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052、国境と差別。

実はとっくにラリスアット国境を越えていた。

地球のように国境警備に経費を割くことはしてない。

地図上ではクエントのダンジョンは、隣のエムテヒヤ国だそうだ。

雨が降りそうだと移動速度を上げた辺りが国境だったらしい。

朝食を食べている時に国境越えはそろそろかと聞いたら、そう言われた。

「言うつもりだったんだが、すっかり忘れてたよ、すまないな」

「そっか、こっちには国境に線とかないんな」


それから、地球では国境警備に莫大な金をかけてる国があり、国境に馬鹿高い塀を作って人の行き来を管理しているなどと教えると、リンは目を見開いていた。

日本は島国だから、国境問題もなく平和なのだとも伝えておいた。

こっちの町や村にある塀は魔物が進入してこないように設置してあるものであって、基本的に誰でも入ることが可能だ。

国王の座する城下街は、入出に身分証明書やワカルンスが必要だが、主にギルドカードがあればこと足りる。

人種差別がないこの世界には、国境で人の往来を隔てることが奇妙にも思えてしまうらしい。

国籍もだが、肌の色で、人種差別があるし、もっと身近なところでは、男尊女卑という差別もあることを教えた。

「なんだが凄い世界だな、国境を塀で区切るとは」

「やっぱり言葉がネック……障害な、障害になってんじゃね。ここみたいに全員が同じ言語で、大精霊っていう柱があれば、地球もそういうのなくなるんだろうけど、地球は絶対無理って思うわ」

スマホの辞書アプリをスマホを立ち上げると開くように設定した。

もうこれはスマホという名前の辞書になった。

リンと話したり、イムリンやペタと遊んでいることが多くなり、ゲームしたり、漫画を読むこともなくなった。

まあ、ゲームが楽しいのは一人の時間を潰すことだし、遊んでいたゲームのほとんどはオンラインもので、イベントで何かを収集したり、ランク入りする為にやってたようなものだったから、やらなくなるのは当たり前。

今からオフラインのゲームをちまちまやるよりは、リアルの異世界堪能にシフトするのはしょうがない。

「ここを作ったやつは、そういう差別とか嫌いなんだろうな、あっ袋ちょーだい」

「そうかもしれないな、ああ、頼む。こちらにも階級制度はあるが、それで下を差別したりすると精霊に忌みされ酷いことが起こると言われてる」

「ひどいこと?」

「言われている。実際にことを起こした者は早々にどこかに消えているからな」

「精霊こっわ」

イムリンが綺麗にした食器類をまとめ、リンが投げてきたジンケットを受け取り、中にしまうとリンに投げ返す。

俺も片付けなどを自分からするようになった。

野営の勝手が分かってきたし、リンの許可があればジンケットを渡してもらえて、リンの物なら入れることが出来るということも分かったので、手伝いをすることにした。

何にもしなくても、文句も言わないだろうが、イムリンでさえ動いてるのだからと、自分なりに動くことにした。

飯作りにも参加して、サラダ係を担当することになった。

葉物を手で千切ったり、たまに切るだけの子供でも出来るやつだから、そう威張れるものではない。

大まかな食事準備は、店で売られてるものを使っているから、リンも温めて味付けしてるだけだったのだ。

その味付けはリン独自の配合なので、そちらは完全におまかせ。

俺が手を出して不味くなったら、最悪だからだ。

料理に自信あるやつが異世界で飯テロ起こすとか、俺には無理難題。

前に読んでいた数作品かが飯テロ起こしてるやつだったが、何も見ずに料理を作れる手腕にスゲーッと思っただけで、それを覚えて作ろうとかは思わなかった。

それをしてたら、飯係になっていたのかとふと思う。

無理だな、俺は腹に入ればそれでいい。

誰かが食べてくれてるのを嬉しいとか、飯を作るのを楽しむような回路はない。

リンはどうなんだろうか、テントを片付けるためにテントに向かっているリンに聞いてみた。

「お前さ、飯作るの好き?」

先程とは全く違う質問に、リンは足を止め、こちらを振り向いた。

「いきなり変な質問だな。うーん、料理をするのが好きとは言えないが、コウに食べさせるものだから気を付けてはいる。コウに不味いものは出したくないからな」

「……ふぇ?あっ、そうっか……ほぉ~……」

軽く投げただけなのに、特大ホームランで打ち返され、返答に困ってしまった。

だから、クハラのかあさんにドレッシングのレシピを聞いていたのだと、いま合致した。

「コウはすぐに顔に出るから、味の好みを把握するのが容易で助かったよ」

「……んっ?それはどっちだ?誉めてないよな」

「どっちだろうな。今のところ不味いものは出してないだろう」

「うん、ない」

「そうか、なら良かった」

凄い笑顔で言われて、なぜか頬に手を当てられ、上向かされるとキスされた。

少しディープだが、色々と高ぶるまでのではない、絶妙な加減のやつ。

「ごちそうさま」

離れると少し上でまた眩しいほどの笑顔がこちらを見下ろしている。

「お粗末様でした……って違うし、俺がごちそうさまって言わなきゃいけないだろうがっ」

「俺とのキスに?」

「あっ……飯に?」

「美味しそうに食べてくれてるので分かってるよ。コウ、このままテントに戻りたい気分なんだが、コウはどうかな?」

「えっ?あっ……朝だし、行かないと……」

そんなん言われると、落ち着いていた息子かピクリと反応し、視線がさまよってしまった。

「そうか、残念だ」

「いやっ、あのその……すぐって訳でも……あっ」

チラリと上を見ると、先程の笑顔に違うものが乗っているのに気付き、カマをかけたのだと分かった。

「そうか、じゃあ戻ろうか」

「……お前、意地悪くなってないか?」

「そうかな?」

「だって、前はそんなこと言わなかっただろう」

「多方向から攻めていかないといけないからな、目下探求中だよ」

「何を?」

「なんだろうな」

「訳わかんねぇ……っくっ……」

更に追及しようとするとキスで塞がれた。

今度はもろ股間に直撃するやつで、思考が止まった。


実はリンスランは少しばかり苛ついていた。

他人のキューピッドばかりして、目の前にいる自分の好意を頑なに受け入れようとしないコウタに。

そして、クエントとあちらの不可解な言葉で仲良さげに話していたことに。

素晴らしく相性のいいコウタの体に溺れているのは、自分だけだと少し自虐さえしてしまうほど。

リンスランの心の中はコウタで一杯になっているが、そうは顔にも態度にも出さない。

伊達に38も歳を重ねてはいない。

まだ若輩と言えば若輩の領域だが、年齢よりも数多の修羅場などを潜り抜けてきた、歴代最強の勇者の面の皮は厚い。


一戦終え、服を着ているとコウタがリンスランを見て、また視線を衣類へと戻した。

「どうかしたか?」

「んっ……なんも」

「そうか」

小さく安堵の息を吐いた。

リンスが苛立っているかのように感じていたのだが、今は落ち着いているようだと思う。

なのだが、少し意地悪と言うか、悪戯をする前の子供のような表情をするリンも気に入りだしていたりする。

今まで被っていた仮面が、少しずつ剥がれて来ているかのように思うのだ。

最終的なものは受け入れないと壁を作っているが、もうコウもリンスランがいいのだ。

多方向面でこの男が気に入っている。

だが、108箇所の聖地を廻り終えて、離れたくないと言わないように改めてそれらに厳重に蓋を施した。

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