから」
「そっか。百花は優しいね」
「そうでもないわよ」
「俺も読むかな。何て本だ?」
「河合隼雄先生の本よ。知ってるでしょう?有名なユング心理学者の人。取りあえずユング心理学入門ってのを読んでみたけど」
「ああ、京大の教授ね。本屋で見たことあるな」
「読みやすくて結構面白いわよ。不登校の話も沢山出てくるし」
「ふうん」
「でもね、陽太。真面目な話、あなた無理して学校行かない方がいいんじゃないかしら?これ以上症状が重くなって、体にまで症状がが出たら大変よ?」
「うーん。そうなんだけどさ・・・」
「親がうるさいのか?」
「そうでもないけど、休んで家にいるのもちょっと苦痛かもと思ってさ。一人きりだし」
「んじゃ、どっか旅行でも行ってきたらどうだ?お前、旅してみたいっていつか言ってたじゃん?」
「旅か。でも一人で旅っていうのもなあ」「じゃあ、皆で学校休んで旅行でも行きましょうか?」
「マジで?」
「僕だけじゃなくて二人も休むってこと?」
「まあ、二泊三日くらいならいいんじゃない?皆で温泉でも行きましょうよ」
「まあ、俺ん家は放任だから何とかなるけど、百花は大丈夫なのか?」
「研修旅行ってことにしといたら多分親にはバレないと思うわ」
「いいね。皆とは一度顔合わせしてみたいと思ってたし」
「じゃあ、行くか。今度の週末にでも」
そういうことにまあなった。