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05 判決

 入ってきたのは、髪を気怠そうに弄りながら虚ろな表情をした紅桜だった。

 先に判決が下った魂たちから注目が集まる。鬼たちは入ってきたのが紅桜だと気づくと、口々にお疲れ様です、と 労う言葉をかけた。

 閻魔大王はというと、面白いものでも発見したようにぱっと明るい顔になり、口の端を吊り上げた。


「よー、紅桜。そろそろ来る頃だと思ってたぜ」閻魔大王が親しげに手を振った。


「息災でしたか、閻魔大王様」紅桜は制帽を脱いで一礼した。あくまで立場は閻魔が上であると心得ている。


「オレは元気ハツラツそのものよ。ただまあ、身体のほうは鈍ってきてるかもな。ここのとこどうも運動不足だ」首を回し、ポキポキ指を鳴らす。


「閻魔堂に籠られていては当然です。地獄にでも視察に行かれたらどうでしょうか。鬼たちは喜ぶと思いますよ」


「ダメだ、ダメだ。接待なんてのは性に合わん。いらん気を使わせるのも願い下げだしな」


 豪快に笑いながらも、閻魔大王は紅桜に近くの椅子に座って待つよう勧めた。


「いえ、お構いなく。私はお客様の引率に来ただけですから」


「つれねぇなあ。まあ、いい。どうせ次の魂で最後だしな。悪いがこのあともしっかり頼むぞ」


 閻魔大王は目線を正面に戻した。その先には両サイドを黒い鬼が舐めるように睨みつけている男の魂が残っていた。列車の降車拒否をして揉めた男だった。


「ひっ、ひい……」


 全身を震えさせ、歯をカチカチ鳴らしながら、男はちらりと背後にいる紅桜に目配せして助けを求めた。

 しかし、紅桜はこれから仕上げなくてはならない報告書に記載する内容を精査するため、鬼たちに具体的に何があったのかを質問しているところだった。


「いい加減諦めな。ここで暴れたら、余計に罪が重くなるぞ」


「お、おらは信じねぇ。こんなの、悪い夢だ」


「夢と思いたいのは勝手だがな、こいつに載ってるのは事実だけなんだぜ」閻魔大王が閻魔帳の表紙をトントン、と人差し指で叩いた。


「うるさいやい。だいたい、あんたみたいなちんちくりんが、閻魔様だなんて信じられるか」


 男の喚き声に、鬼たちの目つきが変わった。身がすくむほど恐ろしい咆哮をあげ、血走った眼をもって睨みつける。

 黒鬼はぴったり息のあった動作で男の足をすくいあげ、床に仰向けで倒すと腕を片方ずつ踏みつけた。


「ぎゃあああっ」


 苦痛に満ちた悲鳴が白洲の間に響き渡る。判決を既に終えた魂たちは、その様子に皆たじたじだった。


「制裁を加えるのは構わんが、今はそれくらいにしておけ。先に判決を終えんと、他の奴らを待たせることになる」


 閻魔大王の鶴の一声により、鬼たちは大木のような足を男の上から退けた。

 表情は明らかに不服そうだったが、次はないぞと言わんばかりに金棒を床に数回叩きつけた。


「よし。さて、オマエの名前は……擦元銅太郎。で合ってるか」


「え、あ……はい。合ってます」男は腕を抱えながら息も絶え絶えに答えた。


「死因は事故死とあるな。雨でスリップしてきたクルマに轢かれたが、そのときオマエは赤信号を無視して交差点を渡っていた。これはオマエ自身の過失だな」


「な……どうしてそんなことがわか……いや、わかるんですか」


「この帳簿にはオマエたちが生前にした行いが事細かく書かれてるんだ。まぁ、逐一死神たちが現世を覗いて書き足してるんだが」


 紅桜は腕組みをしてうんうん、と頷いた。

 死神が受け持つ業務は数多く、複数の部署がある。部門によって担当する主な役回りが決まっている。

