第三話 残酷な人間達
カランカランカラン……
「イズミ。朝よ」
イズミの部屋から騒がしい物音が聞こえる。きっと支度をしているのだろう。勢い良くドアが開いた。
「フォルラー様!おはようございます!今日はちゃんと鐘の音で起きれましたよ」
イズミは自信満々な顔で言った。
「おはよう。鐘の源力は問題ないようね。朝食はバケットとスープとリンゴにしようかしら」
フォルラーは手話で「おはよう」「朝食はパンとスープとリンゴにする」と言った。
「分かりました。スープを作るの手伝いますね!」
フォルラーは何も言わず、手話で「ありがとう」と言った。
「朝にちょうどいいさっぱりしたスープで美味しいです!(パンの耳がないバケットで良かった……)」
「コンソメスープね。シンプルだけど私も好きな味よ」
フォルラーは手話で「私も美味しいわ」と言った。
「……他の貴族はどんな食事をしてるんでしょうね。やっぱり多くて、豪華なんでしょうか」
「そうね。噂だけど、ちゃんと食事のバランスを整えていて、一流のシェフが作っているらしいわ。私が小さい頃もそうだったのかしら」
フォルラーは手話で「バランスが良くて、一流が作っているらしいわ」と言ったが、最後の言葉は小声で言った。
「ダイヤ伯爵も今頃、すごい食事を食べているんでしょうね。この地区のトップなんですから」
イズミはバケットを直でガリガリ食べている。獣人は歯が人間よりも固いため、食べ物なら基本的に全て嚙み砕けられる。
「ダイヤ伯爵に紅茶を贈ろうと思うのだけど、その紅茶を後で用意してくれる?」
フォルラーは手話で「紅茶を用意して」と言った。
「かしこまりました!どの紅茶にいたしますか?」
「昨日私達が飲んだアールグレイにしようかしら。アールグレイは『伯爵』という意味があるらしいから」
フォルラーは手話で「昨日飲んだものにする」と言った。
「アールグレイですね!食べ終わったら用意しておきます!」
「お願いね」
フォルラーはにこやかに言った。
朝食を終え、身支度も終わり、出発の時間がやってきた。
「イズミ。ちゃんとスカーフとピアスは付けた?」
フォルラーは手話で「スカーフとピアスは付けた?」と言った。
「はい。バッチリです!ダイヤ伯爵に送る紅茶も持ちました」
「よし、じゃあ久しぶりに外出するから色々気を付けないとね」
色々とは突然の悪天候や、平民からの迫害、差別である。
「どうぞ。フォルラー様お気に入りの日傘ですよ!」
「ありがとう。さて、行きましょう」
フォルラーは手話で「ありがとう」「行きましょう」と言った。
イズミは静かに頷き、ドアの鍵を閉めた。
花壇の花が太陽に向かって輝いている。今日は快晴だ。
フォルラーは屋敷の門の鍵を閉め、南西の方向に向かって歩き始めた。その方向には城下町が栄えている地域があり、最南端に『地の館』がある。
「(一体なぜ、この面会の機会を頂いたのか……。ダイヤ伯爵の目的が読めないわ。でも、決して無駄な一日にしないようにしましょう)」
フォルラーは物憂げな表情をしながら考えていた。午前の眩しい太陽が歩く二人を見つめている。
「そろそろ城下町よ。イズミ」
フォルラーはイズミの右肩を叩き、手話で「そろそろ町よ」と言った。
「は、はい。ありがとうございます」
久しぶりに外に出たのか、二人は少し疲労している。
「人通りが増えてきましたね」
「そうね……」
民衆は飽きるほどある店に夢中だ。早々と特売をしている八百屋に、良い品質の服を売っている服屋、ほぼ満席の喫茶店。
フォルラーとイズミに見向きもしないのだ。
しかし、とある青年の発言により、二人の存在が明白なものになってしまった。
「おい、あそこを歩いているの、フォルラー嬢さんじゃないか?」
「ほんとだ。召使いらしき奴も着いてきているぞ」
イズミは民衆の目を見た瞬間、フォルラーの右腕を咄嗟に掴んだ。フォルラーは今の状況を全て理解している。
「予想はついていたわ」
フォルラーは小声で軽い愚痴をこぼした。
「……怖い」
イズミはフォルラーの右腕をほどき、下を向きながら言った。
「……そうね。怖いわよね」
フォルラーは少し怖い顔をしていたが、それでも優しくイズミの左肩をさすった。
「(これが今の障碍者を見る目……。イズミはぱっと見ただけじゃ、障碍者とは分からない。でも、このピアスを付けているだけで誰でも分かる)」
フォルラーは全てを見渡すように目を見開いた。
「(私が絶対、この国の腐敗している全てを壊してみせる。そのためには、今日のダイヤ伯爵との面会を絶対に無駄にはしない)」
民衆の異質な目つきを跳ね返すように、フォルラーは淡々と進んだ。イズミもそんなフォルラーについていった。
城下町をしばらく歩き、地の館に段々と近づいてきた。レンガ造りの建物であり、花やツタなどの自然が混ざっている遺跡のような見た目らしい。
「兵士さん達が増えてきましたね。館に近づいてるっていうことなんでしょうか」
「そうね……」
兵士達はフォルラーやイズミを見ても、特に陰口を言ったりはしなかった。
「そろそろ地の館ね。……イズミ、もしかしたら館で手話をする時間が少なくなるかもしれないわ……」
フォルラーは手話で「手話の時間が少なくなるかもしれない」と言った。
手話をすることは障碍者に対する『配慮』ということになる。ダイヤ伯爵の本性がはっきり分からない今、その配慮を行ったら強く非難されるかもしれないからである。
「……そうですよね。あまり他の人の前で手話をしたら、何が起こるのか分からないし……」
フォルラーは寂しい顔をしながら、手話で「ごめんね」と言った。
「いえ!大丈夫です。フォルラー様がダイヤ伯爵と対話してください。わたしは……人形になっておきましょうかね」
イズミは無理やり作った笑顔で言った。
「…………本当にごめんなさい」
フォルラーは「そんなこと言わないで」とは言えなかった。イズミの言っていることは本当の事だから、認めざるを得なかったから……。
地の館に着くまで、これ以降会話は弾まなかった。
『獣と天使は神の糸を引いた』も4月中に投稿できればと思います。
今日で『とある王国の惨めな大樹』を投稿してから、ちょうど1年です(書いている途中に気づきました)。
まだこの作品の話数は全然少ないですが、これからもきらほしをよろしくお願いします。