01 死神の上司
以前に投稿していた作品に重大な描写ミスがあったため、削除致しました。せっかく書き起こしたストーリーだったので書き直すつもり……ですが、いつ投稿できるかは不明です。
書き直しの途中で色々とアイデアが湧いてきたので、そのうちの一つを投稿していきます。
「あなた、馬鹿なんですか。それともどうしようもないお馬鹿さんなんですか」
走る蒸気機関車の先頭車両、機関室で三人の人物が立ち話をしていた。
一人はこの列車の車掌さんで、赤くふわふわした長い髪に灰がかった瞳が特徴的な少女だ。背丈は低く、顔つきが幼いのも相まって中学生くらいにしか見えない。上着を着崩した黒い制服と制帽、首から紐で提げられた改札鋏とホイッスルが彼女を運行に携わる人物だと証明していた。
二人目は背の高い黒服の女性で、短く肩のあたりで切り揃えた黒髪と目元を覆うサングラスが印象に残る。すらっとした体型なのもあってか、ばっちりスーツを着こなしていた。
しかし、現在サングラスの奥の瞳は激しく狼狽しているようだった。
「ですが、先輩。もしこれが事実なら……」
「それはそれ、これはこれ、です。仮に事実だったとしてもどうして私に連絡しないんですか。正式な切符を持たない魂を列車に乗せるのは重大な規律違反です。反省文程度では済まないことくらい、理解しているはずでしょう」
「それは、その……あたしの送魂霊符が尽きてしまっていたので」
自分でも言い訳がましいと思っているのか、黒服女性の声は次第にか細くなっていく。
車掌はそんな彼女に大きくため息をつき、怒っているとも呆れているともとれる冷めた口調で指摘した。
「完全にあなたの怠慢じゃないですか。あれだけ送魂霊符の数は常に余裕を持っておくように言っていたはずなのに、どうして補充を怠ったりしたんですか」
「ご、ごめん……いや、申し訳ありませんでしたっ」
ぴしゃりと正論を突いた車掌に、黒服はしどろもどろになりながら謝罪した。
腰を折り、頭を下げながら肩を震わせる様を目の当たりにして、車掌は少し溜飲が下がったのか肩をすくめてもういいです、と姿勢を直すように促した。
「はぁ……。相変わらずですね、あなたは。そうやって誰彼構わず放っておけない、おせっかいなところ。研修時代から全然変わってませんよ」
「……それ褒めてるんですか、それとも貶してるんですか」
「皮肉です。まるで成長していない後輩に心底がっかりしてるんですよ」
「ひ、ひどいですよぉ」黒服は涙目になった。
「あなたがそれを問える立場だとでも。断っておきますが「仕事が忙しかった」は言い訳として認めません。私が普段どれだけの仕事を抱えているのか、知らないわけではないでしょう」
「うう……面目次第もごさいません」
もう一度深々と頭を下げた黒服を尻目に、車掌は彼女の隣に立ち尽くしているもうひとりの人物に視線を向けた。
その人物は白い浴衣を着込んだ老人だった。長く伸びた髭に細い目元、頭上に白い三角形の布がぼんやり浮かんでいる。年齢はかなりの高齢のはずだが、そのわりには浴衣のシルエットががっしりしている。
格好はいわく死装束、というやつだ。乗客のほとんどはこの衣装で列車に乗ることになる。上着としてコートなどを羽織っている魂もいるが、それは集団の一部に過ぎない。
「改めまして。私は死神鉄道統括管理官及び常務取締役兼車掌業務代行を務めている者です。この度は私の後輩がご迷惑をおかけしたこと、深くお詫びいたします」
少し大きめだった制帽を外し、車掌は長ったらしい自分の肩書きを述べて自己紹介した。
彼女らは姿形こそ人に見えるが、実体は冥界と現界を行き来する魂の導き手たる死神だ。そしてこの列車が通っているのはその狭間にあたる部分で、行き先は冥界である。
乗車しているのは現界発冥界行き、通称冥界線。黒服と隣り合って座っていた老人の切符が正規のものと違っていたので、車掌が客車から連れ出して問答していたところだった。
老人は恐縮した様子で自らの毛髪の薄い頭部を撫でた。
「……ええと、死神さんの上司の方でらっしゃいますよね。丁寧なご挨拶ありがとうございます。すごいですね、管理官に取締役とは」
「そんなに大した役柄ではありません。ただの中間管理職です。いつの間にか手が回らない仕事を押し付けられてしまったんですよ」車掌はため息混じりに憂いた。
