私の代わりに弟にお見合い行ってもらったら死ぬ目にあったんだが
完全に?な作品です。もう、スルメイカ感覚で味わい下さい。
うーん。
「めんどっちい」
「······はい?」
私の唐突ものぐさ発言に我が麗しき弟は細い眉を寄せた。
「いきなり何言ってんの姉さん」
「いや、今日さ午後にお見合いあるんだよね」
「知ってる」
「めんどっちい」
「知らないよ」
「ロイ、頼みがある」
「やだ」
「内容を聞いてから返事したまえよ。我が弟ロイ・デュレーデンよ」
「なら、内容を考えてから頼みなよリリエ・デュレーデン姉さん」
私とロイのにらみ合い。私の弟は私の頼みを聞きもせずにどうしても断りたいらしい。
仕方ない。出来れば穏便に事を済ませたかったが······。
「ロイ。君は姉さんに隠している事があるんじゃないかね」
「ないよ」
「いーや。あるはずだ。そう、お姉ちゃんの友人のローゼ令嬢の忘れていったネグリジェを自室のタンス奥深くに隠していて、愛のポエムを添えて毎日抱きしめ──」
「何なりと申し付け下さい!姉さん!どうか、どうか、お許しを!」
よし、勝った。交渉はこちらの思うがままだろう。
「さて、ロイ」
「はい······なんでしょう」
「私の頼みとはズバリ、今日のお見合いの代理出席だ」
「はい······はい?」
青い円らな瞳をまん丸にするロイ。
「はい?いや、え?今なんて?」
「私の代わりにお見合い行ってくれたまえ」
「ごめん、姉さん。僕は耳が悪くなったようだ。今の言葉が『代わりにお見合いに行けっ』て言ってるように聞こえた」
「私は医者じゃないが断言しよう。君の耳は正常だ。それで合ってる」
「姉さん、僕は医者じゃないが断言しよう。姉さんは頭がおかしくなったようだよ。病院に行こうか」
「そうか。なら令嬢のネグリジェを隠し持つ頭のおかしい変態を治すためにも君の事も医者に見せねば──」
「ちょっと待ってよ!お見合いの代理なんておかしいよ!」
ロイは捲し立てるように言った。
「姉さん、姉さんは気づいてないのかもしれないけど、僕は男性だ!弟だ!つまり女じゃなくて妹でもない!よってお見合いは不可能だ!」
「ロイ、私は君の姉だよ?君が男性であり、弟であることなんて十年くらい前から知ってる。問題は性別じゃない。見た目だ」
弟のロイは今年で十四歳。まだ成熟しきってない少年のため、体は細く、顔つきも幼く、声だってボーイソプラノ。
そして、男の身でありながら私に似た美しい容姿だ。というか、顔つきは双子並に似ている。茶色で短い髪を長いアッシュブロンドにすれば私と瓜二つ。
私はもう着ていないドレスを何着か取ってロイの前に置いた。
「さ、この中から好きなドレスを選びたまえ。遠慮することはない。下着は流石に控えるが他にもウイッグやブローチも貸そう。私達の一番の差異は髪の色と長さだからね」
「姉さん、お願いだ、話をっ······話を聞いてくれっ」
「君も男なら観念したまえ。なあに、何も相手を口説き落とせと言ってるんじゃない。適当に友好関係を保って何事もなく済ませてくれと言ってるんだ。大丈夫、実姉である私が言うのもなんだが、君は美しい容姿をしている。ちょっと女装するだけでそこらの令嬢なんかよりも美しい伯爵令嬢になるだろう」
「そういう問題じゃないんだ!いや、そこが問題なのかもしれない!とにかく、女装は、女装だけはっ······それだけは男の面子がっ······」
「ほほう。なら仕方ない。代わりにローゼ令嬢に出席してもらおう」
「え゛!?」
「いやね、今回のお見合い相手のグスタフはむさ苦しくて野人のような軍人なんだということを知ったから行くのが嫌になったんだ。かと言って約束を反故にしたら我が家の信用は落ちてしまうからねえ。だから穏便に事を済まそうと思い君に頼んだのだが······そうか、出来ないか。なら、ローゼ令嬢に頼もう。ローゼ令嬢は肉体派の男が好みだからなあ~、もしかしたらそのままグスタフとにゃんにゃんな関係に──」
「姉さん、ティアラとネックレス。それにイヤリングと口紅も貸してくれ。あと、香水も一番良いやつを。ドレスのコーデも一緒に頼む」
「流石は我が賢明なる弟だ。もちろん全力でサポートさせてもらおう」
