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07 後輩たち

 死神鉄道の事務所は冥界府にある。駅からは歩いてもそれほどかからない。列車を停めておくための車庫からは多少距離があるが、車を使えば二十分程度の位置関係だ。

 新米死神は紅桜と別れたあと、寄り道することなく事務所へ戻った。

 三階建てのオフィスで、一階は応接室と職員用のデスクが置いてある。二階は仮眠室と備品庫、三階は管理官の部屋と制御室になっている。三階にはほとんど入ったことはないが、先輩たちの話によれば制御室は運行中の列車の動きを管理するための設備があるのだとか。


「お疲れさん」


 一階のドアを開けて入ると、同期のひとりがハイタッチを求めた。金髪をオールバックにした、野生児感あふれる顔立ちをした死神だ。

 快く片手を差し出し、バチンと良い音を鳴らした。ノリのいい奴と思ったのか、金髪オールバックは肩に手を回してきた。


「お前、乗客とトラブったんだって? ツイてないなあ。今回が初仕事だってのに」


「そうなんだ、駅に着くなり「降りたくない」、だもの。どうしたらいいのかわからなくて、あたふたしちゃったよ」


「嫌だよなぁ、そういうの。どうせ死んだら皆エンマ様のトコ行かなきゃいけないんだから、大人しくついてきてくれっつーの。はっきりいって迷惑だよな」


 背後で椅子にもたれていた数名からそうだそうだ、と同意する声が上がった。

 

「でも助かったよ。紅桜先輩がすぐに駆けつけてくれたんだ。鎮魂霊符を使ったときのリカバリーもしてたし、カッコ良かったなぁ」


「紅桜先輩かあ」


 金髪オールバックは腕組みして唸った。すると、背後から青い髪をぼさぼさのアフロにした死神が口を挟んだ。

 

「最初はずいぶんちっこい先輩だなあって思ってたけど、管理官に常務って聞いたから驚いたよな。オレっちたちなんて指先一つでクビにできる人だからさ」


 青髪アフロは首の前で手刀を横に薙いだ。舌をべろんと出して苦しそうな表情をしていた。迫真の演技だった。

 

「わかるわかる。でも不思議と嫌な感じはしないんだよね」彼はこっくりと頷いて肯定した。


「なんというか、典型的な上司とは違うタイプだよな。あの人」青髪アフロが鼻の横をかいた。


「わざわざ現場で自ら舵を取る、っていうのが珍しい。そんなこと、もっと下のヤツに任せればいいのに」


「その下がいないらしーよ」


 派手な化粧をした女の死神が身を乗り出した。制服のシャツを第二ボタンまで開けている。こんがり焼けた肌がちらりと覗いた。


「どういうことだ?」金髪オールバックが訝しげに聞き返した。


「今の鉄道部門はほとんど紅桜パイセンひとりで管理しているんだって。前に聞いたんだ、どうしてお偉いさんなのに現場に出てるのか」


 黒ギャル死神の聞いた話は次のようなものだった。


「出たくて出てるわけではありません。出なきゃ仕事が回らないから出ているだけです。本当はもっと車掌業務ができるマンパワーがあればいいんですが、私が管理官と常務を任命された前後に大幅な人事異動があったんです。それでほとんどの鉄道部門にいた当時の上官が別部署に配属されてしまって。そういうわけで残っているのは片手で数えられるくらいしかいない、というわけです」


 さらに紅桜はこうつけ加えていた。


「私のことを仕事一筋な人だと思われている方が結構な数いらっしゃいますが、大きな間違いです。私はこんな、いつ終わるかもしれない仕事なんてやりたくないですし、できることならやらずに済むに越したことはない、とさえ考えます。そんなことをするより、溜まった積読本を消化したり、ふかふかなクッションでお昼寝してたいんです。サボりたくて、しょうがないんですよ? 本当は」


