36. 新たな人生
パチン、パチン、パチン
その音が落ち着かない眠りを妨げ、俺を無意識の深みから引き戻した。目をゆっくり開けたが、視界はぼやけて焦点が合わない。音が何なのか確かめようとしたが、疲労と痛みで頭はまだ霞んでいた。
パチン、パチン、パチン
「ちっ、まだ足りない。もう一回」
パチン、パチン、パチン
やがて誰かの声が聞こえた。ゆっくり目を開けると、薄暗い光に徐々に目が慣れていく。霞が晴れると、ここが自分の部屋ではないことに気づいた。隣のデジタル時計を見ると、朝の九時だった。
部屋を変えられたのか?
起き上がろうとしたが、手を動かすと手首がベッドに繋がれた手錠で縛られていることに気づいた。
「やっと起きたのね、リョウタ。どれだけこの時を待っていたことか♥」
誰かが俺の名前を呼んだ。
その人は俺に近づき、座れるように支えてくれた。顔を見ると、背筋にぞっとする冷たい感覚が走った。二度と会いたくなかった人物――小林だった。
「コバ…ヤシ…さん」
記憶が押し寄せる――すべてを失ったあの日々。裏切られた鋭い痛み、見捨てられた重圧、そして大切なものがすべて消え去るのをただ見ていたあの苦しみ。
別れを告げられた瞬間、小林が背を向けたあの時の俺の信じられない表情が甦る。思い出すたび、鋭い破片のように心に突き刺さった。
胸に残った冷たい空虚さ、完全な孤独感。共有した喜びの瞬間は遠い残響となり、喪失と後悔の痛みに飲み込まれていた。
その痛みはほとんど物理的で、重く窒息しそうな圧迫感。息をするのも、考えるのも困難で、魂の一部が引き裂かれたかのような虚無だけが残された。
「……私の名前は花よ。小林さんじゃない」
「……」
「まあ仕方ないわね。それは後で考えるとして――」
パチン。
彼女はポラロイドカメラで写真を撮った。写真が出てくると手に取り、ゆっくり振って像が現れるのを見つめた。
「ああ、この写真は完璧」
写真を見つめながら、不気味な笑みを浮かべる。ぞっとした。
「小林さん、なんで俺の写真を撮ってるんだ?ここはどこだ?」
俺の問いを無視し、彼女は車輪付きの掲示板に歩み寄った。慎重に新しい写真を掲示板に留め、満足そうに手で撫でる。
そして掲示板を引き、俺の前まで持ってきた。不気味な笑みを浮かべながら。
「これを見て」
掲示板には、俺が眠っている瞬間を撮った不気味な写真のコレクションが並んでいた。入院中の病室から、今いる見知らぬ部屋まで。
「ここは私の地下室よ、リョウタ」
「……お前の……地下室?どうやって俺を……ここに連れてきたんだ?」
「細かいことは気にしなくていいわ。すごく計画したの」
「なんで……俺をここに……」
「あなたがあんなことをして病院に運ばれた後、私は打ちのめされたの。あなたが私なしでは生きられないってところまで追い込んだのは私なのよ」
彼女の顔は、後悔と悪意が入り混じった不気味な表情だった。
「私、やらかしたことに責任を取らなきゃって気づいたの。過去をやり直せなくても、今はコントロールできる。だから、あなたのすべての瞬間、すべての部分を記録し始めたの。たとえこれが写真を通してでも、あなたが私の人生の一部であり続けることを確認するための方法なの」
私の話は続く。
「ほら、写真はすべて、私たちが一緒にいる瞬間を捉えているの。私があなたの世話をしている瞬間よ。この写真たちは単なる思い出じゃない、私がここにいて、間違いを償っている証拠なの。こうして瞬間を記録することで、あなたがずっと私と一緒にいることを保証するの。リョウタ、心配しないで、私は二度とあなたのそばを離れないから」
その言葉は重い霧のように俺にのしかかり、逃れられない圧迫感を生んだ。彼女の言っていることを理解しようとしたが、この状況の恐怖が俺の思考を曇らせた。
視線が柔らかくなり、ねじれた愛情が彼女の目に光る。部屋の隅まで歩き、小さな医療キットを取り出した。その動きは落ち着いていて、計算されたもの――彼女が楽しんでいるかのような異様な儀式の一部だった。
「すべて準備してあるわ。できるだけ長く生きてもらいたいの。だって、あなたは永遠に私と一緒なんだから」
彼女はキットを持って俺に近づき、中の様々な道具や物資を取り出した。手はぶれず、俺の怪我の手当てを始め、軟膏や包帯を異常なほど丁寧に巻いていった。
「大丈夫。圧倒されていると思うけど、慣れるわ」