よし。これで午後の予定は空いた。さ、ローゼ令嬢と一緒にイケメン旅団のサーカスに行かなくてはな。
──────とある馬車の中─────
「遅い!まだか!まだ着かんのか!」
「も、申し訳ございません。昨日の雨で道がぬかるんでおり、思うように進めず······」
「だから自分一人で軍馬に乗って行くと言ったのだ!」
三人用の席をたった一人で埋めるような巨躯を揺らして、第七師団将軍グスタフは神経質な手つきでゴワゴワの顎髭をさすって怒鳴った。
「爺!お前の頼みだからこそ俺は来たくもないお見合いなんぞに来たのだ!これで義理は果たしたからな。ここから先は容赦せん。俺の嫌いな高飛車女が相手ならその場で紅茶を頭からぶっかけてやるからな!」
「そ、それはなにとぞ······」
対面に座る執事の老人は、白髪頭を小さく項垂れさせた。
(ふん。俺は貴族女という人種が好きになれん)
グスタフは窓に写る自身の顔を睨んで、苦虫を潰したように口元を歪めた。
グスタフ・ゲルハルトはお世辞にも美男子とは言い難い風貌の巨漢であった。
熊か大猪に見間違えるようなガッシリとした屈強な身体。
彫り深い癖のある顔つき、爛々と輝く野獣のような金色の瞳。横に幅をきかせた顎。そしてモジャモジャと縮れる髭。
今年でまだ二十代の半ばだというのに、その威厳ある風体は中年の騎士団長の如くであり、師団を預かる若き将軍という肩書きにも関わらず女性からの人気はあまり高くない。
そんな事もあってか、グスタフも女性という生物に対して好ましい印象を抱いておらず、むしろ敵意に近い感情さえ持っていた。
特に、痩せ細った軟弱な女面男(いわゆるイケメンの事をグスタフはそう呼んでいる)をもてはやす貴族令嬢などには一方的な偏見を持ち合わせていたのであった。
(令嬢とかいう奴はクソだ。豪華な屋敷の中でぬくぬくと贅沢な暮らしをして、好き勝手で我が儘な事を喚き散らしている。その繁栄も恵まれた暮らしも俺らのような軍人が日夜戦っているからこそ保たれているというのに、奴らが褒め称えて好むのは何にもしていない軟弱男どもだ)
しかし、グスタフは一方では男性からの人気は高かった。
傲慢で威圧的な性格ではあるものの、情深く、部下や仲間のためなら自身の危険も顧みずに体を張る生き様から『漢の中の漢』と称えられ、その強さも相まって『漢気豪傑のグスタフ』と呼ばれているのであった。
そんなグスタフはこれまでのお見合いを何度も失敗している。
令嬢の話す内容は彼の趣向に合わず、さらには彼を見る目のほとんどが軽蔑の色を滲ませていた。
元々気性の荒いグスタフはそんな令嬢達に我慢出来ず、一方的に罵ってから退出する事が多く、令嬢界に悪評が漂い始めている昨今。
幼少の世話係でもある執事に頭を下げられ、仕方なく今日もお見合いに向かっているのだ。相手は伯爵家令嬢のリリエ・デュレーデンだ。
(ふん。前情報は調べあげている。リリエ・デュレーデンは典型的な貴族令嬢だ。新しい物好きで、かしましで、悪趣味な宝石類で飾りあげ、軟弱男を追いかけては耳障りな声でキャーキャー騒ぐ。そういう典型的な令嬢だ。見た目は平均的な女の背丈と肉付き、そして青い瞳に長いアッシュブロンド。ふん)
「爺!」
「は、はい」
「リリエ・デュレーデンを一目で気に入らなかったらその場で服を剥いで縄で吊るしてやるからな。覚悟しとけ」
「そ、それだけはご勘弁を」
「くく、冗談だ。が、まあ唾くらいは吐きつけるかもな」
冷や汗を拭う執事を余所に、グスタフはガハハハと笑った。
馬車が着いたのは約束の時間より数十分過ぎた頃だった。
「ふん。遅れてしまったか。相手が気に食わん令嬢でも礼儀は礼儀だ。頭を下げてやるか」
馬車を軋ませて巨体をぬるりと出したグスタフはドカリと地面に降りた。
すると
「いらっしゃいませ。ようこそおいで下さいました」
「ん?」
グスタフを待っていたように一人の人物が側に寄ってきて声をかけた。
グスタフがその声の方に目を向けると、ドレスに身を包んだ令嬢と思わしき人物がそこに居た。
青い瞳、長いアッシュブロンドヘアー。露出控えめで清楚な印象を与える水色の大人しめなドレス、小さなコランダムをあしらったネックレスにほのかなオールドローズの香水と、くどくないナチュラルな口紅。
そして全身から溢れ出す嫋やかな雰囲気。
