039、二軒目の宿 3(キューピッド)。
しばらくしてリンが、ラウとディラのご飯を買うために市場に行くと言い出し、クハラが案内を買って出たので、三人で市場に行き、買い物を済ませた、その帰り道。
「肉食かと思ったら、野菜ばかりなんだね」
「肉も食べるが、基本は草や野菜だな」
「あげてみる?」
「いいの?やるやる。あっ、クユーユ……あっ、持つよ」
「……旅のお方、こんばんわ。いえ、いい、結構」
隣宿の女性が荷物を持って歩いているのを見て、クハラが駆け寄ったが、すげなく断られて分かりやすくしょげていた。
「こんばんわー、クユーユってんだ。俺、コウタよろしく。あらー重そう、持つよ持つよ」
「えっ、あっ」
クユーユから荷物を勝手に取ると、二個あった方の片方をクハラに持たせた。
「ほいっ、よろしく。なぁ、リンあの……」
えっ?と驚いた顔をした後、すぐにニコニコ顔で受け取って、クユーユの隣を歩くクハラ。
「……返して」
「うんにゃ、あたしが持つよ!クユーユがこんな重いもの持って手でも痛めたら嫌だもん」
「なっ、そんなこと」
「お客さんにも頼まれたしね。帰り道一緒なんだから、昔みたいに甘えてよ」
「……クハラ……」
ニコニコのクハラの顔を見て、頬を赤くすると俯き歩くクユーユに、リンも気が付いたようで、小さな声で聞いてきた。
「コウは知ってたのか?」
「なーんとなく。こんなん気付く人間でもなかったのにな。これもアレになったからかねぇ」
「どうだろうな。どうする気だ?」
「うーん、まーな。……クユーユちゃん、ちょっと獣舎寄るの先にするから、あいつらに飯あげたい」
「えっ、あっ、……少しなら」
俯いていたクユーユが、俺の声に顔をあげて、チラチラとクハラを見ながら了解する。
「この兄さん方の従魔見たら、びっくりするよー。ずっと見たいって言ってたやつだから」
「えっ?やっぱり、あの子達ってピポグリフォル?」
「もうっ分かるの早いって、そうっあのピポグリフォル」
「クハラ、小さいときに一緒に見ようねって約束してたの覚えてる?」
クユーユがクハラの手を取り、顔を近付けて聞くと、掴まれたことに驚いたクハラの顔が嬉しそう笑み、掴まれた手を包んだ。
「もちろん、だから見せたかったんだ」
「あっ、ごめっ……離して」
自分から掴んだことに驚いて、離そうとしたら今度はクハラが離さなかった。
「離さないよ!ようやく顔を見てくれたんだ。手を繋ぐなんて子供の時以来、嬉しい。ほらっ行こう。ラウとディラって名前のカッコいいピポグリフォル見に行こう」
グイグイと引っ張るように、でも歩く速度はクユーユに合わせている。
そんなクハラに顔を赤くしながら付いていくクユーユがいた。
「あの時もしかしたらって思っていたけど、本当にピポグリフォルだったのね。すごいっ」
「こっちがラウで、こっちがディラ。この子たちスッゴク優しいんだよ!お兄さん方、触らさせてもいいよね?」
「どうぞー。あとご飯あげてくれる?」
リンがジンケットから野菜を出しているのを見て気が付いた。
彼女、ジンケットを使っていない。
この世界では、ジンケットが出来てから、産まれてすぐにジンケットを作らせ、ある程度の年齢になったらそれを贈る風習が出来たと、セミから聞いていた。
「いいのですか?ありがとうございます」
クユーユは、ラウに恐る恐る受け取った野菜を差し出し、シャクシャクと食べる姿に歓喜している。
「見て見て、ディラが野菜食べてるのってなんか違うって思わない、こう肉とかを食べてそうなのに」
「そうね。ディラ、カッコいい……ラウは優しいお顔してるのね。私と違う」
そう小さく呟き寂しそうな顔をするクユーユに気付いたクハラが、手で顔を挟んで自分の方に向かせた。
