第二話 絵本の嘲り
日没後、フォルラーはイズミを自室へ呼び出し、書斎で見つけた異質な本のことについて話すことにした。
「わざわざごめんなさい。書斎の掃除を終えた時にこの本を見つけたの。イズミは知らないかしら?」
フォルラーは本を出しながら、手話で「この本を知らない?」と言った。
「『大樹の秘密』?聴いたことがないですね……。書斎で見つかったのなら、フォルラー様はご存知のはずでは?」
「いいえ、初めて視る本だわ。イズミが持ち出した本が混ざったと思ったのだけどね」
フォルラーは手話で「いいえ」「イズミが持ち出したのかと思った」と言った。
「そうなんですね。でも何だかこの本……すごく気になります。何て言うんでしょう、惹きつけられるような異質な物に視えるというか」
「異質……ね。確かに目が離されないような、少し不気味な雰囲気があるわ」
「せっかくだし、読んでみませんか?どんなお話なのか気になります!」
「そうね。私も気になるし、一緒に読んでみましょう」
フォルラーがそう言うと、本を1ページ開き始めた。
『大樹の秘密』
とある国には大昔からある大樹がそびえたっています。
国の人たちはその大樹の下で祭りをしたり、結婚式をしたり、子どもたちがお昼寝をしたり――。
みんなから親しまれている大樹でした。
そんなある日、とある政治家が大樹の元にやって来てこう言いました。
「あぁ、国をもっと強くさせるにはどうすればいいのだろうか」
大樹はその言葉をきき、政治家に対してこう思いました。
「国を強くさせるなら、どんな国にも負けない強い人たちを育てばいい」
大樹が思ったことを察したのか、政治家はいい顔をしながら、大樹の元を去っていきました。
それからその国は優秀な騎士たちが増えていき、戦があっても負けない強い国になっていきました。
数年後、とある農民が大樹の元にやって来てこう言いました。
「あぁ、国の穀物を増やすにはどうすればいいのだろうか」
大樹はその言葉をきき、農民に対してこう言いました。
「穀物を増やすなら、畑の土地を増やせばいい」
大樹が言ったことを理解したのか、農民は勇敢な顔をしながら、大樹の元を去っていきました。
それからしばらく農民たちの反乱があちこちで起き、畑の土地が段々増えていきました。
更に数年後、とある研究者が大樹の元にやって来てこう言いました。
「あぁ、いい学問というのはどういうものなのだろうか」
大樹はその言葉をきき、研究者に対してこう告げました。
「学問は人に理解されればいい。こう思えば自由に書ける」
大樹が言ったことを飲み込んだ研究者は、自由について考えながら、大樹の元を去っていきました。
それからその研究者が発表した学問は国中に広まっていき、国の政治や人の価値観は大きく変わっていきました。
数十年後、とある商人が大樹の元にやって来ました。
大樹は周りに花を咲かせながら、更に大きくなっていました。
商人が大樹を見上げながらこう言いました。
「あぁ、商売繫盛するにはどうすればいいのだろうか」
大樹はその言葉をきき、商人に対してこう命令しました。
「金さえ稼げば何でもできる。国をよく見ろ」
商人は大樹が言っていることがよく理解できませんでした。
大樹は続いてこのようなことをつぶやきました。
「なんだ、言っている意味が分からないのか」
商人は続けて言います。
「少し前からみんなの様子がおかしい。昔はみんな優しくて、つらい時でも支えてくれるような人たちだったのに」
大樹は今までの行動を思い出しました。自分の助言のせいでこの国を変えてしまったこと、その優越感に浸って好き勝手言ってしまったこと――。
しかし、大樹はもう全てを諦めてしまいました。大樹の周りに咲いていた花は枯れてしまい、根本は禍々しく広がっていきます。
「た、大樹が……」
商人が見たのは、さっきまでそびえたっていた立派な大樹ではなく、葉も枝も黒くなってしまった闇がまとっている木でした。