「馬車での長旅は疲れたでしょう。どうぞ、何も無い所ですがゆっくりくつろいでいって下さいませ」
そう言って柔和な微笑みを傾けるその人物にグスタフは首を傾げた。
「お前は誰だ?女中にしてはずいぶんと良い身なりのようだが······」
「これは失礼いたしました。私、リリエ・デュレーデンと申します、わ」
「なに?」
静かに頭を低くするその仕草も、少年のようなまろやかな声音もグスタフの想像するリリエ嬢と違っていた。
予想外の人物像に面食らったグスタフは戸惑うように
「う、うむ」
と返事したのであった。
「それではグスタフ様。どうぞ中へ」
「あ、ああ。あー、リリエ嬢」
「はい?」
「直々のお出迎え感謝いたす。さらに時間に遅れた事をお詫びする。この通りだ」
その場で深々と頭を下げたグスタフにリリエ嬢なる人物は一瞬目を丸くしたが、すぐにニコリと笑った。
「お気になさらず。師団将軍ともなればご多忙でしょうから。寧ろお時間を作って頂いた事に私からも感謝の意を」
「これはご丁寧に······」
ゆっくりと連れ立って歩くグスタフはすっかり毒気を抜かれていた。
(聞いていた噂と大分違うようだな。目がチカチカするような悪趣味なブローチも無いし、鼻に引っ付く香水のキツさもなければ耳障りなキンキン声も無い。非常にしおらしい淑女ではないか)
応接間に案内されたグスタフは温かいハーブティーと、甘さ控えめのクッキーなどでもてなされた。さらに彼の好きなドライナッツの類いも用意されており、グスタフは感心しきった。
(ほう、令嬢の茶会と言えば紅茶と、くどいクリームのケーキに砂糖の塊のような菓子ばかりだと思ったが俺の好きな物まである。流石に酒は無いが、ここまでの心配りが出来る女だとは)
「将軍は我が国きっての益荒男だとお伺いしていたので、女子好みの趣向はなるべく控えめにいたしましたが、大丈夫だったでしょうか?」
「ああ、とても良い。リリエ嬢は大変な器量良しのようだ。どうも俺は甘ったるい物が苦手でな。戦場に出ているからかズッシリとした肉の方が好みなのだ」
「ええ、私も肉の方が好みですわ。特に狩りに行った後に炭火で炙る肉は格別ですわ。あ、もちろんその日に取れた獲物ではなく、少し置いて熟成させたお肉ですわ」
「ほう、リリエ嬢は狩りをなさるか」
「貴族男子の嗜み······いえ、淑女の嗜みですもの。おほほほ······」
(ふうむ。この女、いや、女性はなかなかのご仁のようだ)
「そ、そうですわ。グスタフ様。私、ぜひグスタフ様の軍功をお聞きしたいですわ」
リリエが取り直すように話題を振る。
「漢の中の漢と言われる貴方の武勇伝は私の耳にも入るところではありますが、ぜひ本人から直接お話をお聞きしたくと思います」
「おお、左様か」
グスタフにとってこれ程嬉しい申し出は無かった。戦場での輝かしい功績こそ彼のアイデンティティであり、誇りなのだ。
それを今までの令嬢達は眉をひそめ、しかめっ面で聞く態度ばかりだったのでグスタフは何度も腹を立てていた。
それだから、進んで聞こうとするリリエ嬢の態度は非常に嬉しかった。
「ふむ。それでは何から話そうか。俺も自身の行いを一々覚えてる訳ではないからな」
「でしたら、ぜひノールズ砦に精鋭百騎で挑んで陥落させたお話を」
「ああ、あれか。あれは少々大げさな話になっているなぁ。実際は五百騎で、しかも相手が砦から打って出てきた所を返り打ちにしたというだけの話なんだがな」
「すごいじゃないですか!将軍の采配と指揮を聞きたいです!」
「うむ。よかろう」
まるで少年のようにキラキラと目を輝かし、身を乗り出すリリエ嬢にグスタフはすっかり良い気になっていた。
(まさか俺の話を楽しげに聞いてくれる令嬢がこの世に居たとは。リリエ。なんて良い女だ)
久しぶりに饒舌となったグスタフは止め留めもなく武勇を語ったが、その話をリリエ嬢は飽きる様子もなく、むしろ胸を踊らせて聞いているようであった。
「流石は『紅蓮の獅子』と恐れられた奴だったよ。だが、一昼夜かけての死闘の末、俺の渾身の一撃で奴は倒れた。俺ももう一歩も動けないくらいになっていたがな」
「す、すごいっ。あのシュドロムヘルト戦没の結末はそんなんだったなんて!」