その言葉の皮肉さが息苦しかった。俺は肉体的にも精神的にも完全に彼女に依存しており、彼女はその支配を楽しんでいるかのようだった。その現実が、俺に重いハンマーのようにのしかかった――運命は完全に彼女の手中にある。
作業を続ける彼女は、時折自分の撮った写真をちらりと見た。表情は賞賛から不気味な喜びへと変わり、それぞれの写真を宝物のように楽しんでいるかのようだった。
彼女は耳元に顔を寄せ、息をかける。
「すべての写真が物語を語るの、リョウタ。そして、私たちの物語はまだ始まったばかり。私が記録するたびに、新しい章が開く。私はここにいて、ずっとあなたの世話をするわ♥」
その寒気のする言葉と共に、彼女は作業を終え、一歩下がった。目は満足と独占欲の入り混じった視線で俺に留まった。
彼女はカメラを取りに戻る。動きは慎重で正確。静かな部屋に足音が響く。視線は決して俺から離れず、次のシャッターの構図を整える。
パチン。
カメラのシャッターが切れ、包帯に巻かれ無力に座る俺の姿が写された。ポラロイドのフラッシュが眩しく、冷たい光で一瞬全身を洗う。
彼女は写真を取り出し、ゆっくり振って像が現れるのを見つめる。写真には、傷つき疲れた俺の姿が鮮明に映し出され、彼女はその無力さを記録することに歪んだ満足感を覚えているようだった。
満足げな笑みを浮かべ、彼女は新しい写真を掲示板のコレクションに加えた。
「この写真は、私たちの新しい生活の始まりよ」
俺は言葉を失い、恐怖に震えながら彼女が写真を整えていく様子をただ見つめるしかなかった。その動きは計画的で、ほとんど神聖な儀式のよう。ねじれた関係のための祭壇を作っているかのようだった。
現実が重くのしかかる――これが俺の新しい現実。すべての瞬間が監視され、すべての行動が記録され、自由は奪われる生活。
待て……ここが彼女の地下室なら、つまり彼女の両親の家だ。きっと両親は許さないはず。叫べば聞こえるかもしれない。
まだ弱っていて、か細い声しか出せないが、自由を取り戻すために全力で叫んだ。
「助けて……誰か……助けて……!」
声は壁に反響し、俺の必死な叫びで部屋を満たす。誰かが聞いてくれたか、返事があるか、必死に耳を澄ましたが、何もなかった――ただ嘲笑うかのような重苦しい沈黙だけがあった。
なぜ?!なぜ誰も来ないんだ?!
小林の笑みが広がり、目は楽しそうに輝いていた。
「両親に助けを求めても、いないわよ」
「……え?」
「言わなかったっけ?計画には時間がかかったの。両親は絶対に許さないと思ったの。私のリョウタへの愛を理解してないから。だから旅行に行かせたの」
信じられない……
その言葉の重みが体を打ち、絶望の麻痺が四肢に広がった。力は抜け、ベッドに崩れ落ち、動くことも答えることもできない。思考は混乱と無力の霧の中をさまよう。
小林は満足げに俺の姿を見つめ、歪んだ愛情をもって俺の壊れた状態を味わっていた。
「お腹すいてる、リョウタ?」
「……」
声も出せず、喉は乾き、力も残っていない。
「じゃあ、食べ物を用意してあげるわ」
彼女は踵を返し、階段へ向かう。足音が響き、徐々に消えていった。
地下室には再び暗く重苦しい静寂だけが残る。時折、水滴の落ちる音が響くのみ。
俺はただ座り、状況の重さに押し潰されるのを感じるしかなかった。誰かがここから助けてくれることを祈るしかなかった。
---
【花視点】
階段を上り、背後のドアを閉めると、胸の奥に高揚感が走った。ついにリョウタは私のもの。ずっとこの瞬間を待ち焦がれていた。毎日夢見ていたあの時間が、ついに現実になったのだ。そして今、ここにいる――ずっとそうなるとわかっていた通りに。
彼に執着して夜を過ごし、私が必要とするほど彼も私を必要とする生活を想像していた日々――あれはもう単なる幻想じゃない。今や現実、すべてが完璧に整っている。
一歩一歩進むたびに、胸の高鳴りが大きくなるのを感じた。私たちがこれから共有する生活のことを考えると、自然と笑みがこぼれる。リョウタは私のもの。これから彼を世話し、大切にし、二度と孤独を感じさせない。
階段の頂上に着き、ドアを閉めると、深呼吸をして現実をしっかりと受け止めた。足元を見ると、私が作った散らかった跡が目に入る。
「何とかしないと」
独り言をつぶやき、苛立ちながら頭をかいた。計画で慌てふためいたせいで、床は液体でびしょ濡れ……べたべただ、うう。
[これをやれば、絆がかなり深まるのに]