 部署はそれぞれの管理官が最高責任者となっており、全体の指揮は取締役が最終的な判断を任されている。

 紅桜は鉄道部門の管理官とその上の取締役を兼任している形であり、実質的に死神の長といえる立場だった。


「い、いちいちそんなの書いてるだか。でも、それはおらには見せてくれねぇんだろ」


「お、見たいか? 見たいなら見せてやるぞ」


「へ?」


 閻魔大王の態度に、擦元銅太郎はぽかんと口が開きっぱなしになった。


「流石にこれを直接渡すわけにはいかないがな。───おい、ケルベロス」


 くいくい、と閻魔大王が指先を動かすと、礼儀正しくお座りしていた三頭犬がふいに立ち上がった。

 ケルベロスは背後にあった巨大な鏡を咥え、それを自分の前へ静かに安置した。

 鏡はちょうどケルベロスの頭身と同じほどの大きさで、台座に沿って半円の形をしている。縁には互いが尾を喰らいあう蛇の装飾がされており、表面は何故か霞がかかっているかのように曇っていた。


「聞いたことはないか? こいつは浄玻璃の鏡っていうんだ。現世の日時を指定すれば、その日の光景が鏡に映る。生前のオマエの行動を全部見せてくれるぞ」


 閻魔大王が愉快そうに笑った。対して擦元銅太郎はみるみるうちに顔色が悪くなっていく。


「ものは試しだ。さっそくやってみるとするか。オマエが死んだ日にちは……」


「わ、わあああっ! やめて、やめてくださいっ」


 真っ青になった顔をさらにしわくちゃにして、銅太郎は手を合わせて祈るように懇願した。


「なんだ、オマエが見たいといったんだろ」閻魔大王はわざとらしく首を傾げた。


「大丈夫、大丈夫です。勘弁してください、閻魔様」


 慌てふためいてぺこぺこ土下座をする銅太郎に溜飲が少し下がったらしく、鬼たちの頬が緩んでいった。

 相変わらずの余興好きだな、と紅桜は思った。

 閻魔大王は陰鬱な空気を好まない。大勢が楽しいこと、笑えることが大好きな人柄だ。騒がしいと億劫になってしまう自分とは相容れない、と何度か思ったことがあるが、それでも不思議と面倒くさいとは感じさせない。

 ただし、統括管理官と取締役という重役を押し付けるように任命した件に関しては、どちらかというと恨みに近い感情を抱いている。


「わかればいいんだよ、わかれば。んじゃ、オマエの生前は……なんだ、こりゃ。窃盗が三桁に傷害致死が二件だって? オマケに詐欺までしてるじゃねえか」


 閻魔大王は顔をしかめて、帳簿の内容をどんどん読み上げていく。

 銅太郎は揉み手をしながら、猫撫で声で彼に尋ねた。


「あのー、閻魔様。おらのやったことは全て認めます。ですから、せめて刑を軽くしてくれたりはできませんかね。おねげえしますだ」


 苦笑いを顔に貼り付けて減刑を望む銅太郎。しかし、閻魔大王は聞く耳を持たなかった。勢いよくガベルを持ち上げ、打撃板を何度も叩いた。


「なにをどうしたら減刑にできるんだ? 前科百犯の極悪人じゃねえか。恩赦の余地、まるでなし。地獄だ地獄。地獄行き、決定。とびきりキツイところにブチ込んでやるから覚悟しとけ」


 カァン、カァンと歯切れの良い音が白洲の間を満たしていく。


「そんなあああっ」


 閻魔大王の判決に、銅太郎は頭を抱えて絶叫した。

 鬼たちが歓喜の声をあげたのは言うまでもない。「よっしゃあっ」「思う存分シバけるぜぇ」「覚悟しやがれ、この野郎」と拳を天に突き上げて意気込んでいた。

 その中でも銅太郎の隣に立っていた上位の鬼、重罪犯の仕置きを担当する黒鬼の二人がとびきりイイ笑顔でほくそ笑んでいたのを、紅桜は見逃さなかった。





 


 


 


 


 



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