「はっはっは。あまり公にされていないからな。軍事上の秘密も多数あるからな」
「素晴らしいですね。やはりグスタフ様は漢の中の漢。男子に生まれた者なら誰もが憧れるでしょう」
「うん、まあそうかもしれんな」
嘘偽り無いリリエの賛辞はグスタフの自尊心を大いにくすぐり、久しく味わえなかった満足感が彼を一杯にした。
(俺は口先だけの世辞などすぐに見抜けるが、このリリエの眼差しも言葉も本物だ。貴族令嬢という身でありながら男の世界を理解し、男子の生き様に崇拝的な理念さえ抱いている。素晴らしい女だ)
「グスタフ様のお話は本当に素晴らしいです。話を聞いてる内に叙事詩『エルダークの紡ぎ唄』を彷彿とさせる程です」
「おお、あの本を知っていたか。あれは俺のお気に入りの物語なのだ。あれを読んでから俺は戦士になるのを志したのだ」
「ええ、男子なら誰もがそう思うでしょう」
今日は来て良かった。そう思うグスタフであった。
何より、ここまで好意的な態度をとる令嬢というものは今まで存在しなかった。一本気な質のグスタフは既にリリエに好意を寄せていた。
「リリエ嬢、今日は招いてもらい感謝する。こんなに楽しい茶会は初めてだ。それもこれもお前のおかげだ」
「そんな大げさな」
ふふっと小さく花咲くように笑うリリエにグスタフはときめきを感じずにはいられなかった。
「グスタフ様の話は大変面白い話ばかりですから私の方が楽しませてもらってます」
「俺は今まで色んな令嬢と会ってきたが、こんなに話を聞いてくれた女はお前だけだ」
「まあ。なら、私がグスタフ様を一人占めですわね」
クスクスと小さな手を口元に当てるそのリリエの仕草に、グスタフの胸は高鳴った。
(美しい。可憐だ。女特有の媚びた甘さもなく、それでいて和かな優しさを持ち、少年のような純粋さを併せ持つ令嬢。なんと完璧な女だ。よし、決めたぞ)
「リリエ嬢」
「はい、なんでしょう?」
「今日はただの茶会のつもりでお見合いに来たが、気が変わった。俺は正式にお前に婚約を申し出たい」
「え゛!?」
「今まで数多くの令嬢に会ってきたがお前のような女は居なかった。結婚してくれ」
「ちょちょ、ちょっと待って下さいっ、え?結婚?!」
「ああ、結婚だ。俺の妻になれ。リリエ・デュレーデン」
「い、いや、急に言われてもっ、第一本人にその話をしないといけないし、ここで答えを出す訳には······」
「何を言っている?俺はお前に直接申し出ているのだ。本人はお前だろう?」
「あ、いや、そう、そうなんだけど、そうじゃなくて······」
「おお、慌てふためく姿も可愛いな。ますます気に入った。もう、我慢出来ん。キスさせてくれ」
「はい゛?!?!」
のそりと立ち上がったグスタフはリリエに寄ると覆うように抱きしめて顎をクイっと取った。
「可愛い奴め。もう俺は決めたぞ。お前は俺の愛しい女だ」
「あっ!ちょ、ちょっと待って!」
「なんだ?言っておくが俺の気持ちは変わらんぞ。俺は欲しい物はどんな手を使っても手に入れる。略奪将軍グスタフという名もあるくらいだ」
「いいいや、いや、そのっ!あ、あの、歯をっ!歯を磨かせて下さいましっ!淑女としての身だしなみを整えたいの!」
「む?そうか?俺はありのままで構わんが······まあ良い。女には女の嗜みがあるものな」
「は、はい!で、ではっ、失礼します!」
「ああ、待ってるぞ」
慌てて逃げるように部屋を出ていくリリエ嬢の背中をグスタフは野獣のような眼差しで見送った。
──────伯爵家玄関前──────
「ふい~、イケメンパワー注入で元気一杯リリエ姉さんのお帰りだよ~」
今日もイケメン達の爽やかスマイルに癒された私は、代理お見合いをしてくれている弟を労う為に好物の炭火焼鳥を買って帰宅。お腹が空いたので少しだけ毒味させてもらった。
「おや」
屋敷の前に我が家の物ではない馬車が置いてある。まだ居るのか。もう少ししてから帰れば良かったか。
まあいい。とりあえず、自室で大人しく待機してグスタフが帰ったらロイに渡すか。食べかけだけど。
そのまま玄関に入る。
──ガチャ──
「さて、見つからないように、そーっと」
「姉さあああああぁんんっ!」
帰った途端にロイの悲鳴が出迎えた。この家はいつからビックリハウスになったのだ?