「いえいえ、立派なものです。わしなどは周りの方へ常に迷惑をかけて生きてきました。それを思えばあなたはよくやっておられる。先のやりとりを見ていても、責任感と思いやりの強いのがよくわかります」
「思いやり、ですか」車掌はちらりと横にかしこまった黒服に目線を投げた。「部下にもそれが伝わっているといいのですが」
黒服ははっとした顔つきになり、サングラスをかけ直し、ネクタイを今一度締め直した。
その様子を見ていた車掌はふっと口元を緩めた。すると老人はそうだ、とこう提案してきた。
「二人も死神さん、というのでは少々ややこしいですな。あなた様はなんとお呼びすればよろしいですか」
「死神には個人の名前という概念がないので、車掌さんで結構です。周りからは便宜上、紅桜なんて呼ばれてますが」
「くおう、さんですか。どういう字を書くのかな」老人は空中に指でなぞる仕草をした。
「和の国の表記ではべにいろの紅にさくらの桜だそうです。誰かが発案したらしいんですが、どういうわけか今ではすっかり定着しています」
「いやいや、良い名だと思います。では紅桜さん。あまり死神さんを責めないでやってくださいませんか。彼女はわしの頼みを聞いてくださっただけなのです」
車掌はゆっくりと目を伏せた。制帽を被り直し、小さく息をつく。
「そういうわけにはいきません。魂が起こした問題行動はもちろん、死神側の不手際も全て報告することになっています。まぁ最終的にその報告を受けるのは私なわけですが」
「最終的に?」
「はい。役職の関係上、この件を上に報告するかどうかは私の判断に委ねられます。私の上はもう死神の長、つまりあなた方の世界でいう閻魔しかいません。押し付けの肩書きもたまには役に立つ、というわけです」
「それでは……報告は保留するつもりなのですか?」
「現状は、です」
紅桜は人差し指を立て、黒服に説明口調で指示を飛ばした。
「ひとまずこの件は私が預かります。仮に事実だとすれば冥界府にとっても見過ごせない問題に発展するでしょうから。その上で事実関係によってあなたの処分を検討します。それからこの方には次の現界線で現世に戻ってもらうように。もちろんあなたが最後まで同伴してくださいね」
黒服はメモを取りつつ、上司の対応が想像よりマイルドなことに驚いていた。
「先輩、処分見送りにしてくれるんですか」彼女は書き終えたメモ用紙とペンを胸ポケットに仕舞い、恐縮気味に尋ねた。
「初回サービスだ、とでも言っておきましょうか。規則違反を知っていながら破ったのは問題ですが、それ相応の理由があるようですからね。それに、ただでさえ人材不足が業務進行に響いているんです。できれば職場を長期間離れなくてもよい厳重注意程度で済ませておきたいんですよ。私個人としても、後輩が懲罰をもらうのは心苦しいものがありますので」
「先輩……」
サングラスの奥から尊敬の念が溢れた。紅桜はやれやれ、とかぶりを振って肩をすくめた。
「私のことを慕ってくれるなら、まずは基本的なことをきっちり遂行してください。冥界府に着いたら連絡用の送魂霊符をすぐに補充、現界線の日程はしばらく先ですからお客様に宿を提供、そして常にお客様に同伴して逐一どこにいるのかを私に報告してください。何時でも構いませんので、私の都合を考慮せず遠慮なく霊符を使ってください」
「その……大丈夫でしょうか。先輩の睡眠時間を削ってしまうのは、あたしとしても申し訳ないというか……」
「そういうのは考慮できる人材がするんですよ。それに、仮にも死神なんですから多少の睡眠不足は平気です。あなたはまだ配属されて間もない新人なんですから、他人より自分の業務をこなすこと、業務に慣れることが先決です」
はい、と黒服は改まった態度で敬礼した。サングラスの奥はもう揺れてはいない。
「それにしても神隠しとは厄介ですね。冥界の人間が手引きしたとは考えたくないですが」
紅桜は白い指を細い顎に持っていき、窓の外を眺めた。
薄暗い中を機関車の煙突から流れる排煙が尾を引くようにたなびいていた。
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