 ただし、サボりはサボりでも後味の悪いサボり方は嫌いなんです、と紅桜は嘯いていた。


「へええ……」


 死神たちの反応は様々だった。意外そうな感じの者もいれば、同情寄りの意見を出す者もいる。

 ただ、ここにいる大多数は紅桜にそれほど悪いイメージを持っていない。ちっちゃくて働き者で、しっかりしていて、困ったときには頼りになる、というのが彼女に対するおおまかな共通認識だった。むしろ、何がなんでも仕事を優先する熱血タイプだと思っていた諸君からは、意外な面を知れた、と好感触だ。


「じつは紅桜先輩、ちょっと近寄り難いって思ってたんだわ、俺。ずっとため息ついてるし、仕事にかんしてはかなりストイックだし」


「あーしも。お堅い感じだなーって印象だったけど、案外可愛いトコあるじゃん、って」


 彼らは口々に上司に対する思い思いの評価を話題に上げた。ここに集まっているのは、配属されて日の浅い死神ばかりだ。ほとんどが同期に近い。顔見知りでもあった。

 がらり、と事務所入り口の扉が開いた。死神たちの視線が一斉に集まる。入ってきたのは、紅桜ではなかった。

 醒めるような紫の髪をドリルのように巻き上げた、つり目の少女。背丈は紅桜とさほど変わらない程度だが、彼女と違い、制服のコートを羽織り、シャツの隙間から大胆に露出させた胸元は、思わず目を見張るほど豊かだった。不敵な笑みを浮かべ、彼女は蹴り上げるように扉を閉めた。


「よお。揃ってるようだな、新米ども」


「し、紫龍先輩……」


 青髪アフロが慄いて呟いた。すると、少女は途端に険しい顔に変わった。


「監督、が抜けてるぞっ」


 紫髪の少女───紫龍は、正面にいた青紙アフロの脛を蹴り上げた。いきなり弁慶の泣きどころを襲撃され、悶絶して膝をつくと、彼女は履いているヒールの踵を膝を抱えてうずくまっている彼の後頭部へ押しつけた。


「あいつと同じにするんじゃねー。わざわざ先輩呼びさせてるのは、親近感湧かせようって魂胆だ。部下の点数稼ぎしようってのが見え見えなんだよ。おかげであたしまで低く見られるじゃねーか」


 ガリッ、と紫龍はなにかを噛み砕いた。そして制服のポケットから小さな包装紙を取り出すと、それを破って中身を口に放り込んだ。

 床に投げ捨てられた包装紙は、飴玉のものだった。様々な果物のイラストが描かれている。青リンゴ味だった。


「でも、紅桜先輩のほうが上官なんですから従うのは至極当然ではありませんか」青髪アフロが踏んづけられたまま挙手した。


「馬鹿か。あいつより、あたしのほうが歴が長いんだ。本当なら管理官はあたしになるはずだったんだよ」


 紫龍はぐっと足に力を込めた。その下で、悲鳴が上がる。


「それが、なんだ。管理官と常務を兼任って。こんなふざけた話があるか。そもそもなんであたしのほうは現状維持なんだ」


 ぶつぶつ悪態をつきながら、紫龍は爪を噛んだ。

 そういうところが評価されなかったんじゃ、と後輩たちは一様に思った。

 彼女は数少ない、車掌ができる死神だった。

 年功序列制で昇進するはずのところを、後入りの紅桜が自分より上の立場になってしまったのが、気に食わないらしい。だがいくら相手が後輩だろうと、上司は上司。本来であれば、彼女も紅桜には頭が上がらない存在だ。

 しかし、当の彼女は紫龍に対して食傷気味だった。以前から高圧的な態度を繰り返す彼女に、辟易して避けがちになっていたのだ。そのせいで、紫龍はまるで八つ当たりのように後輩たちに当たり散らすようになった。


「やっぱり、人事は見る目あるかも」


 誰かがポツリと呟いた。その意見に、事務所内にいた死神のほとんどが首を縦に振った。


「なんだなんだ。おまえたち皆揃って、あいつの信者か」

 

 紫龍は口元を歪めた。苦虫を噛み潰したような、渋い表情だった。

 地獄耳かよ、と死神たちは頬をひくつかせた。

 




 



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