「何言ってんの、クユーユはスッゴく優しいくて、こんなにも綺麗じゃないか。本当にどうしたのさ。昔のクユーユに戻ってよ」
すると、クユーユの瞳に涙が溜まっていく。
「っ……私は……」
その姿に何故か、この村の衛兵の姿が頭を過った。
「あのさー、衛兵にクハラの宿に客を行かせないよう言ってるのって、クユーユちゃん?」
その言葉に、一瞬にして青ざめた顔になり、クハラの手から逃れるクユーユと、驚いた顔のクハラが俺を見る。
「なっ、なにそれ?うちに客が来ないのってクユーユのせいなの?なんで?」
「なーんとなく。理由はクユーユちゃんが知ってるけど、なんとなくだけど、クハラちゃんの為にしてる気がすんだよね。なーんとなくだけど」
確証はないけど、こんなにも全身でクハラを好きだと言っているクユーユが、意地悪などでそんなことをしている気がしない。
むしろ、好きだからこその行動のように感じるのだ。
青ざめた顔のまま俯いているクユーユの両手を掴み正面に立つとクハラは、一度深呼吸してから、ゆっくりと聞いた。
「クユーユ、教えて、どうしてそんなこと」
しばらく逡巡して、ちらりとクハラの顔を見て、また俯くと胸の内を話し出した。
「……だって、クハラちゃん。外に出たいって、村の外に行きたいって……」
「えっ、それは言ったけど……」
「宿に休みはないから。外に出るなんて、宿を辞めるしかないじゃない、だからお客さんが行かなきゃ宿を辞めると思って……」
「えっ……」
「クユーユちゃん。ジンケットどうした?質に出したんじゃない?」
「どうして知って……あっ」
「セミが、俺の……知り合いが言ってたんだけど。ジンケットはその人の唯一無二の財産。落としたら勝手に戻ってくるけど、自分からなら誰かに預けることは出来る、だから質出して金を工面する人がいるって、結構な額になるって言ってた。それを衛兵に渡してるんじゃない?」
「クユーユ……」
自分が持っていた荷物を思い出し、エサをあげるために地面に置いた荷物を見る。
この世界にはジンケットがあるから、重い荷物を持つことはほとんどないのに、クハラはクユーユの買い物袋を持っていたことに今、気付いたのだ。
「……クハラちゃんには自由になって欲しい。宿をやってるからって外の世界を夢見るのを諦めて欲しくないの、あんな顔で外の話を聞くクハラちゃんに、自由に色んな場所を見て欲しい。大好きなクハラちゃんの夢なんだもの……あっ……」
クユーユは枷が外れたかのように言い始め、ついには告白してしまい、顔を更に真っ赤にして、口を押さえようとしたが、両手はクハラの手の中。
そんなクユーユに、クハラはニッコリ笑むと、今度は全身を抱き締め、クハラも告白する。
「あたしの夢は、クユーユと伴侶になること。そりゃあ、外の世界は見てみたいけど、それはクユーユがピポグリフォル見たいって言ったからだよ!いつか、二人で見に行くって、その為にも外の話をいっぱい聞いて、あたしがクユーユを連れて行くため。もう見れちゃったから、あたしの夢はクユーユと伴侶になることだけになったよ、クユーユあたしの伴侶になってくれる?」
「クハラ……ちゃん。うん、伴侶になる。今までごめん……ごめんなさい」
抱き締め合い、泣きじゃくるクユーユの頬を優しく拭ってあげるクハラを見て俺は思った。
俺、恋のキューピッドしてないか?
荷物をそこに置いて、俺達は先に宿に戻った。
ラウたちのご飯はしっかりと置いて。
クハラのお母さんに、クハラは?と聞かれ、クユーユと話してると言ったら、良かったと嬉しそうな顔をして、あなた方のおかげかしらっと笑っていた。
あなた方ではなく、俺だけだけどな。