第四話 伯爵なりのもてなし
『地の館』が見えてきた。館の門の両脇に二人の兵士がおり、真ん中には背の高い青年が立っている。
「(誰か居るわ。伯爵……には見えないわね)」
「(……緊張するな。ダイヤ伯爵、どんな人なんだろう?)」
二人は何も言わずに歩いていき、門の前に着いた。
「フォルラー・アーデル・ダイヤ様と、側近のイズミ・アーデル様ですね」
「はい。ダイヤ伯爵の誘いで来ました。……貴方は?」
「私はダイヤ伯爵様の側近であるジール・ダイヤと申します。以後、お見知りおきを」
煌びやかな群青色の髪をしているジールは深々と頭を下げた。
「こ、こんにちは……」
イズミはフォルラーの陰に隠れながら、ジールに挨拶した。多少の恐怖があるのか、尾が固まっている。
「こんにちは。ようこそ、地の館へ。どうぞ中へお入りください」
ジールは少し穏やかな顔になり、二人を案内した。
「……怖がらなくても大丈夫よ、イズミ。ジール様は私達を奇異の目で見ていなかったわ」
フォルラーは小声で言いながら、手話で「怖がらないで」「あの人は大丈夫」と言った。
「……そうですよね。すみませんフォルラー様」
イズミは謝ったが、まだ尾が垂れていない。
「やはり館は広いですね。私の屋敷は貴族の中では小さい方ですので……」
「ダイヤヘンドラー地区の中で、最も大きい建造物となっておりますからね。私もここに来た時は驚きました」
「ジール様は何年ほど、この館で勤務を?」
「伯爵様に仕え始めたのが12歳なので、8年ですね。今年で二十歳になります」
「なるほど……。やはりこの館の前は、『マーディアオ総本山』に?」
「えぇ、両親も歴代の伯爵様に仕えてきたので、継ぐという形で私も教育を受けてきました」
マーディアオ総本山とは、エクセレンス王国の中央に位置する純白の巨大な城であり、王室だけでなく、内政を行う大公爵、外政を行う公爵などが住んでいる神聖な場所である。
「やはりそのような教育を……」
「フォルラー様は総本山に行ったことはないのですか?」
ジールは純粋な疑問を投げかけた。
「ありません。それにあんな神聖な場所、行きたくても気軽に立ち寄れるような所ではないですし」
「……そうですか。(障碍者であるフォルラー様でも、貴族なら総本山に出向く権利はあるはずなのだが……。意図的に行かなかったのか?)」
フォルラーは廊下に飾っている名画らしきものを見ながら歩いており、イズミはフォルラーをじっと見ながら、緊張が解けない様子でいた。
まだ長い廊下は続いている。
「随分長い廊下ですね。しかし、埃一つ落ちていない。掃除が行き届いている証拠です」
フォルラーは廊下の隅を見ながら、明るく言った。フォルラーの屋敷も常に清潔に保っているのだが、少々イズミの橙色の毛が落ちているらしい。
「お褒めいただき、感謝致します。常に清潔にするようにと、兵士達に伝えているものですから」
「なるほど……」
フォルラーは納得したように頷いた。
「……着きました。ここにダイヤ伯爵様がいらっしゃいます」
ジールが案内した部屋の扉は、豪華な木で出来ているような派手なものだった。
この奥にダイヤ伯爵が居る。
「イズミ、この部屋にダイヤ伯爵が居るわ」
フォルラーは手話で「この部屋に伯爵が居る」と言った。
「ここなんですね……」
少し震えているイズミの手を、フォルラーは優しく握りしめた。
ジールが静かに3回ノックする。
「伯爵様。来客のフォルラー様とイズミ様がいらっしゃいました」
扉の向こうには、ソファに座りながら鮮やかな青空を優雅に見ていた紳士が居た。
「早いな。もうこの館まで……。いいよジール、もてなす準備はできてるよ」
「では、中へお入りください」
ジールが重そうな扉を開け、フォルラーとイズミの二人は軽く会釈して部屋に入った。
部屋の中には、名高い画家が描いたであろう鮮やかな色の絵画や、豪華で綺麗に透き通っているシャンデリア、深い青の大きい絨毯など、平民の夢が詰まっていた。
「綺麗なお部屋……!」
イズミは感動のあまり、声を漏らしていた。
「フォルラー様、イズミ様。ようこそお越しくださいました。はるばる遠くからありがとうございます」
目の前に居る、水色の髪を束ねている紳士がダイヤ伯爵だ。身に付けているシルクハットとマントは清潔に保っている。
フォルラーが想像していたような人物とはかけ離れていたのか、目を見開いて少し驚いていた。
「改めまして……僕はダイヤヘンドラー地区伯爵、ダイヤと申します」
ダイヤ伯爵は自己紹介をしながら、手を動かしている。
「ダイヤ伯爵!その手の動きはもしかして……」
イズミが真っ先に反応した。ダイヤ伯爵は手話でも自己紹介をしていたのだ。
「イズミ様と会話するには、手話を覚えたほうがいいと思いまして。フォルラー様程ではありませんが、日常会話なら手話でも話せますよ」
ダイヤ伯爵は優しい声色で言った。
「ダイヤ伯爵……ありがとうございます。イズミのために配慮をしてくださり……」
フォルラーは深々と頭を下げた。こんなにフォルラーが人に対して感謝を表すのは本当に珍しいらしく、イズミもフォルラーと共に感謝をした。
「顔を上げてください、お二人とも。まだ会ったばかりなんですから、ティータイムをして親睦を深めましょう。話したいことがいっぱいあるんです」
そう言いながら、ダイヤ伯爵はテーブルがある方へ向かい、カップとティーポットが乗っているトレイを持った。
「ジール、紅茶の用意をお願いね。いつものやつ」
「かしこまりました」
「あっ、そうだ!わたし達からのお土産があるんです!」
イズミがダイヤ伯爵の元へ駆け寄り、お土産のアールグレイを渡した。
「アールグレイの茶葉でございます!」
「おぉ!これはありがたい!僕もアールグレイはよく好んで飲むんです!」
ダイヤ伯爵は手話で「ありがとうございます」と言った。先程まで怖がっていたイズミの顔はすっかりいつもの屈託のない笑顔に変わった。
「(イズミが笑顔に……!本当に良かったわ。……ダイヤ伯爵のこと、信じてもいいのかしら)」
フォルラーに迷いが生まれた。心を許してもいいのか、本当に障碍者を理解しているのか……。長年苦しんでいたフォルラーがすぐにダイヤ伯爵のことを信じるのは、とても難しいことだった。
遠くから、貴族の豪華な部屋に溶け込んでいるような、華やかな香りがする……。
五か月ぶりに投稿しました。『獣と天使は神の糸を引いた』は定期的に投稿する一方で、この作品は一年に数回ペースと凄く遅いです。序章を投稿した当初から、この作品は少し特別視しないといけないなと感じていました。
テーマがかなり重く、慎重に考えなければならないと常に思っているため、次の更新もいつになるかは分かりませんが、自身や読者の方々も納得できるストーリーを構成していければと思います。




