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03 鬼の守り番

 車庫で簡単な整備を済ませた夢幻列車は、ポイントを現世・冥界線から環状線へと切り替え、客車の三両を切り離した五両編成で再び冥界府の駅へ戻ってきた。

 これから発車するのが冥界府発の地獄行き。終点は地の獄の入り口にあたる地獄門だ。

 天国行きはもうひとりのベテラン死神が担当することになったため、紅桜はこのまま地獄行きの列車に乗車して車掌業務を行う予定だった。本当ならば他の車掌に交代する手筈だったのだが、その車掌が乗車していた環状線がトラブルで遅延している。

 駆け込み乗車の対応ということで数分ではあるが、ダイヤ上はこちらの始発に交代が間に合うか怪しい。やむなく紅桜が継続運行を任せられることになった。


「……仕方ないですね、不慮のトラブルでは」


 紅桜はふう、と小さく息をついて報告を受け取った死神手帳をぱたりと閉じた。現世・冥界間の長時間運転の後に仕事が重なったためか、ややふて腐れ気味に頬を膨らませた。


「そんなに厳しい時間配分なんですか、交代って」

 

 新米死神が意外そうに問いかけた。彼は冥界府駅でのトラブルからずっと、紅桜と共に作業をこなしていた。


「厳しい、というより出来たらラッキー程度です。なにしろ車掌業務にあたっている死神は、代行の私を含めても四人しかいないんですから。現状の運行状態を継続するのも、結構無理してるんですよ」


「四人……って、同時の運行本数が二本でも厳しいですよね」


「はい、特に現界線は以前に比べて大幅に本数が減少してしまいました。こちらとあちらでは時間の流れが少々異なりますが、それでも一度現世に向かうと数日単位でこちらの業務を空けることになりますので」


「……じゃあ冥界線のほうは変わらなかったんですか?」


 彼にしてみればなんとなく訊いてみただけの質問だったが、紅桜の瞳がきらりと光った。


「いいところに目をつけましたね。結論から言えば、冥界線の本数もたしかに減少してはいますが、現界線と比較するとそれほど縮小はされていないんです。さて、それはどうしてでしょう」


 人差し指を立て、愉快そうににまにましながら紅桜は部下の回答を待った。

 しばしの間、彼はぶつぶつ呟きを漏らしながらうんうん唸っていたが、やがてある考えに到達した。


「冥界線のほうがお客さんが多いから、でしょうか」


 すると、紅桜は少し残念そうに唇の端を歪めた。


「ちょっと惜しいです。半分正解、といったところですかね」


「半分、ですか」


「ええ。もちろん利用者の数は関係がありますが、最たる理由は別にあります。意外と単純なことですよ」


「単純……」


 彼はまた思考の海に沈んでいったが、紅桜はそれを待ったをかけ、引き揚げた。あまり長い話になるのも考えものだと思ったらしい。


「答えをいってしまうと、停車駅の数です。事務所に置いてある資料を読み込んでいればすぐに気づくんですが、じつは二つの路線は停車駅の数が倍以上違います。冥界線に比べると、現界線の停車駅のほうが断然多いですから、そのぶん運行時間も長くなるというわけです」


「な、なるほど。停車駅が多いぶん、それらの停車時間と走行時間もプラスされる、というわけですね」


 その通りです、と紅桜は首肯した。そして上着の内側から懐中時計を取り出すと、現在の時刻を確認した。


「さて、他愛ないお話に付き合っていただいてありがとうございました。お疲れ様です。あとのことは私が」


「はい、先輩もお気をつけて」


 紅桜はプラットフォームに降りて、新米死神と労いの言葉を掛け合った。彼の仕事はひとまず完了したため、先に事務所に戻るように伝えた。

 静かに手を振って彼が立ち去るのを見送ると、自分は安全確認のため各車両についているエアブレーキをひとつひとつチェックしていった。


「異常なし。さて、お客様のお迎えに向かうとしましょうか。あまり気乗りはしませんが」


 空気の流れを開閉するバルブが全て正常になっていることを確認すると、紅桜は両の手を絡めて天に向け、ぐっと反るように伸ばした。

 それから駅に常在している駅長の死神に夢幻列車を発車までしばらくホームに置かせてください、と送魂霊符で伝え、ゆったりとした足取りで閻魔堂に向かった。


 冥界府駅から徒歩で数分。ほどなくして厳ついフォルムをした建物が姿を現した。

 閻魔堂は冥界府で最も巨大な建造物であり、移動の利便性を兼ねて冥界府駅は閻魔堂に隣接している。

 黒塗りの壁で覆われた本殿の上には赤と黒で色分けされた四階層からなる天守閣がそびえ立つ。手前には対岸が霞んで見えるほど長大な堀があり、そこには河を跨ぐようにして橋がかかっている。


