037、ニ軒目の宿 1。
結局、日が暮れてからトゥーイン村に入ることになった。
壁ではなく、柵で囲まれた村の入り口もちゃんと兵がいるが、街とは違い冒険者カードを見せて、ノートに記入したら通してくれた。
「宿はどこにある?」
「この通りを真っ直ぐに行けば、二軒あるがお薦めは一軒目だな」
リンの問いに兵はぶっきらぼうに応えるが、なんとなくニヤニヤした顔が気になって、聞いてみた。
「なんで?」
「えっ?いっ、二軒目はあれだ、飯が不味くてな。一軒目の方がいいと思うぞ」
しどろもどろにポケットを押さえて、答えてくれるところを見ると、金でも貰ってるのかと思ったが、そこは追求せずに、そっかっと歩き出した。
入り口から少し離れて、リンを見るとこちらを見ていた。
「なんだよ」
「もっと追及するかと思ったよ」
「一応、目立つのは嫌だし」
「なるほど、で?」
「両方見てからにする」
「同意見だ」
村と言ったらイメージとしては、隣の家まで歩いて何分とか、隣の家が見えないとかを想像してしまうが、そんなのとは全く違った。
普通に町、建物も街よりはゆとりはあれども並び立っている。
魔物対策で家や商店を一ヶ所に集め、残りの地区で畑やらを共同で管理、運営しているらしい。
村と言えば、大体はこんな感じらしい。
ちなみに先程の兵は、首都キュラスから来ている衛兵で、大体は村出身者で構成されるが、人手不足などで村出身者ではないものがあたることがたまにあるらしい。
「多分、さっきのは村出身者じゃないだろう。金とかで動くってことはここに親族はいないんだろうな」
「ほぉ、なるっ。親族とかにバレたら微妙だもんな」
「それは、良くない時に使うのか?」
「んっ?微妙?……そうともいう」
「いい言葉と思っていたが、コウの世界は表現が違うんだな」
「あれだよ、ヤバイと一緒。危ないとかのヤバイと良いときのヤバイみたいな。微妙もいい表現の時もあるけど、どっちかと言うと良くない時に使う方が多いかも。ってことは、ヤバイの反対は微妙か?あれ?」
「略とか造語とか、意味を逆に使ったり、表現が多彩で驚くばかりだよ」
「改めて言われると確かに。まあ、それだけ平和ってことでもある証明でもある」
「平和か、確かにここで言葉を変化させることはないな。キュラビッツ語が標準語になってるのがいい例だ。意志疎通が明確じゃないと危険だからな」
「そりゃそうだ。そういやぁさ、俺の住んでた日本じゃなくて、他のとこの大昔の話でバベルの塔っていうのがあるんだけど。元は一つの言語だった人達が、共同でメチャクチャ高い塔を造ったら、神様が怒って塔を壊して、そこにいた人達の言葉を住む地域毎に変えたって話があんだよね。そのせいなのかは知らねぇけど、地球には国毎に言語があるし、その中で方言っていって各地方で更に細分化されてんだよねー」
「凄いな、神様が言葉を変えるなんて」
「なっ。まあ、英語とか共通で使える言葉はあるにはあるが、知らなくても生きていける、他に行かなきゃいいだけだし」
「なるほど、……ここが一軒目……」
「……二軒目が空き地挟んで隣ってシビア~」
宿と書かれている店が、空き地を挟んで並んでいた。
一軒目は、二軒目より少し大きくシンプルな外装。
二軒目は、緑や花を飾り、親しみや温かみを感じる。
その時、二軒目から、少し背の高い元気そうなケモミミの女性が飛び出してきた。
「いらっしゃい。部屋空いてるよ」
すると、カランっと一軒目からも女性が出てきた。
こちらは少しきつめな表情で、ケモミミを一瞥してから、丁寧にお辞儀をした。
「ようこそ、いらっしゃいました。お宿をお探しでしたら、当店をどうぞ」
リンと顔を見合わせ、リンが俺の表情に何かを気付いたのか、好きな方を選べっと言ったので、俺は。
「先に声をかけてもらったから、ケモ……こっちで」
「ありがとう!先に獣舎に連れていくね、こっちだよ!」
ケモミミの後を歩きながら、ちらりと一軒目の女性を見ると、目線は俺やリンとかではなく、ケモミミに向いていた。
きつめな表情とかではなく、寂しそうな表情に見えた。
ラウとディラを獣舎に連れて行きながら、ケモミミが二匹をジッと見て、ニコニコと話しかけて来た。
「兄さん方、この子達ってピポグリフォル?」
「そう、知ってんの?」
「話だけ、初めて見た!カッコいいねー。触ってもいい?」
「いいよー」
ケモミミが、そっと手を伸ばしてラウの首辺りを撫でる。
「すっごい優しい顔してる」
「ラウってんだ。こっちの怖い顔はディラ……ごめんって」
怖い顔呼ばわりしたら、ディラがピュィっと鳴いたから、慌てて謝った。
「ラウ、うちの獣舎どうだい?狭くない?あっ、ディラには少し狭そうだね、どうしよう」
「つっかえを付けなきゃ大丈夫じゃないか?」
ケモミミが心配そうに言うとリンがディラを撫でながら応えた。
「逃げない?」
「ピポグリフォルは賢いからその心配はない」
「そっか……お兄さん、よく見るとすっごい格好いいじゃん、なんで眼鏡なんてしてんのさ」
「……」
「余計な罪を作らないため、とか」
リンが何も言わないのに、からかい混じりで言うとケモミミは笑いながら返してきた。
「何それ。あっ、あれか、惚れられちゃうから隠してるんだね」
「それそれ。いるだけで罪な男でな」
「あー、なるほどー分かるかもー」
「おっ、君は大丈夫じゃん」
「あたし?あたしの好みとは違うからね!そうそう、あたしクハラ、よろしくね!」
「俺はコウタ、こっちはリン、よろしく」
「よろしく」
店内も花や緑がそこかしこに置かれていた。
元気印のケモミミ看板娘と両親の三人で営んでいるが、あまりにも客が来ないので父親は今は副業の方に行っているそうだ。
「宿が二軒並んでちゃ、大変しょ」
「そう。ここ数年は特にあっちばっかりに客が行くからもう大変」
「こらっ、お客様にそんなこと言わない」
テーブルに着いて、リンが帳簿に記入している横で、俺はケモミミのクハラと話していると、お茶を持ってきた母親がクハラを窘めた。
「だってー。あっ部屋は一緒?」
「一緒……いやっ、別々で!」
「コウ?」
「売上の貢献しようかと思ってな」
「えっ?いいの?助かるー」
「こらっ」
「だってー」
「いいのいいの、リンいいだろ?」
「もう決めてるんだろ。いいよ」
「兄さん方、ありがとうー」
ピコビコ動く耳に、ヤニ下がってしまう頬を下がらないように意識していた。
だが、なんとなく冷たい視線を感じてリンを見ると呆れたような顔で見られていた。
ケモミミ娘、しかも元気印のがいるんだぜ!
って、言っても、それはリンには通じない。
リアルケモミミを前にすると、手がワキワキしてしまうのは何故だろう。
まあ、何もしないけどな。
そういや、若い女子と話したのに緊張も何もなかった。
全く身構えることもなく、普通に軽く話せた。
聖女仕様に、人見知り無効機能も付いていたのか。
あっ、姫様には人見知り機能、起動してた、この違いなんだろ。




