008、街探索
眼鏡屋をあとにすると、もうこれはいらないっとリンはすぐさま、冑もろとも鎧までも売りに出し、ラフな旅人風な服装に着替えてしまった。
若干勿体ないと思いながら、本人が売ると言うから、そうかと済まし。
俺は防具屋や武器屋とRPGをやったことある人なら、必ず寄る店を堪能した。
直に触れるそれらにワクワクしたり、重さに驚いたりと、画面の文字や絵だけだった物を触り、鉄や革の匂いに包まれた独特な雰囲気を存分に楽しんだ。
初体験の好奇心を眺めて触って満足させたら、次は街中へと足を伸ばした。
「そう言えば、さっき聖愛の勇者って言われてたよな?」
「ああ、精霊に愛され過ぎているの勇者という、二つ名だよ」
「愛され過ぎって……」
「俺には産まれた時から過度な精霊の加護が付いている。精霊の加護が強過ぎるから勇者になれたようなものだ」
どことなく自虐的な雰囲気が出て、それ以上聞くのを躊躇う。
「実力でなったとは言われなくて、今はそんなことないけど、若い頃は荒れたりもしたよ。日々の鍛練だって欠かしたことないってな」
「そっか。愛され過ぎって?」
「産まれた時から、一切の魔力を使っていないのに保護膜、俺は加護膜と呼んでいるがそれで守られてる。自分の魔力を使わないでそんなことを出来るものはいない。子供の時に転んでも怪我一つしたことがない、それによほどのものでなければ攻撃は当たらない」
「チート勇者って訳だ……おっ、チートは、他人から見るとズルい能力とかを指すものだけど、相手がこの世界の根本じゃあ、文句は言えないな」
リンの『なんだそれは?』の合図は、眉毛が片方上がることだとこの短い時間で気が付いた。
歩きながら、リンから色々と話を聞くと、この世界は全て精霊の力が関わっている。
大地や水といった全てのものにも、生き物にも精霊が関わっている。
この世界に住んでいるものは、誰でも魔法を使えるが、その制御に精霊の力が使われる。
産まれたその瞬間にはもう精霊が一つないし、複数宿っていて、その精霊が魔法の制御に役立っているという訳だ。
至る所に精霊はいるが、精霊眼の持ち主以外見ることはできない。
とはいえ精霊眼を持ってしても、精霊の放つ性質の光を認識することしか出来ないし、その持ち主も極稀。
そして大精霊のみ意志疎通を図れるが、精霊眼を持つ数十年に一人二人と僅かな人のみ。
今、大精霊と会話出来るのは、大賢者アンゼルフだけなのだと。
リンの加護が強力過ぎて、一時は大精霊によるものではないかと騒がれ、アンゼルフが大精霊に確認したこともあるらしい。
俺も精霊の加護があると言われたが、それがどんなものなのかは、今のところ全く分からない。
「……チート街道まっしぐら……すげーなお前」
「あとは、当たりをよく引く」
「はっ?当たり?」
「くじ引きとかの当たりだよ」
「そっちか。へえー」
「当たってしまうから引かないようにしてたのに。拾ったくじを届けたら、大当たりで換金後に半分を貰ったことがあった」
「貰ったんだ、断りそうなのに」
「伴侶になるか、半分貰うかどちらかにしろと言われたら、貰うしかない」
「あー、貰うわ。でも羨ましいーな。俺は、くじ運ないからいつも外れを引く、当たったことあったっけ?」
「コウにも精霊の加護があるんだろ。今なら当たるんじゃないか……俺はまた大当たりを引き当てたしな」
などとこちらを見てにこりと微笑まれて、大当たりが何を指しているかをなーぜか察してしまったが、肯定も否定もしにくいのでスルーにしておいた。
「あ、あれ旨そう。セミさんから財布預かっているんだよな、食おうぜ」
「ああ、あの店のトカゲーヌ焼きは、美味しいよ」
リンはそんなスルーも気にせず、屋台に足を向けるが、その言葉に俺は足を止めた。
「へっ?トカゲーヌ?魔物とか?」
「大きめなトカゲによく似てる魔物で鳴き声が犬、トカゲイヌとも言う地域があったな。どこにでもいるし狩りやすいからよく食されている」
「トカゲがわんわん吠えるのか……異世界だなー、味は?」
「店にもよるが、あの店のはどの場所でも同じ味だから心配がないんだ。タレにスパイスをいっぱい使っているという話だ。異世界人が関わっていると噂で聞いたことがあるが、ホントかは知らない」
「他にもいるんだ。異世界人」
「話しは聞くが、実際に会ったことはない。アンゼルフ様かセミエール様なら知っているかもしれない」
お目当ての屋台『フランチャイズ 焼きゲーヌ』に着き、大きめな肉が刺さった串焼きを二本買って、道の脇にあるベンチへ腰を下ろす。
歩きながら食べても大丈夫だろうが、いかんせん人が多い。
ぶつかって串が刺さるのは避けたい。
どこでもおなじ味で店の名前が『フランチャイズ』しかも『焼きゲーヌ』は多分焼き鳥のモジりだろう、確実に異世界人が関わっている。
焼き鳥屋のいい匂いに似た、食欲をそそるあの匂いに間違いはないと確信しながら、口を開けた。
「おっ、うまーっ!……おお、そうだ!セミさんってもしかして凄い人?」
「ああ、あの方は、今は剣を置かれているが、魔法剣士として幾多の功績を挙げている方だ。数々の逸話も残している」
「へー、リンが来る前に、テーブルにお茶が数滴こぼれそうになったのを、セミさんがハンカチでこうスッて取っちゃってさー、すげーって思ってさ」
「切っ先の魔術師とも言われていて、魔法と剣の合わせ技、魔法剣の先駆者でもあるはずだ」
先駆者……セミさんが、異世界人か転生者では?と思ってしまうのは、色々な書き物の読み過ぎだろうか。
「へーっ、アンさんは?」
「アンゼルフ様か?大賢者として名高い方で、どの属性魔法も使えるのはあの方だけだ。新しい魔法も数多く編み出されている」
「二人とも凄いな」
「ああ、それに理想の伴侶とも言われる」
仲良きことは良きかな良きかな、同性だけどここはアリらしいし。
「そっかー。……んんっ?あれ?今更だけど、俺は何語を話してる?」
「んっ?キュラツ語だが?」
「じゃあ、あれもその言葉で書かいてる?」
看板を指差して、リンに聞いてみると案の定。
「ああ、キュラツ語だな」
「おーっ、自動翻訳機能完備ー。こんにゃく要ーらずーぅ」
「じどう……?こんにゃく?」
「あ、それはちょっとあとで。今、感動中だから。そっかー、これが自動翻訳………」
先程のフランチャイズも、看板には見たことのない言葉で書かれているが、それがフランチャイズと読める。
どの店も、書けと言われたら困るだろう難解な形の文字だが、何が書いてあるのか分かってしまう。
「あー、異世界に来たんだなー俺……聖女、何で聖女……あぁー……」
ゲームをし、物語を読んでいただけの自分が異世界召喚されている事実は、飛び上がりたいほど正直嬉しい。
勇者として魔王を倒せという、危険な状況下でもない。
今すぐは無理になったが、帰れるようだし。
だが、聖女としてなのが、まだまだ踏ん切りをつけさせるには、色々と頷き難く、微妙に重く複雑でしかない。
お目通し、ありがとうございます。