笑みを浮かべながら掃除を始め、準備を整えた。
スクラブ、モップ掛け、カットに一時間ほどかけた後、ようやく後ろに下がり、自分の仕事ぶりを確認した。部屋はきれいに整い、散らかりはなくなった。これでやっと次の計画――リョウタのための料理――に集中できる。
隣の部屋に歩み入れ、小さく微笑む。中に入ると、慎重に肉の部位を選んだ。彼のために完璧であることが何より重要だった。肉を手に取り、まな板の元へ戻り、包丁を握る。目的意識を胸に、作業を始めた。
正確で慎重な動きで肉を切り、ひとつひとつの大きさを確認。骨をすべて取り除き、彼に不快感がないように注意した。
リョウタは弱っているので、柔らかく、食べやすいものが必要だ。決めたのは、柔らかい肉入りのおかゆ。
肉を口の中でとろけるほど柔らかく叩き、彼がどれだけ感謝するかを想像した。
肉の香りが部屋に漂うと、満足感が胸に広がる。これが私たちの新しい生活の始まり――ひとつひとつの食事、ひとつひとつの瞬間が、私の計画した未来への一歩となる。
料理をリョウタに届けるときの彼の表情を想像すると、胸が高鳴った。料理の香りに笑顔を見せ、私の努力に感謝してくれるだろう――その瞬間を待ち望んでいた。
肉が完璧に柔らかくなったら、煮えたおかゆの鍋に混ぜる。香りは温かく、安心感があり、リョウタにぴったりだった。
おかゆを器によそい、上に柔らかい肉をたっぷりのせる。一瞬、料理を見て満足する。シンプルで栄養があり、私の全力で作った愛情が込められている。
器を手に持つと、胸がドキドキした。これが初めての、リョウタに対する世話の行為であり、私の愛情を示す瞬間。
ずっとこの時を待っていた。そして、ついにやってきたのだ。部屋に入るときの彼の表情、食べ物の香りに笑顔を見せる顔、私の努力にどれだけ感謝してくれるかを想像した。
器を慎重に持ち、地下室のドアへ向かう。立ち止まり、深呼吸をしてから、ゆっくりとドアを開け、階段を下り始めた。
---
【リョウタ視点】
薄暗い地下室に横たわりながら、俺の頭の中は逃げ出す方法や、この悪夢から抜け出す手段でいっぱいだった。その時、階段の上のドアのきしむ音が聞こえた。胸の鼓動が早まり、目を上げると、小林が降りてきた。表情は穏やかだが、ほんの少しの興奮が背筋に冷たい鳥肌を走らせる。
「リョウタ、あなたのためにおかゆを作ったわ」
彼女は告げた。声は甘いが、どこか不穏な響きがあった。
俺は彼女が持つ器をちらりと見た。湯気が立ち上る。腹が鳴り、最後に食べてからどれほど経ったかを思い出させる。小林の笑みが音に合わせて広がり、満足感と、それ以上に何か邪悪なものが混ざっているようだった。
「食べさせてあげる」
彼女はベッドの反対側、あの不気味な写真で覆われた掲示板の向こう側に回り込む。
俺は彼女が器をナイトスタンドに置くのを見守った。その後、椅子に腰を下ろす。
椅子は彼女の体重でわずかにきしみ、彼女はスプーンを手に取り、おかゆを優しくかき混ぜる。香りが小さな部屋に漂った。
「アーってして、リョウタ」
スプーンを口元に持ち上げる。
ためらい、抵抗したい心が叫ぶ。しかし、体は弱っていて、飢えには抗えない。ゆっくり口を開けると、彼女は慎重に最初のひと口を与えた。
おかゆは温かく、滑らかで、肉は柔らかく風味豊かだった。すべてを差し引いても、食べられること、何かを胃に入れられることは心地よかった。
「おいしい?」
「……ああ」
食べている最中、小林は突然、そばに置いてあったポラロイドカメラに手を伸ばした。
パシャ。
現像中の写真を見つめる小林の目は、あのねじれた満足感で輝いた。彼女は写真を優しく振り、画像がはっきり見えるようにする。
満足すると、彼女はベッドの反対側に回り、掲示板の前へ行った。俺は彼女が新しい写真を他の写真の間に留めるのを見守った。
小林は一歩下がり、自分の仕事を眺めて満足げに笑った。
そして再び、俺のそばの椅子に戻る。笑みは揺るがない。
「ほらね。この写真、色々伝えてくれると思わない?」
写真を見ると、ただ俺が食べているだけだった。特別なことは何もない。
「……そうか?」
「私には色々伝わるわ。食事を準備して、あなたに食べさせることまで、色々ね」
「……?」
「まあ、将来的にはあなたの考えが変わるかもしれないけど」
彼女はベッド脇の椅子に戻り、残りをすべて食べさせ終えるまで、給仕を続けた。