「お勤めご苦労様です」


 橋の手前には長槍を抱えた見張り二人が立っていた。

 ひとりは赤い肌で頭上に一本角が生えており、虎柄の衣を見に纏っている。もうひとりは青い肌の二本角でこちらも虎柄の衣を身につけていた。

 彼らの背丈は紅桜の倍以上で、露出した腕や足は筋骨隆々。さらには口元からひょっこり牙が覗いている。

 得物は金棒ではないが、その風貌は和の国に伝わる怪物、鬼そのままだった。


「あぁ、紅桜さん。いつもご苦労様です」


 今にも誰かに襲いかかりそうな粗暴な印象とは裏腹に、赤鬼は非常に丁寧な物腰で挨拶を交わした。ビシッと頭に片手を沿わせるように敬礼を交わし、背筋を伸ばした。

 青鬼のほうも同じくお互いを労う言葉を掛ける。


「判決はもう終わりましたか」


「あと少しだと思いますよ。もう並んでいる魂はいないので、中にいるので最後でしょう」赤鬼が唸るような低い声で本殿を指差した。


「そうですか。出発の遅延も覚悟しましたが、問題なく定刻で列車を出せそうですね」


「なにかあったんですか」青鬼がそれとなく尋ねた。


「少々、お客様とのトラブルがありまして」紅桜はつくり笑いを浮かべて回答を濁した。


「それって最後に死神さんたちが連れてきた男ですかね」


 紅桜はこっくり頷いてそうです、とだけ伝えた。すると二人の鬼はやっぱり、という顔つきになった。


「あの男、この橋の前でも暴れたんですよ。霊符を剥がしたら一目散に逃げ出そうとしましてね。自分たちが追いかけてくるのを見たら、青い顔して前につんのめって倒れて。それでもじたばた振り解こうとするもんだから、中に控えていた仲間たちが出てくることになりました。結局、腕を二人で担ぎ上げて無理やり連れていきましたが」


 鬼たちはさぞ迷惑だった、といわんばかりに顔を歪めた。もともとが強面なのにさらに恐ろしい形相になる。

 紅桜はそうですか、と同調してため息を吐いた。自分が提言した言葉はあの男には何一つ伝わらなかったらしいことに、ほとほと呆れた。


「これ以上の面倒事は勘弁して欲しいんですけどね。ただでさえ納期前の決済書類が積み重なっているのに、魂の問題行動には私が報告書をいちいち書き上げなければなりませんから」


 また仕事が増えてしまいました、とがっくり肩を落として嘆く紅桜に、鬼たちは同情するようなしんみりとした視線を向けた。彼女がとてつもないハードワークをこなしていることを、彼らはよく知っていた。


「自分たちが手助けできればいいんですが……」


 申し訳なさそうに俯く鬼たちに、紅桜はひらひらと手を振った。


「大丈夫です、人材不足はこちらの問題ですから。それより、その気持ちを引き摺らないでください。心の不調は身体以上に業務進行に響きますから。死神には死神の、鬼には鬼の適所があります。自らの役割を全うすることに注力すべきですよ」


 この言葉で多少気が楽になったらしく、鬼たちは誇らしいような照れくさそうな、なんともいえない顔つきで角を掻いた。


「では私は閻魔様に謁見して来ます。この後も車掌代行の業務がありますので」


「わかりました、どうぞ通ってください。……それからもし、休暇申請を出されるときは自分たちも影ながら支持しますので」


 鬼たちの心遣いににっこり頷いて、紅桜は橋板に足をかけた。この閻魔堂へ渡る橋は通る都度に手形と要件を守り番である彼らから問われるが、職務柄で頻繁に訪れる紅桜は顔パスだった。

 


 


 


 

 

 

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