「どうしたのロイ」
何故かドレスを脱いでパンツ一丁の半裸状態という我が弟ロイ。やはり変態だったか。医者に診てもらわねば。
「ロイ、私は姉として君の事はなるたけ理解してやりたいが、その格好は変態だと思うぞ」
「姉のドレスを着る方が変態だよ!!いや、そんな事はどうだっていい!とにかく、僕はもう知らないからな!」
「?いきなり何を言っているのロイ」
「ぼ、僕は悪くない!僕は姉さんの言い付け通りに友好的にやっただけだ!だから後はもう知らない!姉さんが悪いんだぁあ!」
意味不明な事を口走ってロイが走り去って行く。
ふーむ。本当に医者に診てもらった方が良いんじゃないか?
「あれ?そう言えば、グスタフはまだ居るのよね。ロイってばなんで途中ですっぽかして······」
『遅い!遅いぞリリエ!俺はもう待ちきれんぞー!』
「!?」
野獣の咆哮のような声が応接間からしたと思ったらガターンと扉を押しのいて熊が現れた。
「ほわあぁ?!」
思わず悲鳴を上げてしまったが、よく見ると熊じゃなくて人間だ。
が、その人間というのがどう見ても野蛮人。どこぞの野盗の頭としか思えない大男。ついでに言えば私の生理的本能が一ミリも受け付けないタイプの男だ。
そんな男がだ。
「おお、リリエ。そこに居たのか。ん?お色直しもしてくれたとは。なんと可愛い女だ」
とかいう身の毛もよだつセリフを吐くのだから、さあ大変。回れ右、スカートたくしあげ、ヒールを脱ぎ散らかせばスタートの合図。
脱兎のごとく私は逃げた。本能的に。
「どうした、何故逃げる?おーい、リリエー」
──ドスドスドス──
「ノオオオオォ!!」
すごい勢いで突進してくる大男。私の頭の中で目まぐるしい計算が回り、この男、そして状況を弾き出した。
こいつはグスタフだ。軍服だし、外見が噂と一致している。そしてこのタイミングで我が家に居る軍人の大男とくればもう確定。
なぜ追いかけてくるのか。不明。しかしながらロイの格好、言葉、グスタフの言動からしてなんとなく察し。
「ロイイィ!余計な事をしたなああぁ!!媚薬でも盛ったんかああぁ!!」
「ああ!リリエー!逃げる姿も兎か牝鹿のようで最高だ!俺の中の野生本能がお前を狩ろうとしている!」
「ひいいいいぃ!」
くそおおお!おとうとおおぉ!姉を助けろおおお!!
──ガッ──
「あっ!」
つまずいてしまった。転ぶその刹那。
「おっと」
──ガシッ──
丸太のような太い腕に掬い上げられた。
「ふふふ。リリエ。逃げるなんて、恥ずかしがり屋め」
「ひいいいいいっ!?」
すぐ目の前一杯の野獣の微笑み。
「少しケバくなったが、それでも構わん。さあ、俺の愛を受け取ってくれ」
「ぢょっ!?まっ!?まっでぇ!!」
「んーー······」
「ぎゃあああああああ!!!??」
口の中に広がる獣肉のような味に意識が落ちる瞬間私は誓った。
もう、弟を利用するのは止めよう·········。
────おしまい────
お疲れ様でした。またどこかでお会いできれば幸いです。