かつて大樹だった木は、何も言わずに商人を闇の底へと落としてしまいました。
商人の行方は誰も知りません。
国の人たちは一人の商人のことなんか何も気にならず、普通の日常を過ごしていました。
騎士たちが守ってくれ、食物に困らず、素晴らしい政治を行う国は今日も平和です。
物語を読み終わったフォルラーとイズミは、しばらく黙ったままだった。沈黙の状態を壊したのはイズミであり、
「何だか……。モヤモヤしたお話でしたね……」
と、感想をフォルラーに言った。
「そうね……。とても感想に困る話だわ。絵本だから子ども向けに作られている話かと……」
フォルラーは手話で「感想に困る」「子ども向けの話かと思った」と言った。
「大樹が国をずっと見てきて、困っている人達を助けたつもりなのに……。いつの間にか傲慢になってしまったんですかね」
「……何だか、この話に出てくる国、エクセレンス王国のようじゃない?」
フォルラーは手話で「出てくる国がこの王国のよう」と、絵本を指差しながら言った。
「確かに!優秀な騎士とか、食物がたくさんとか、学問の話とか……!この絵本は誰が書いたんでしょう?この王国に住んでいないと、こんな具体的な話は書けないと思います」
「著者も、絵を描いた人も書かれてないわ。売られていない本なのかしら」
フォルラーは絵本の表紙と裏表紙を見た。
「(この絵本には、今のエクセレンス王国の現状が描かれている?大樹が何を表しているのかは分からないけど……。騎士に農民に、学問の思想、そして最後の商人……。イズミが言った通り、この王国に住んでいないと書けないことばかりだわ)」
「フォルラー様?」
「あぁ、ごめんなさい。少し考え事をしてたの」
フォルラーは手話で「考え事をしてた」と謝りながら言った。
「この本を見つけたのは、偶然じゃないと思うわ。何か私に伝えようとしてるみたい。この本が呼びかけてるみたいなの」
フォルラーは手話で「本が何かを伝えようとしてるみたい」と言った。
「本がわたし達に伝える……。そんなことがあるんですね。でも、わたしも何だかそんな感じがします。突然フォルラー様の前にこの本が現れたのは、決して偶然じゃないと思うんです」
イズミがそう言うと、フォルラーは静かに頷いた。
本はそんな二人を嘲た。その嘲りはどこか影の濃いものである。
二人はそんなことに何も気づかず、静かに夕食を作りにキッチンへ向かい、そのまま静かに夕食を終えたのだった。
「イズミ、おやすみなさい。明日はきっといい鐘の音で目覚められると思うわ」
フォルラーは手話で「おやすみなさい」と言った。
「はい!おやすみなさいませ。フォルラー様」
イズミは自室のドアを静かに閉め、フォルラーは窓から見える夜空を見ながら廊下を歩いた。
「明日は気合を入れないと!今日みたいに寝坊しないように……」
イズミはベッドに置いてあるぬいぐるみを抱きながら言った。そうして、数分もしないうちに眠りについていった。
「明日は久しぶりに外に出るから、帽子の手入れをしましょう」
フォルラーはお気に入りの帽子を整える。屋敷で一人になってから、ずっと使っている宝物である。
フォルラーの部屋の窓から三日月の白い光が降り注ぎ、春の大三角がくっきりと見えていた。
「ダイヤ伯爵……どんな人なのかしら。この地区は全体主義を基盤に動いているから、独裁者らしい性格?いや、商業が発達しているからお金にがめつい人?」
フォルラーはダイヤ伯爵がどんな人なのか勝手に妄想していた。正直、失礼な人柄を思い浮かべている……。
「まぁ、気にしても仕方ないわ。明日は今日よりももっと早く起きないとね」
そうして、フォルラーも眠りについた。部屋には、時計の秒針の音だけが響き渡っていた。
何とか2024年ギリギリに投稿できて良かったです。今年から小説を投稿するようになりましたが、たくさんの方々に閲覧してもらって大変嬉しく思います。2025年も安定して投稿できるように、日々精進して参ります。
正月の餠にお気をつけ下さい。