005、勇聖者現る
俺が悩んでいる間に、セミさんはお菓子やらをテーブルに用意していた。
しかも、俺の前、先程までアンゼルフが座っていた場所にも。
「これは?」
「勝手ながら、この場は勇聖者様にお任せしようかと思いまして、こちらは勇聖者様の分になります。先程、伝えを出したのですぐに来られるでしょう」
あ、あれだ。
一刻も早くアンゼルフの所に行かなくては、的なやつ。
もう、帰るの一言は言えなくなった。
やるしかないのかー、聖女、何すんだろ。
って、顔出しで、聖女です!はイヤだぞ!聖女?ってなるじゃないか!
やっぱ、帰る……帰れないー。
コンコン
まだまだ悩み中の俺の耳に心地よく、その音は入ってきた。
「ミニシッドです。入っても構いませんか?」
良く通るやや低音な声、おっいい声と顔を向けた。
「はい、少しお待ちを……お入りください」
セミが戸を開けに行き、すると鎧が……室内で冑も被っている男が現れた。
ぎょっと顔が強張ってしまうのは、仕方がないだろう俺に一瞬視線を向けられた気がしたが、今はセミさんに向いている。
「セミエール様。ミニシッドと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ。ですが、様は止めてください。今はもうただの一般人です。敬語も止めて、セミと呼んでください」
「そうおっしゃるのであれば、分かった。セミ、こちらの方は?」
話に付いていけないこの状況。
分かったことは、このセミさん、ただの執事ではないってことだ。
「聖女様です。本来であれば、私がこの方に付いていなければいけないのですが、所用ができ、離れなければいけません。頼んでも宜しいでしょうか?」
「……この方が、ならば引き受けよう。せっ……彼の今後はどのように?」
「夕刻までには戻りますので、街でも見回られてはと考えています。大まかな話はしただけでは、分からないことも多いでしょう。街を回りながら、この世界を話して頂けると助かります」
置いてきぼりで、話が進んでいく。
まあ、ここで休んでいてもいいけど、暇だろうし、外に出るのは賛成だが、鎧と出歩かなくてはいけないのが、ネックでもある。
これが勇聖者様なんだろうが、今のところ、この世界に来て初めての警戒心が涌き出てくる。
顔を見せなさい、顔を、と考えていたら、勇聖者がおもむろに冑に手を当て、冑を脱ぎ笑顔を見せた。
おおー、目鼻立ちしっかりのイケメンさん登場。
笑顔のイケメンの登場に、あっさりと警戒心は遠退いた。
白っぽく見える金と黒のツートンカラーのショートヘアに琥珀色の瞳、こちらもハリウッド俳優のようなぁ……。
ふとデジャブを感じて、暖炉の上に視線を向ける。
なんだろう似てる?
彼が成長したらこうなるだろう的な肖像画に見える。
親子?ってことは王子?王子が勇聖者?
「初めまして、私はリンスラン ミニシッド。この国の王と非常によく似ているが親族関係はないので、かしこまらないで頂きたい」
居住いを正したのがおかしかったのか、クククッと堪えれない笑みが零れた笑い声だが、嫌みではない感じだ。
「そう、似過ぎな……あーどうも、立花幸多、コウタが名前になる感じので」
「コウタ様。私のことはリンス、リン、呼びやすい呼び方で呼んで頂いて構いません」
「っ……待った。様はちょっと。話し方もそういうのはなしで」
「分かった。もし、休むのであれば席を外すが、そうでなければ。この街をくまなく知っている訳でもないが、案内は出来るので散策してみないか?」
「ここの人じゃないんだ」
「俺は隣国のジヒル国のものだ。この国には何度も来ているから、贔屓にしている店などはある」
「なるほど、じゃあ、お言葉に甘えて」
「でも、冑を被ることを許してくれるだろうか。俺はこの国王に似過ぎているので、顔を隠している方が何かと楽なのだ」
先程の俺の警戒心は顔に出ていたのだろう、そんな許しを請うてくる。
「あー、それで。でもそれって邪魔じゃないの?」
「はっきり云って邪魔だ。普段被らないから重く苦しいが顔隠しだからな」
「サングラス……はないだろうから、あっ眼鏡とか使えば?」
「タチバナ様。眼鏡はありますが、顔を隠すものではありませんよ」
セミさんが横から口を挟む、こちらの世界に眼鏡をおしゃれでかける人はいないのだろう。
「見た目を変えるんですよ!眼鏡一つで印象って変わるんですよ」
「私のであればありますが、レンズが……」
「レンズなしでかけるやつ。俺の世界で『だて眼鏡』って云って、おしゃれアイテムの一つで、俺はかけたことないけど」
おしゃれを省いている俺には、知識だけでかけたこともない代物だ。
「なるほど、それはいいかもしれない。では、最初は眼鏡屋に行ってもよいだろうか?」
「……それ嫌だったんだ」
「バレたか。こういう窮屈なものは嫌いなんだ」
「だろうな、俺もそれで歩けと言われたら断る」
なんだろう、この感じ。
旧知の友と話してるような軽い感じだ。
「なんだろうな、初めて会った気がしない」
リンスランも同じだったようで、先程まではない自然な笑みが零れている。
「俺もそう思った。友人といるような感じ。あー、改めてよろしく。リンス……リン、リンでいい?」
今はコンディショナーって書かれているけど、あれをリンス呼びしてしまうのは俺だけじゃないはず、リンスと言われて頭に浮かぶのは塗って流すあれで、リンスは却下だ。
「ああ、構わない。コウタ…コウ、俺はコウと呼んでも?」
「コウタのタが言いにくいんだろ」
「なんで分かるんだ」
「なんとなく、言いにくそうって」
「その通り、コウタをずっと言えと言われたら舌を噛む自信がある」
「どんな自信だよ」
俺が初対面で打ち解けている、この状況。
不思議な気分を味わいながら、話しているとキリのいいとこで。
「では、タチバナ様こちらを」
と、セミさんが衣服を手に割り込んできた。
「そちらの衣服では、目立ちましょう。こちらの一般的な庶民の服装です。こちらに着替えてから散策した方が楽しまれましょう」
やり手の執事ってこんな感じなんだろう。
セミさんの手腕に感服した。
お目通し、ありがとうございます。